第136話 王紋

 ジンは机に置かれた封書を手に取ると封を確認する。

 封書は通常、蝋燭で封をし、貴族間でやりとりする場合その封に家紋を記す。

 例に漏れずその封書も家紋の封がされていたが、その家紋が問題だった。


「王紋.......」


 ジンはそう呟いて封を開け、手紙を開こうとする。

 その封書を閉じていた家紋が王家を示す紋だったことに少し眉を寄せてから手紙を開く。


“今回、元ダーズリー伯爵令嬢は国外追放とし、元ダーズリー伯爵令嬢への一切の手出しを禁ずる

これは王太子である、ロイストス・バン・ベータルの命令である。

禁を破った場合、その者は国賊として指名手配する故、覚悟されたし。


ロイストス・バン・ベータル“


 ジンはその手紙を読み終えるとリナリーに目を向ける。

 ロイの署名の後に前と違いロイの紋が刻まれていた。


「これはリナリーだけに?」


「いえ、国中の貴族に送られたと伺っております」


 ジンはそれを聞いて、手紙に視線を戻す。


「何考えてやがんだ」


 ジンはそう言うとその手紙を破り捨てる。

 その行動に、ノアとリナリーは驚愕の表情を見せる。


「ジン様!?」


「はぁ、すまん。どうやら今日から俺は国賊らしい。それと今からロイに会いに行ってくる、リナリーはこのことをキリル様に伝えてくれ」


「殿下のところに行ってどうするんですか......」


 ジンの冷静さにノアは少し落ち着いて聞き返す。


「ちょっと一発殴ってくる」


「はい?」


「こんなふざけたことをする奴と親友になった覚えはないからね。絶交してくる」


「お待ち下さい!国賊になるんですよ!?いくらなんでもそれは愚かな行為です!」


「大丈夫、大丈夫、国賊にはなるかもしれないけど、周りには迷惑かけないから」


「そういう意味では!」


 ノアが飄々とするジンに怒鳴るように言うと急に部屋のドアが大きな音を立てて開かれる。


「その必要はない」


 全員の視線がドアに向かう。

 そこに立っていたのはロイだった。

 一瞬全員が固まるが、すぐに正気を取り戻したのはジンだった。

 ジンはゆっくり立ち上がるとロイに近づいて行く。ジンが立ち上がったことで少し正気を取り戻したノアとリナリーがロイに向かうジンを止めようとする。

 

「「ジン様!」」


 二人は声を重ねてジンを止めようと立ち上がるが、ジンの方が二人より早くロイに到達する。


「よう、お前がここにいる理由はわからねーけど、ちょうどいいや。一発殴らせろ」


「いいのか?王太子を殴るなど国家への反逆と同義だぞ?」


「構わねーよ。ただし家族は見逃せ、これはお前に親友として最後の頼みだ」


「ふふ、構わんよ」


「ありがとよ!」


 お礼の途中からジンはすでに振りかぶっており、言い終えると同時にロイを殴り飛ばす。

 ロイは頬を思い切り殴られて吹き飛ぶとドアの対面にある廊下の壁に叩きつけれられてずるずると尻餅をつく。

 ロイのそばに立っていたセバスチャンが微動だにしないことにジンは違和感を感じたが、予めロイに手出し無用と言われていたのだろうと納得する。

 ジンはロイを殴り飛ばした後、振り向くとリナリーの元に歩いて近く。


「ごめん、リナリー。やっちゃった」


「ジン様......」


「なんで......」


 ジンのやってしまったと言う顔にノアはいつの間にか涙を流していた。

 今、目前の彼がこの国の王太子を殴ったのは全て自分が原因だ。

 普通はあり得ない。訳がわからない。一人の、それもこの前まで敵意を持っていた人間のために自分を犠牲にして周りを犠牲にして、なぜ彼はここまでやってくれるのか。


「なんでそこまで」


 ノアの言葉にジンはノアの正面に立つ。


「ノア嬢、いや、ノア。俺は君を守るって言った。君が涙を流す未来が訪れるとしてそれは守ることにはならないと俺は思う。えっと逃亡生活でめっちゃ苦労かけると思うし、俺生活スキルそんな高くもないけど。必ず君が笑える未来にして見せる。だから一緒に逃げてはくれませんか?」


 ジンの言葉にノアは頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 冷静な自分が言う。彼の言ってることは絵空事で十五歳の自分たちが国に追われると言う業を背負って平民として生きて行くのは現実的ではない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。絵空事でよかった。ただ自分のために全てを失うことも厭わない目の前の彼の言葉が嬉しくて、彼のことが愛おしくて、流れる涙が止まらなかった。


