第109話 プライド

ドール対ジンが終了した後、イーサンとアーサーも勝ち上がり次はジン対イーサンのカードだった。


「さぁ!続きましては、ジン・オオトリ対イーサン・ウォレットです!この戦いどう見ますか?サドラー先生」


「そうだな、イーサンがどれだけジンに食いつけるかだろうな」


「下馬評ではイーサン選手が優勢ですが?」


「見ていればわかる」


 そこまでサドラーが言うと両者が入場してくる。

 イーサンは対面にいるジンを見て心を躍らせる。


(やっとか)


 イーサンは五代伯爵家がひとつのウォレット伯爵家の次男として生を受け、後継は五つも歳の離れた兄がいるため必要なく、イーサンは自然と騎士になることを志した。そしてこれまで武術に励んで来た。

 ウォレット家は代々武門の家であるため幼少から厳しい鍛錬を施され、時折り行う他家との手合わせでは同年代に負けることは無かった。

 そんなイーサンはこの学園に来て初めて負けたのはアーサーだった。彼の猛攻に自分が攻め負けての敗北だった。

 その後久方ぶりの敗北にイーサンは落ち込みはしたが次の日には今自分に足りないものは何かを考えていた。

 それから数日、視界の隅にジンが映る。

 ジンは一人で木刀を振っていた。この時、唯の素振りに目が釘付けになったのは生まれて初めてだった。

 

(すごい......軸が全くぶれてない、どれだけ振ったら、ああなるんだ)


 イーサンも武術を幼少から行い、家名に恥じない努力を積んで来た自負があった。だが、ジンの素振りは自分のそれとは雲泥の差だった。

 それからイーサンはすぐにジンの元へ向かい、対戦を申し込んだ。けれど武園会があると言われ、それまでは手合わせはできないと言う事で、手合わせは出来なかった。そして今日ジンとやっと戦える事にイーサンの胸が高鳴る。

 ジンと向かい合うとイーサンが興奮気味に言う。


「やっと戦えるな」


「おいおい、イーサンは戦闘狂だったのかよ」


「茶化すなよ、今日を楽しみにしていたんだから」


「すまん、詫びに手を抜く事はしないからさ。よろしく」


 イーサンはジンのこれまでの試合を一切見ていない。それはジンと戦うなら前知識を入れないで戦いたかったからだ。

 ジンの素振りなどは日頃見ているが、素振りと手合わせでは全然違う事をイーサンは心得ている。

 ジンとイーサンの話が終わったと見た、ジョナサンは自分の仕事をする。


「それでは、試合を始める両者準備はいいか?」


「「はい」」


 お互いが同じタイミングでうなずき合うと、握手を交わして定位置につく。

 両者が定位置についたことを確認したジョナサンが二人を交互に見る。

 ジンとイーサンはほぼ同じタイミングで構えを取る、それを見てジョナサンが声を上げる。


「では、始め!」


 ジョナサンの掛け声と共に二人は大地を蹴って一直線に進む。

 離れていた両者が一気に近距離まで接近する。今までジンの戦いは短時間かつ、相手側は何もできずに終了するという戦いだった。だが、今回は違った。

 今までと同様のスピードのジンは観客席から見れば殆どの者が目で追えないスピードでイーサンに肉薄する。


「おおっと!ここでなんとジン選手!今日初めて鍔迫り合います!」


 なんともアホっぽい実況だが、事実である。

 ジンは今日、武園会が始まってから初めて剣で剣を受けたのだ。つまりジンの初撃をイーサンは止めたのだ。

 至近距離まで接近した二人はお互い見つめ合う。


「一撃で終わるわけには行かないからな」


「流石だな」


 カンッと乾いた音を立てて二人が距離を取る。

 イーサンはアーサーに負けてから防御を集中的に鍛錬した。

 更に言えば、いつもジンの素振りやそれに伴った立ち回りを見ていたから今の一撃を止められたのだ。前の自分だったら今の一撃で沈んでいたと思うイーサン。


「じゃあ、もう少し段階をあげるぜ?」


「お手柔らかに頼む」


 二人は一言ずつ交わすと、同時に地を蹴る。

  ジンの左から右への横なぎをイーサンはまた木刀で受ける。だが、先程とは違い鍔迫り合う事はなかった。イーサンはジンと鍔迫り合う重さが一瞬で木刀からなくなり、バランスを崩しかける。

