第186話 期待はずれ
ジンの雰囲気が明らかに変わったのを察したのはネムだった。
「なんか彼、おかしいよ」
「どこがだ」
セインからしてみれば、ジンは目を閉じて開いただけにしか見えなかった。
「雰囲気が変わった」
「雰囲気?」
ネムの漠然とした説明にセインはジンから目を逸らさず顔を歪める。
ジンは木刀を少し弄んで腰に持ってくる。
「すまんが、まだ未熟でね、時間制限があるからここからは飛ばすぞ?」
セイン達に聞こえる声でジンがそういうと腰を落として、セイン達を睨みつける。
「殿下、提案があります」
「言ってみろ、センチネル」
「はっ!彼の強みはその速さにあると思います。で有ればここは鶴翼の陣形を取って誰か一人犠牲になろうとも囲うことに重きを置くのは如何でしょう?」
「なるほど、囲んで足さえ止めて仕舞えばということか」
「はい」
「よし、それで行こう」
「かしこまぎゃぶ!」
セインはセンチネルと話している間、ジンから一切目を離さないでいたのにも関わらず反応出来なかった。
ジンが自分の視界から姿を消したと同時にセンチネルの情けない声が聞こえる。
セインは確かに性格的な問題を抱えてはいたが、戦闘の面で言えば中々に優秀と言えた。
セインはセンチネルの安否を確認することなく脇目も振らずにローズを抱えてその場から飛び退く。
それに反応出来たのは二人、ネムとヨーゼフだった。
飛び退いた先でセンチネルに目を向けると既に仰向けで伸びており、一人逃げ遅れたデディの兄の名を呼ぶ。
「バートン!」
「ひいぃ!」
ジンは木刀を振り上げながら、ホイルに来た時、ジンに向けた似ても似つかない顔にポツリと漏らして木刀を振り下ろす。
「そんな名前だったんだ」
既に二人を戦闘不能にしたジンにセインは唇を噛む。
「セイン様、ここは我々に、これ以上奴の好きにはさせるべきではないでしょう」
そう言って前に出たのはヨーゼフ、それに続いてネムが前に出る。
「まぁ、しゃーないかぁ手加減してどうにかなる相手じゃ無さそうだ」
二人はセイン達より前に出て構えをとる。
「留学生、調子に乗れるのもここまでだ」
「......」
ジンは一歩前に出てきた二人を観察した後、落胆する。
(なんだよ......)
「いくぞ!」
ヨーゼフの声と同時に二人が走り出してジンに突貫していく。それと同時にネムの存在感が消える。
ジンはそのネムの行動に少しの疑問を持ったが、今は気にする事なくヨーゼフに視線を集中する。
ヨーゼフがジンの間合いに入るその瞬間、一歩強く前に出る。
ヨーゼフはそれまで感じなかったジンの威圧感を正面に受けて足の動きが鈍る。
その一瞬の動揺はジン相手には致命的だった。
足は鈍ったがもう止まることはできないヨーゼフはそのままジンに一太刀浴びせるべく大剣に近い木刀を振り上げるが、それを振り下ろす事は出来なかった。
何故ならもうすでにジンは大剣では捉えることのできないほどヨーゼフの懐に潜り込んでいたからだ。それでもヨーゼフは構わず、力任せに木刀を振り下ろそうと腕に力を込めるが、それすらも叶わない。
ヨーゼフの手から確かにあった質量が消えて、力んだ腕は急な重さの消失に溜めを作る事が出来ずに空を切る。
「なに!?」
突然のことにヨーゼフは先程とは比べものにならない動揺を見せるが、それをした本人であるジンは、動揺するヨーゼフを残してその場を右に地面を蹴る事で退く。
「がふっ!」
ジンが飛び退いたと同時にヨーゼフは苦しそうな声をあげて後方に吹き飛ぶと、ゴロゴロと転がってセイン達の前で停止する。
ヨーゼフを吹き飛ばしたのは、同じチームのネムだった。
「味方諸共か?」
「......」
ネムの射殺すような視線を物ともせずジンは余裕を持って木刀を構える。
「ネム!」
セインの非難の声にも反応せず、ネムはジンから視線を外さない。
ジンは逆にネムから視線を外して目の前に転がってきたヨーゼフに駆け寄るローズを見ていた。
ローズの手から光が発せられると、ネムに吹き飛ばされた衝撃で少々の擦り傷が見受けられたヨーゼフの怪我が治っていく。だが、衝撃で気絶したヨーゼフが目を覚ます素振りはなかった。
「なるほど、外傷は治せるが気絶を覚醒させる事はできないか」
「おい、僕から目を逸らして随分と余裕だな」
ジンの一人ごとに、ジンの背後をいつの間にかとっていたネムが両手を振りかぶる。
ジンはそれを難なく片手で受け止める。
ネムはそれに動揺する事なく両手に持つ木刀を振り切ると、次は足を払うため、回し蹴りを見舞おうとするが、ジンはそれも難なく回避、それを利用して木刀をネムの側頭部目掛けて振るうが、ネムも左手の木刀で防ぐと距離をとる。
「......さっきのはもう終わりか?」
「さっき?ああ、君とあっちで伸びてる彼、それに加えてその他が三人いたからね、十界の常時開放したけど、チームの頭脳を叩いたら一瞬で瓦解しちゃったからさ、正直期待はずれだったな」
「舐められた物だな」
「元々制限付きだし、使い過ぎると体も動かなくなっちゃうからさ、いわば諸刃の剣ってとこかな」
「であるなら、それは僕に使うべきだったんじゃないかな?」
「まぁ、それはそうかも知れないけど、必要ないでしょ?」
「......くくく、くははは!言ってくれるね!瞬刃流!」
ジンはその言葉に少し動揺したが、隙を見せることなく警戒心を強める。
ネムは笑い出すとそれまで黙って二人の会話を聞いていたセインとローズ会話に割って入る。
「なにを言ってるんだ!お前たちは!」
「ネムちゃん?」
ネムは冷めるような目でセインを見つめた後、ローズへ視線を移し、ジンに視線を戻す。
「続きをするか、瞬刃流の留学生」
ネムがそう言って独特の構えを取る。
その構えは、腰を極限まで落とし、前屈みのような体制に、腕を交差して構えられた木刀の鋒は地面に線を描くほど低く、最早木刀で上半身の重さを支えているのではないかと言うほどだった。
ネムから発せられる覇気が明らかに今までとは違うとジンはここまでで一番の動揺を見せるが、その動揺は隙と言える程でもなかった。
「なるほどね、瞬刃流を知っているのもその構えをみれば納得だ。なら先程の言葉は撤回させて貰うよ。本気で行くぞ?」
ジンはゆっくりと構える。
「光栄だな」
「死ぬなよ?」
「言ってくれるね」
ジンの言葉にネムは口の端を吊り上げて言う。そしてお互いが間合いを図り終えると、示し合わせた訳でもなく互いが同じタイミングで口を開く。
「来いよ、瞬刃流」
「いくぞ、無音流」
言葉が重なりいい終えると同時に二人は地面を蹴るのだった。
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