「それと、できればリナリーも一緒に.......いや!それはやっぱりダメだ!君を巻き込むのはやっぱり違う!」


 ジンがそう言って手で顔を覆うと、吹き飛ばされたロイが大声で笑い出す。


「あはははは!」


 ジンは急に笑い出したロイを見て、強く殴りすぎたか?とちょっと考えた時にロイが立ち上がる。


「いや!すまんな!ジン!」


「謝ってどうにかなる話じゃねーぞ」


 ジンは急に謝るロイに覚悟を決めた目でそう言うが、ロイとジンの間にリナリーが割り込んできて頭を凄い勢いで下げる。


「申し訳ありません!」


「?」


 ジンは訳が分からず、固まるとリナリーは尚も頭を下げ続けたのだった。

  どういう状況かわからないジンは只々固まってしまう。

 そんなジンを見かねたロイが頬をさすりながら近づいてくるとジンの肩に手を置く。


「してやられたな」


「どういうことだよ」


 ジンがロイに聞き返すとリナリーが口を開く。


「今回、殿下に協力してもらい、偽りの勅書を書いて頂いたのです」


「偽り?」


「リナリー嬢に頼まれてな、ノア嬢を国外通報とする偽の勅書を書いたのさ」


「なんでそんなこと」


 ジンがなぜそんなことをしたのか分からず、リナリーに目を向けるとリナリーはノアに顔を向ける。


「ノア、これで、どうですか?ジン様がどういう方かわかりましたか?」


「......はい」


「え?何が?」


 ジンは自分のいないところでどんな話になっているのかさっぱりわからなかった。

 そこからジンはノアが落ち着くのを待つ間に全員が椅子に腰掛け、リナリーからあらかたの経緯を聞いたが、ノアの核心をリナリーはぼかして話した。


「そういうことか」


「すみません。ジン様を試すような真似をして」


「いや、それはいいけど」


 ジンはそう言いながらロイに目を向ける。


「なんでロイがここにいるんだ?」


「それは私にもわからないです」


 リナリーもロイがここにいることは知らなかった。リナリーがお願いしたのは勅書を書いて貰うだけだった。


「ふふふ、それは俺のサプライズだ」


 ロイが胸を張ってそう言うがジンはバツが悪そうにロイを見る。


「その、すまん。殴って」


「くはは、構わんよ。こっちもお前を騙したしな、相子だ」


 ロイがそう言って笑う。


「それに久々にお前の拳を貰ったが、前とは全然威力が違うな」


「それはそうだろ何年前の話してんだ」


「それで?どうだったノア嬢」


 全員の視線がノアに集まるが、ノアはまだ手で顔を覆っていた。


「どうやら、もう少し掛かるらしい。俺の用は終わったし、帰るとするよ」


「ああ、待ってくれ。殴っといてなんなんだが、一つロイに頼みがあるんだ」


 ジンは少し申し訳なさそうに言うのでロイは少し浮かせた腰を落とす。


「頼みとは?」


「えーと、ノアが落ち着かないと話がな」


 結局今回の件の当事者であるノアが落ち着か無いと話が進まないのは仕方がないことだった。


「では、一度お茶にして落ち着きましょう。オードバル、お茶を変えて貰ってもいいかしら?もうすっかり冷めてしまったの」


「かしこまりました」


 オードバルが部屋を出ていくのを見送った後、ロイがジンに向き直る。


「それにしても今回はすまなかった。収拾してくれたお前に全ての責を負わせてしまった」


「いいよ、どうせ学生の身分だ。お前が戦の時にだけ使える、名誉男爵ってだけだったからな。大丈夫なんだろ?」


「まかせろ、その時は俺の名にかけて保証しよう」


「ならいい」


「あの、なんの話ですか?」


「ああ、リナリーにはまだ行って無かったか。俺が学生中にロイが戦争に出る事になったら俺も参戦するって話になってるんだ」


 ジンの言葉にリナリーは一瞬で怒りが湧き上がる。


「ジン様」


 威圧の篭った声で呼ばれたジンは体を凍りつかせる。


「はい!」


「なんでそんな重要な話を今まで黙っていたんですか?」


「えっと、あの、なんでかな?」


「なんでかな?今なんでかなとおっしゃいましたか?」


「言ってない!言ってない!えっとね?」


 ジンは視線を彷徨わせると、面白そうにこちらを見ていたロイを見つける。


「ロイが関わっている事だからな、ロイの許可がいると思たんだが、ロイから何も言われていなくてさ、言っていいかわからなかったんだ」


「え?」


「殿下、そうなんですか?」


「いや、まてリナリー嬢、俺とジンの関係は知っているだろう?そんなことありはしないさ」


 ジンはロイを巻き込もうとしたがそれは無わず直ぐにリナリーに詰められるのだった。

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