 ジンは横薙ぎが止められたと認識した時には木刀を引いて小さく体を回転させて逆から木刀を振るう。

 少し前のめりになったイーサンにジンは容赦なく木刀を振るう。

 イーサンは前のめりになった体制を利用して、そのまま前へ飛び退く。ジンの木刀がイーサンの靴を掠めるが、なんとか躱すことに成功する。


「よく避けたな」


「今のはたまたまだな」


 少し空間が空いた二人は一言ずつ交わすとまた走り出して衝突する。

 そこからはまた情勢が変わる。

 イーサンが攻め始めたのだ。


「烈火流!火炎乱舞!」


 イーサンの猛攻に盛り上がる観客席だが、ジンとイーサンにはその声は聞こえなかった。

 ジンはイーサンの猛攻をひとつひとつ丁寧にいなすと時折イーサンに一撃返す。

 二人の戦闘が激しさを増して行く中観客席の盛り上がりも増していく。

 イーサンが四、五回木刀を振るうとジンが一撃返す。

 観客達はイーサンが押しているように見えているため、大盛り上がりだ。だが、イーサンはそんな楽観的では無かった。

 何故なら自分が放った一撃をジンは簡単にいなすのだが、ジンが時たま振るう一撃は一歩間違えれば一瞬で気を刈り取られ兼ねない必殺の一撃だ。それをイーサンはギリギリでいなしている。


(やはり、格が違うか)


 イーサンはジン達と鍛錬をする様になってから瞬刃流とは何かを調べた。あまり詳しくはわからなかったが、瞬刃流には鬼門と呼ばれる物がある。それを一つ一つ開門して行くことでどんどん剣速や、身のこなしが早くなっていくと、本に書いてあり、更には瞬刃流の使い手はその開門を必ず口に出すと言われていることも書いてあった。だが、ジンが開門と口にしたのをこの戦いが始まってから見ていないため、おそらくジンはその鬼門の開門を行っていないのは明白だった。


「開門はしないのか?」


 一瞬、鍔迫り合いの中でイーサンがそういうとジンはピクリと反応して、木刀を弾いて距離を取って、腰を落とす。


「なんだ、開門が御所望か?」


 ジンの言葉にイーサンは興味が溢れ出てしまい、頷く。


「ああ、俺とおまえにどれだけの差があるのか認識しておきたい」


 イーサンの言葉にジンは、なんとも言えない顔になる。

 ジンからすればイーサン・ウォレットという男に好感しか湧いてこなかった。


「全く、すげー奴だよ」


 彼は五代伯爵家の人間でありながらそこに貴族としてのプライドは薄く、あるのは武人としての興味だと言う。

 男として、ある程度のプライドを持つ事は大事だと思う一方、プライドばかりの男になればそれは唯の傲慢な人間にしかならないというのがジンの見解だ。

 プライドとは自分が絶対に譲れない物のみに有ればいい物だと思っている。

 そして、イーサン・ウォレットはプライドが無い様に思った時期もあった。

 唯、彼の剣に対する接し方をジンはここニ週間見てきた。

 実技講習が終わった後も剣を振り続けるイーサンを見てきたのだ。


(こいつは、プライドが無いんじゃない、自分の剣にプライドがあるからこそか)


 イーサンにプライドが無いわけが無い、アーサーに負けた時、それはもう落ち込み、嘘だと、イカサマだと、叫び出したかった。だが、イーサンはそれを全て飲み込んで何故自分は負けたのか次の日から考え始めた。これこそが彼の本質なのだ。


「なら、行くぜ?第十門、緋剣、全分!」


 ジンがそう言って、地を蹴るとイーサンは完全にジンを見失う。イーサンはこのコンマの中で何か行動しなければ自分は何もできずに倒されると思った。

 それと同時にイーサンはその場から後ろに飛び退く。これは唯の勘でそうしただけだったけれど、その判断は正しく、イーサンが飛び退いた場所にはもう既にジンの木刀が地面をある程度、穿っていた。

 なんとか躱せたと理解した瞬間ジンと目が合う。


 ”次の躱せるか?“


 ジンの目がそう言ってるいる様に感じた、イーサンは口の端を吊り上げる。

 

(避ける?いいや!俺は攻める!)


 着地と同時にイーサンは地面を蹴ってジンに肉薄する。


「烈火流!火炎鉄槌!!」


 イーサンは上段からの一閃。

 これまでの攻撃とは異なり烈火流の中で最速の上段の斬撃を放つ。

 ジンはそれを冷静に観察して左の腰に木刀を持っていき。


「第十門、緋剣、全分」


 ジンの左腰から放つ木刀でイーサンの火炎鉄槌と衝突する。

 今日一番大きな音を上げてジンの木刀とイーサンの木刀がぶつかり合うとその衝撃で二人の覆うかの様に砂煙が起こる。

 観客はどうなったか固唾を飲んで演習場を見ていたが、砂煙が晴れると、イーサンの手には木刀が握られておらずイーサンの後方に木刀が転がっていた。

 一方ジンは木刀を振り切った構えで立っていた。

 それを確認したジョナサンが声を上げる。


「勝者!ジン・オオトリ!」


 二人の攻防に満足した観客が歓声をあげる。決着の瞬間だった。

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