第110話 決勝戦

 準決勝の決着に観客席が湧く中、イーサンはその場に仰向けで寝転がる。


「完敗だ」


 イーサンの体躯はジンに比べて大柄で筋力で言えばジンに負けることはない。だが、自分の鉄槌とジンの全分がぶつかり合い木刀が手から離れたのは自分だった。


「いや、流石だった」


 ジンは寝転がるイーサンに手を伸ばすとイーサンはそれを掴んで立ち上がる。


「今のが鬼門か」


「ああ」


「何門からあるんだ?」


「十門からだな」


「てことは、最初か」

 イーサンはそれを聞いて体を震わせる。先程の斬撃すら目で追うのがやっとだったのにまだまだ上があると聞いて寒気すら感じた。


「いや、俺も甘く見ていた、正直同世代で開門するとは思わなかったよ」


 ジンは嫌味で言っているのでは無く本気でそう言っている事をイーサンは理解する。

 あれだけの力の差を見せつけられれば誰でも理解するだろう。


「俺はおまえに追いつけるか?」


「んー」


 イーサンの質問にジンは空を見上げる。


「俺が目指すのは守りたい物全て守るだけの強さだからな、イーサンが例え追いついても俺は更に先をいく」


 イーサンはジンの答えに笑いが出てしまった。


「ははは、通りで強いわけだ」


 子供の様なことを言うジンだが、イーサンはそれをバカにする気はなかった。ジンならそれも可能なんじゃないかと思わせられたからだ。


「でも、イーサンなら隣で戦ってくれそうだ」


「!」


 ジンの真っ直ぐな目でそう言われたイーサンはまた体を震わせる。つまり自分はジンの隣で戦えるだけの力を付けられると期待されていると言う事だからだ。


「なぁ、ジン」


「ん?」


「俺は今まで騎士になりたいから剣を振ってきた」


「うん」


「でも今決めた、俺はおまえの隣に立つためにこれから剣を振るう」


「え?」


「待ってろすぐ隣まで行ってやる」


「ちょ、男に隣だなんだって言う相手が違うだろう?」


「ははは、気にするな。俺が勝手に言ったことだ」


「まったく、なんで俺の周りの男どもは......」


 ジンの頭に浮かんだのは豪快に笑う部下と神出鬼没の部下だった。


「ひとまず、今日はありがとう」


 イーサンが再度手を差し出すので、ジンはその手を握りお互いに握手を交わすのだった。

 ジンはそのあと退場するとリナリー達が観客席に来ていると何故か教師に言われて指定された場所へと向かっていた。

 曲がり角を曲がると人影が二つありジンは慌てて隠れる。


(なんで隠れてんだ)


 ジンは隠れてからそう思ったが目線の先にはアーサーとドールがおり何故か隠れてしまった。だが、脇を通れば絡まれる事必須なのでジンは遠まりをしようと来た方向へと足を踏み出そうとして、二人の会話が聞こえて足を止める。


「いいか、アーサー、あの忌み子を殺せ」


「いいんですか?殿下」


「構わん、武園会に事故はつき物だ、お前が殺しても俺がなんとかしてやる」


「承知しました。では、それを成せた暁にはひとつお願いしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ、聞いてやる」


