第26話 侯爵家と王家

キリルはディノケイドとなんとか二人きりの状況にできたことに胸を撫で下ろしていた。


「それで、わしと二人で密談など何事か?」


「ああ、すまんな急に、実はな......」


 キリルは先程のことをディノケイドに話した。


「くくく、くはっはっはっは!それは誠か?」


「ああ、事実だよ」


「なんとも、あの歳で全くの隙がないなとは思ったが、くくく、そうかそうか」


「笑い事じゃないぞ、ディノ」


「いや、すまない」


 ディノケイドは一頻り笑うと真剣な顔になる。


「だが、そうか。で?お前はどう思う?」


「......」


 キリルは少しの間沈黙して口を開いた。


「ディノには悪いが、ドール殿下と比べるまでもないだろう」


「同感だな、私がお前の立場でも同じ決断をしただろう」


「いや、お前は息子の味方をしてやれよ」


 苦笑いを浮かべてキリルが指摘する。


「たしかにわしも子の親だ。息子は可愛いが......同時にわしはこの国の王でもある、自分の子供が可愛いからと視野を狭めるわけにもいくまい」


「しかし、この話は下手をしたら国を割るぞ?」


「構わんよ」


「構わんて、お前な」


「この国の行く末はわしには変えられなかった変えてくれるのは次の世代だとわしは思おておる」


「多くの血が流れてもか?」


「それが国だ」


 全てを理解していると肯定するディノケイドにキリルは少しばかりの格の違いを実感した。

 キリルは喉を鳴らして溜息を吐く。


「そうか、なら俺達は大虐殺者当人になるのかもな」


 キリルは冗談ぽく戯けるが、ディノケイドは至って真面目に答えた。


「それこそ愚問だ。王になるとき歴史にどう刻まれようともやり通す覚悟は決めた」


「ははは、敵わないな」


「だが、そうか」


 ディノケイドは窓の外をじっと眺めて一つ呟いた。

 ディノケイドの瞳には活気あふれる城下町が映るのであった。


「ふむ、ちょどいい、レイサー」


「はっ!」


 ディノケイドが扉に向かって声をかけると向こう側から返事が返ってくる。


「ジゲンはまだ城にいるか?」


「はい、報告では青龍騎士団の作戦室にいるそうです」


「そうか、ではここへ呼べ。それとジゲンの息子も呼び戻せ」


「はっ!ですが青龍団長の御子息は先程城を出たと報告が」


「暗影を使っても構わん」


「承知しました」


 ディノケイドと扉の向こうの騎士の会話にギョッとするキリル。


「ディノ!暗影までは使わなくてもいいんじゃないかな?」


「よいよい」


 暗影とは国王直属の隠密集団のことであり国の裏を担う組織のことである、彼らの任務は死と隣り合わせの壮絶な集団である。

 その暗影の使い方がなんとも雑であるディノケイドにキリルはちょっとした寒気を感じるのであった。

 視点は変わり、ドールはキリルとディノケイドが退室してリナリーと二人きりになった部屋で向かい合って座るドールとリナリー。ドールは只々ソワソワしていた。

 二人きりとは言っても扉の前には近衛兵、側にはメイドがいて厳密には二人きりではないのだが、ドールには関係なかった。

 ドールは第二王子としてこの国に生を受け十数年、何不自由なく育ってきた、欲しいと思ったものは手に入り、いらないと思ったものは排除されていく、なんでも思い通りになった、そんな怠惰な生活の中で肥えに肥え、体はブクブクと太り、顔は整っているのにそれは見る影もなかった。

 更には性格は曲がりに曲がったがそれでも彼はこの国の王子である、忠告する者はすべからく排除してきた結果、彼の周りには耳障りのいいことをいう者しか残っていなかった。

 そんな彼が欲しいと思った女性は初めてであったがこれまで通り彼女は自分の物になるのだろうと疑わなかった。

 だからドールは気を取り直し、肥って笑いにくい顔を歪めながらリナリーの顔を見る。

 お互いに沈黙していると時計が時を刻む音で我に帰るドールは慌てて喋り出す。


「きょ、きょうは天気がいいな」


「そうですね」


 その会話だけでまたしても部屋では沈黙が流れる。

 何か喋らなければならないとドールは締まりのない顔で喋り出す。


「その、私のことはドールと呼ぶがいいぞ」


「わかりました。ではドール様とお呼びさせていただきます」


 ニコっとリナリーが笑顔を浮かべながら返事を返すとドールはまたその笑顔にやられる。

 笑顔を絶やさないリナリーに気を良くしたドールは続けて話を始める。


「俺もリナリーと呼ばせてもらうぞ」


「はい、構いませんよ」


 正直初対面で呼び捨てというのは体裁的にあまり宜しくはない、しかもそれが男女の間であれば、さらに体裁が良くない。だがドールはリナリーをもうすでに婚約者と決めつけているため体裁などあまり気にしていなかった。

 リナリーもいつもであれば少し気分を害していたところではあるが、今日に関して言えばリナリーは突発的な出来事で気分が高揚していたためドールの失礼に近い会話も気にしていなかった。


「そ、そのどうだ?」


「はい?」


「公爵から話はされているだろう?」


 リナリーは思い当たる節があったため少しテンションを落としながら頷く。


「まぁ、なんだこれから長い間一緒に過ごすのだからな、今から仲良くしていこうじゃないか」


 ゆっくりと立ち上がらり向かい合うリナリーが腰掛けるソファに近づいて隣に座る。

 リナリーは一瞬眉を顰めるもそれにドールは気づかずに話続ける。


「それに美男美女と国中が祝福するだろう」


 そう言ってリナリーの方に手を回そうとするとそこで部屋の扉がノックされる。

 

「なんだ!」


 ドールは伸ばした手を、さっと引っ込めるといい雰囲気を壊されたと思い、怒鳴るように叫ぶ。

 いい雰囲気だと思ってるのはドールだけで、しかもリナリーはあまり大きな声を出されたことに少し眉を顰めるのだった。


「すみません!」


「謝罪は要求していない!何用だと聞いている!」


「それがその......陛下がお呼びです」


「父上が?」


「はい、リナリー様もご一緒にお呼びだそうです」


「なに?」


 ドールはリナリーに目を向けるとリナリーもどういうことかいまいち良くわかっていない様な顔をしていたのでドールは正式にリナリーとの婚約が決まったのだと思い心が踊り出すのを感じた。


「そうか、わかった。では行こうか?リナリー」


「はい」


 二人は立ち上がると部屋を後にする。

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