第185話 十界

 精神統一。正にその言葉が正しいだろう。

 ジンが動きを見せない事で、場が硬直する。ジンの先の攻撃により、セイン達は相当慎重になっており、ジンの動きを観察する。

 ジンはそれをわかった上での隙のある精神統一に入る。現状、ジンの実力では大きな隙を見せなければ使えない技術。つまり実践では絶対に使うことのできない物だ。

 ジンは精神統一の中、ある日のことを思い出す。

 ジンは先の大戦で羅刹の門の開門により、第一門の上の段階に進み、ガクゼンと羅刹の門を確実に発動出来る様に、更にはその上の段階に到達するための修行を積んで来た。

 その中で一つの副産物が手に入ったのだ。

 それはジゲンへの質問から生じた。

 それはガクゼンの所に修行に行って一ヶ月、一ヶ月に一度は帰宅すると言う決まりに沿って帰宅した日だった。


「親父殿はさ、第二門までしか開門してないんだよね?」


「なんだ?喧嘩を売ってんのか?」


 ジンは今しがた一ヶ月の成果をジゲンに見せるべく模擬戦を行い、それはもう見事に負けて地面に尻をついて座る。


「そうじゃないって、俺は一応羅刹まで開門したわけじゃん?なのに親父殿に全く歯が立たねぇ、師匠もそうだ、でも師匠と親父殿じゃ負け方が違う。師匠のは只々上から叩き潰される感じだけど、親父殿になんつーか不意?を突かれるって感じ」


「ほお、いいとこ突くじゃねーか」


「でも、いくら模擬戦って言っても気なんか一つも抜いて無いのに不意を突かれるって自分で言ってて意味がわからん」


「それはそうだろうな。なら教えてやろう」


「え?」


 ジゲンがジンの前でしゃがむのでそれに目を剥く。今までジゲンはジンに勝つ度に経験の差と言っていたが、ここで初めてそれ以外の行動を見せたからだ。


「どうした?」


「いや、今まで通り経験の差って言われると思ってたから」


「経験の差ではあるが、その差と言う物を、及第点ではあるが気がついたからな」


 ジンは未だに目を開けたまま驚いていたが、ジゲンは構わず話を進める。


「ジン、思考加速の関門の総称をなんていうか覚えてるか?」


「え?ええっと」


 ジンが首を傾げる。修行を始めて間もない頃にガクゼンから教わったことはなんとなく覚えているが、イメージを伝えるためと言う認識が強く、名称までは覚えていなかった。


「覚えてないならいい、基本的にお前や師匠のように一門の上に行く人間は少ないが通称十界と言われている」


「十界......」


「全く、お前はもう少しそっち方面に頭を使え」


「そんなのだったような、そうじゃなかったような」


「つまり?」


「覚えてない」


「はぁ、お前は頭がいいんだか、悪いんだかはっきりしない奴だな」


 ジゲンの呆れ顔にえへへと後ろ頭を掻くと、頭を叩かれる。


「あいた!」


「まったく。まぁいい、十界てのはな、第一門から地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、仏界、菩薩界、縁覚界、声聞界、天界、そして最後に第十門、人界と呼ばれる。瞬刃流に古くから伝わる名称だ」


「......なるほど」


「そして十界門を開門する時のイメージがあるだろう」


 ジンはジゲンの問いかけに頷く。


「それはまぁ、最初の修行だし、あるよ」


「どんなイメージだ?」


 ジンはジゲンにそう聞かれて、開門時のイメージを言葉にする。


「円状の部屋に門が11個あって、その一つを開門の時に開くイメージだな」


「ふはは、普通は10個しかねぇっつうのに」


「え?」


 ジンはジゲンの言葉をが聞き取れず、聞き返す。


「なんでもねぇ。話を戻す、イメージする扉、それは人それぞれだとも知っているな?」


「うん」


「開いた瞬間、現実に戻され思考加速が始まる。そしてわしの場合は窓をイメージしている」


「窓......」


「そう、その中で開かない窓が一つ、詰まりわしは二門までしか開かない。当時は絶望したもんだ」


 ガハハと笑うジゲンにジンは黙って話を聞く。


「けど、いくら現実から目を背けようがそれ以上の窓をわしは開く事が出来なかった」


「......」


「それ故に腐りもした。そらもう悔しくてな、死に物狂いで木刀を振ったわけだ。そして三年。木刀を降る中でわしは見つけたのさ、上位の開門者とも渡りあえる一つの可能性を」


「可能性?」


「さっき言ったな。瞬刃流には十界と言う名称がある。それ即ち概念が存在するってことだ」


「はあ」


 ジンはジゲンの言葉の意味が分からず気のない返事になってしまう。


「つまり十界が概念で存在する。そうなれば一つの可能性に行き着く」


「可能性......」


「分からんか?」


 ジンは無言で頷くと、ジゲンはニヤリとした後、得意げに口を開く。


「一つの可能性、それはな......」

 ジンはそこまで思い出して、イメージする。

 円状の部屋の中に用意された扉がずらりと並ぶ中、人生で一番最初に自分が開いた扉の前に行く。

 その扉をゆっくりと押し開き、吸い込まれそうになる意識を必死の思いで食い止める。

 いつもで有れば力一杯に押し開き、門の先からの吸引力に身を任せ、型通りの技を放ち、締める。だが、今回は違う。


「第十門、人界、開門」


 そう言ってジンが目を開くと、世界がいつもより緩やかに時間が過ぎていく感覚になる。

 そんな中で思い出すのはジゲンの言葉。


「それはな......十界の常時開放だ」

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