第189話 降参
VIP席にいるユークリウスは背もたれに体重を預ける。
ネムが地面に倒れ、ジンとセインが何やら話始めた為、ユークリウスはレウスに話を振る。
「あれが型の究極系?どちらかといえば自由に、戦場を舞うような剣だな」
「確かにな、型を自由に使いこなす。型の剣がそうは見えない。それは正に一流ってことなのかもな」
レウスの言葉にユークリウスが頷く。
「それにしても、いる所にはいるもんだな」
「どうした急に」
「いやなに、俺は色眼鏡無しに我が子は同世代の中じゃ強いとそう思っていたが、世界は広いという事だな」
「ジン・オオトリがアッシュ以上と?」
「それはわからん。だが、アッシュは未だ実践を知らんからな。一方あの小僧の覇気は戦場を知っている奴のそれだ。戦場を知るものと知らん物の一番大きな違いは、経験でも、強さでもない」
「ほう、お前が言うと説得力が違うな」
「揶揄うなよ、兄上」
「そうは言ってもな、学生の身で戦場など一つも知らぬお前が、当時騎士団の副団長に勝って鼻がそれはもう伸びて伸びて、そのお前がそんなことを言うとはな」
「確かに俺も当時は戦場を知るだなんだと能書きを垂れることを馬鹿にしたもんだが、結局俺は何も知らねーガキだったと反省したんだよ」
レウスの言葉は今日ここまで話した中で一番重い言葉だった。
ユークリウスはある事を思い出して慌てて謝る。
「すまん」
「やめろって、気にしてねぇよ」
「......」
「続きだが、戦場をしってる奴は底力が違うってのは、間違いねぇ」
「底力か」
「だが、まぁ今はアッシュとあの小僧のどっちが強いかなど、そんな事はどうでもいい。ただ奴は期待以上だな。ジン・オオトリ」
レウスはここまで一言も喋らないヴァーレンハイトに視線を向ける。
「ここまでヴィー、お前の筋書き通りか?」
「......そうだな......正直想像以上だ。彼にはセインに少しお灸を据えてもらおうと思っただけだったが、これではな」
「がっはっは、俺の可愛い姪を出汁に使うからだ」
「返す言葉もないな。ユークリウスにも改めて謝罪しよう」
「......」
ユークリウスは無言でコロシアムの真ん中に目を向ける。
「謝罪は先程頂きました。それにどうやら私の怒りは彼が果たしてくれそうです」
ヴァーレンハイトは自分の思い描いた結末には、どうやら至りそうにないことはわかりきってはいたが、それならばどう言う結末をジンが見せてくれるのか、少し楽しみになってくる。
(ティナシーには後で何を言われるかわからんがな)
ティナシーは母親としてどちらの息子も愛している。そこについてはヴァーレンハイトも変わらないが、ヴァーレンハイトは親である前にこの国の王だ。やはりティナシーとは視点が大きく違っていた。
現在、ジンと対面する息子に、親としての期待と、王としてそれはあり得ないと冷静に判断する自分がいるのだった。
そして、期待を向けられたセインは今、頭の中が真っ白だった。
自分の後ろにローズがいる事など、もう既に頭から抜け落ちており、只々、目の前のジンに戦慄していた。
「それでは、超絶個人的な理由ではありますが、一撃入れさせて頂きます」
ジンがそう言うと、セインの喉から無意識に声が漏れる。
「ひぃっ」
ジンがセインに木刀を届かせるべく、一歩踏み込む。
セインはそんなジンの姿に恐怖して、等々立ってられなくなり、その場に尻餅をつく。
その姿にジンは戦意を失い、その場に尻もちをつく目の前の男に心の底からの落胆し、木刀を下げる。
「殿下、降参を」
ジンがそう言うとセインは尻餅をついたこと気づいていないように喚く。
「な、何をいう!私は降参などせんぞ!!」
ジンはその行動に頭痛を抑えるように頭を押さえる。
ここで降参しないと言ったセインを攻撃するのはルール上、何も問題はないが、それをすれば今後ホイル王国にシコリを残す。現状既に中々危ない橋を渡っているにも関わらず、それをすればその橋は間違いなく崩れるだろう。
その事を、セインが理解しているかはわからないが、少なくともジンは困るのだ。
「もう勝負はついたでしょう?そうでないなら立って構えてください」
「うるさい!」
ジンは動く気のないセインにため息をついて、脅す目的で動く。
「じゃあ、仕方ないですね」
ジンが一歩踏み出すと、情けない声を出して後ずさるセイン、その姿はどうしようもなく情けなく、見ている観客達も一言も声を上げられない。
また一歩ジンが近づくと、セインはその場に止まることが出来ずに悲鳴を上げて逃げ出す。
「ひいい!」
セインはジンに背を向け、迷いなくローズまで走ると、何とローズの背に隠れるという、誰も予想しない行動に出たのだった。
ジンはまさかそこまでするとは思っておらず、固まってしまい、自然とローズと目が合う。
未だローズは現状の混乱から抜け出せておらず、更にそこへセインの行動で最早ショート寸前だ。
ジンはどうしようか迷うも、それでも降参しないセインに、仕方がなくまた一歩踏み出すと、ジンとローズの間に入り込む人物がいた。
「無音流......」
それはネムだった。ジンの『八咫烏』によるカウンターをモロに受けたネムは、恐らく肋骨などの骨折はしており、現状ジンと一合でもやりあえるような状態では無かった。
「はぁはぁ、ジン、オオトリ、ローズには手を、出すな」
息も絶え絶えにそういうネムにジンは後頭部を掻く。
「俺は戦意のない、それも女性に何かする気はねーよ」
「......」
「それにしても、殿下より先にそっちのお嬢さんの心配とは、お前報われないな」
「大きな、お世話だ」
「可愛い顔して、男らしいな」
「殺すぞ?」
ネムはジンを更に鋭く睨みつけて言う。
「まぁ、それは置いておいて、それより君からも殿下に降参するよう言ってくれると助かるんだが?」
「......お前まさか、僕の名前、覚えてないのか?」
「......すまん」
ジンは誤魔化しても仕方がないと素直に謝る。
ネムはため息をつくと後ろに振り返る。
「セイン様、既に勝負は決しました。降参しましょう」
「な、何をふざけた事を!俺は降参などせんぞ!そうだ、お前が意識が戻ったのなら時間を稼げ!皆が起きる時間を!そうすれば囲んであの無礼者に目に物見せてやれる!」
「不可能です。恐らく他の奴は覚醒はしないでしょう」
「なにぃ!?」
「もう既に詰んでます。打開できるとすれば、殿下の武勇以外には、可能性はないでしょう」
「おまえ!俺のいうことが聞けっかふっ!」
何か言いかけたセインは急にその場に倒れると何も言わなくなる。
「これで戦闘不能だ。俺とローズは降参する。いいな?ローズ」
「え?あ、はい」
ローズはネムの言葉に頷くのだった。
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