「では、私とステラ、ハンナ、リリアンとの婚約の立ち会い人になってください」


「む?貴様、平民の分際でよく言う物だな」


「お気を悪くされたのなら、申し訳ありません。ですが、私めが貴族となれば殿下の剣としてこれからも粉骨砕身働かせていただく所存です」


「ふむ......良かろう、貴様の腕を買ってやる」


「ありがとうございます!」


 そう言うとドールは踵を返して立ち去ろうとするが何かを思い出して足を止める。


「そういえば、おまえに言い寄っていたのがもう一人いなかったか?」


「ああ、ノアですか、彼女は構いません。ジン・オオトリの周りにいる女などこちらから願い下げです。何度か抱いてやればそれで彼女も本望でしょう」


「くくく、貴様もなかなかいい性格をしているな」


「それほどでは」


 これはアーサーがドールに気に入られるために言ったことだったが、運の悪いことにこの会話をジンに聞かれていた。

 ジンは自分がどうこうされるなど微塵も思わないが、ノアの気持ちに対してのアーサーの言葉は容認できる物ではなかった。

 ジンはその場を立ち去るとリナリーたちがいる場所へは向かわず更衣室に戻るのだった。

 テオ達はジンが来るとロイに聞いていたのだが、一向にジンが現れないので、少し心配していた。


「何かあったのでしょうか?」


「ジンのことだからそこまで気にしなくてもいいと思うけど」


 リナリーが心配そうに首を傾げるのでテオはそれに返答する。

 その時ある人物が五人の前に現れる。


「やぁ」


「イーサン、おつかれ」


「完敗だったよ」


「いや凄かったよ」


「殿下?」


 イーサンは一番奥のロイにそう言われて目が点になってしまう。


「何故ここに?」


「後輩達が切磋琢磨しているんだ、観戦してても不思議じゃないだろう?」


「そうですが」


 イーサンはロイの存在に驚いたが、たしかにここにいても別に不思議ではない。

 二人の会話が切れるとテオがイーサンに質問する。


「そういえば、ジンを見なかった?ここに来るはずだったんだけど全然こないんだ」


「いや、すまない。見ていないな」


「そっか、本当にどうしたんだろう」


 全員が、現れないジンを不思議に思うが、結局、インターバルが終わり決勝が始まろうとしていた。


「さぁ!第一年の部、武園会も等々大詰め!この決勝の舞台に立つのは皆さんも納得の強さでしょう!」


 実況の男子生徒が口火を切ると等々最後の戦いが始まると観客席の熱も高まっていく。


「その猛攻は他の追づいを許さず、ここまで完勝を重ねてきました!二刀流と言う我流を携えこの場所に立ちます!アーサー!」


 実況の紹介で片方の入り口から爽やかな笑みを浮かべてアーサーが入場してくる。それに呼応して、女子の声援が飛ぶ。


「対するは、こちらも他の追づいを許さず、ここまで完勝を重ねてきました!その速さは迅雷が如く!ジン・オオトリ!」


 そして逆側の入り口からジンが入場して来る。


「ん?」


 ジンの登場にロイは違和感を覚える。


「どうかされましたか?」


 テオはロイの声を聞いて何かあったのかと思う。


「いや、すまない。そうだな」


「怒っています」


「え?」


 リナリーの言葉に全員の視線がリナリーに集まる。


「ジン様が、怒っています」


「え?」


 再度そう言うリナリーの言葉を受けて全員の視線がジンへと向く。

 テオからすればいつも通りに見えてしまい首を傾げる。ノア達も同じようで、いつもと変わらない様に見えた。


「珍しいね、ジンが怒こるなんて」


「殿下もそう見えるんですか?」


「ん?ああ、ジンは割とわかりづらいからね」


「でもなんで怒ってるんだ?」


 イーサンの最もな疑問に全員が首を傾げる。


「ここに来る途中に何かあったのかな?」


 テオが正解を言い当てるが確証がなかったため結局は誰も分からずその場の話は終わる。


「さぁ!等々今大会!最後の戦いです!サドラー先生この対面どう見ますか?」


「見てればわかることだ」


 サドラーの解説としては0点な言葉に実況の男子生徒は眉を潜める。


「えっと、それはどういう?」


「アーサーの我流剣術は私も知らないことが多い、対するジンの剣術はまだまだ底が見えん、正直私もわからないというのが答えだな」


「なるほど......」


「だが、主観で言わせてもらうのなら、勝つのはジンだろう」


「ほう!その根拠は!」


「だから言っただろう、主観だと。根拠と呼べるだけの物はない」


「そ、そうですか」


 そんな解説と実況の会話を他所にジンとアーサーは指定の位置につく。


「やぁ、まさか君がここまで来るとは思わなかったよ」


「そうか」


「お互い最善を尽くそう」


「最善ね......そうだな、最善を尽くそう」


「それでは、試合を始める両者準備はいいか?」


「「はい」」


 アーサーが握手を求めて手を差し出すがジンはそれを無視して踵を返す。

 この行動に観客席の大半をジンは敵に回す。アーサーは差し出した手を引っ込めると肩を上げて首を振る。

 ジョナサンは両者が所定の位置に立ったのを確認して声を上げる。


「では、始め!」


 ここに武園会最終試合が始まったのだった。

 

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