第147話 私の覚悟

 ジン達が部屋から退室すると、部屋の中に沈黙が訪れる。

 リナリーはジンには、ああ言ったものの、ただの強がりだった。

 ジョゼが新しい紅茶を二人の前に置くと、ルイが綺麗な動作でそれを飲み、カップを戻した後ゆっくり口を開いた。


「リナリーちゃんって呼ばせて貰うわね?」


「は、はい!」


「リナリーちゃんはどうしてジンちゃんを選んだのかしら?」


「え?」


「だって、リナリーちゃんは侯爵令嬢でドール王子と婚約するとあまり社交界に出ない私でも耳に入るくらい噂してたわ。現にジンちゃんに聞いたときはそう言う流れになる予定だった聞いた。それがどうして身分の差があるジンちゃんを選んだのかしら?」


「それは......」


「それは?」


 リナリーは俯いて黙ってしまうが、ルイをこれ以上待たせるわけにはいかないと真っ赤にした顔を上げる。


「一目惚れです!」


「あら」


「はう」


 自分で言ってすぐに両手で顔を覆ってしまう。


「そう、でもそれは容易な道ではないわ。それはわかっているのかしら?」


 ルイの真剣な声色ですぐに顔の熱が引き、リナリーも真剣な表情に戻る。


「わかっているつもりです」


「今は、キリル君が前向きなのが味方しているけど、もしキリル君が貴方達の婚約を認めないと言ったらどうするのかしら」


 リナリーはルイの質問に少しだけ考えてすぐに答えを出す。


「それでも私は、ジン様と一緒にいたいです」


「それは子供の戯言よ。一緒にいたいからと言って一緒にいられるなんて甘い話はないわ。家の意向が自分の意向。それが貴族よ」


「知ってます」


「ならどうするのかしら?」


「信じます」


「え?」


「私の身分が高いのは生まれついての物。私にはどうすることも出来ませんし、今まで侯爵家であることの恩恵も受けてきました。それを家の意向と自分の意向が違うからと言って、家と袂を分かつ選択を私はする事は出来ません。だから信じます。自分のこの身分は私の功績などではない事も重々承知していてそれでも、ジン様が私の手を取ってくれるところに来てくれることを私は信じます」


「ジンにそれができなかったら?」


 ルイのジンへの呼称の変化にジョゼだけが気付いき、それだけ真剣であることを察する。


「いいえ、ジン様は私の手を取ってくれます」


「物事に絶対は無いわ」


「分かっています。それでも信じると私が言ったのならジン様が私の手を取ってくださることを疑うなど、許されることではありません」


「でもそれは、あなたは信じること以外何もしないということかしら?」


「それは違います。信じると言う言葉を盾に盲目になる気はありません。二人で導き出せる答えがあるならば、全力で助力する。これが私の覚悟です」


「......」


「......」


 ルイが黙ったことでリナリーも黙る。

 再度ルイが紅茶を飲んで、カップを置く。


「この前、私の実家に行ったと聞いたわ」


「え?はい」


「その時お母さんに私のことを聞いたそうね?」


「は、はい」


「ふふふ、そんなに硬くならなくていいのよ。リナリーちゃんが言った事は私とは違う、と言うよりもあの時の私を否定する言い分ね」


「あ、いえ、その......はい」


「ふふふ、攻めてるわけじゃ無いわ。そうねぇ、私も若かったからと言い訳したくもなるけれど、今思うとあの時、家と絶縁して全て解決した気になっていた自分が大馬鹿だったなって何度も思うわ」


「そんなことは!好きな人のために全てを捨てることなんて私には出来ないと思います!」


「ふふふ、違うわ。捨てることなんて簡単なの、捨てる物の重みをわかっていない人間は簡単にそれを捨てることができる。あの時、あの人が私の実家に何度も行ってくれなければ私は今でも大馬鹿のままだったと思うわ」


 リナリーはルイの話を黙って聞く。


「本当に大事なものを知っている人は、大事な物と大事な物を天秤に掛ける。その先に未来があることを知っているの。その選択の連続が人生だと言う事もね。それを知らない人は簡単に大事なものを捨てることが出来てしまう。リナリーちゃんは賢い子ね」


 そう言うとルイは立ち上がり、リナリーの隣に腰掛ける。

 ルイの行動にびっくりしたリナリーだったがルイの全てを包み込むような目に、すぐに体の硬直が緩む。

 するとルイはリナリーを抱きしめる。


「リナリーちゃん。これからもジンちゃんをお願いね?あの子も賢い子だけど、自分のこととなるとすごく無頓着だから。ちゃんと見ていてあげて」


「それって」


「あら?返事が聞こえないわ?」


「あ、はい!ルイ様!」


「ふふふ、もうお義母さんでいいのよ?」


「は、はい!......お義母様」


「あらあら、娘は何人いても可愛いわねぇ」


 先程の雰囲気はどこへやら、ルイはいつものような慈愛に満ちた笑顔でしばらくリナリーを抱きしめているのだった。

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