第166話 流石
結局のところ、ジン達は待機する以外の選択肢はなく、時は日輪祭前日の四時間目と五時間目の休憩まですぎていた。
「最後まで何も言ってこなかったな」
「要するに信用してないわけだからな、その点で言えば賢いと思うよ」
「納得はできん」
「いいじゃないか?彼方がその認識ならこっちも同じ認識でやるだけだ」
「正直、あの伯爵と子爵はまだわかるが、ジンの話を聞いて、俺はデディ・ジーゼウスは納得がいかん」
「落ち着けって、もうそれはいいって、それより明日の話をしよう。正直ぶっつけ本番だからな、対策なんて立てれるわけじゃないけど、ある程度の決め事だけは決めておくべきだ」
「決め事?」
「まぁ決め事って言っても簡単だよ。イーサンは好きにやっていい、俺がそれに合わせてイーサンの背中を守る」
「なに?」
「六対二の最初の構図と最終的な構図はどちらも一緒だ。わかるか?」
「......囲む」
「その通り、最初は二人って数に舐めて適当に囲みに来るだろう。だけどそれを返すと相手は警戒する。今回は団体戦って事で一週間で日輪祭は終わる。観衆の目に入るのも本戦くらいだろ。ならそこまでは舐めて掛かって来てくれるだろうって予想してる」
「なるほど」
「まぁ、ちょっと楽観的な面は入っているけどな。だけど警戒された所で関係ない。六対ニって構図はどれだけ戦術を用いても最終的な正解は囲むだ」
「けど、それじゃ俺たちの作戦って」
「そ、力で返す」
ジンのあっけらかんにそう言うのでイーサンもジンの言うことだからと素直には頷けなかった。
イーサンの顔を見たジンは少しだけ笑うとイーサンの肩を叩く。
「はなから二人なんだ、戦術もクソもありゃしない。俺たちができることと言えば、力技で返すかカウンターくらいなもんだ。それが通用しなかった時はそれまでさ」
イーサンはジンの実力を知っている。ジンが本気になれば学生の小隊など赤子の手を捻るより容易いとイーサンは思っている。ジンもなんでもありで有れば六対一を返すことはできると自分でも思っている。
ただそれはルールのない殺し合いの中で有ればである。
イーサンも知っているが、ジンの扱う瞬刃流は敵の息の根を止める剣術だ。つまり木刀などを用いてもその殺傷力は対して落ちない、ほとんど音速ともいえる棒切れの斬撃は容易く人を真っ二つにできるのだ。
だからジンは武園祭でもイーサン以外には技を使わなかった。
つまりはそう言う事だ。あれはイーサンが望みジンもイーサンならと『全分』を放ったが、それ以外で武園祭に技を使う気は、相手がドールやアーサーであっても無かった。
「まぁ、なんとかなるって」
かかかと笑うジンとは対照的にイーサンは浮かない顔である。
「俺が負ける分にいい、けどジンはロイ殿下の推薦でもある。ひいては殿下の評価にも繋がるんじゃないか?」
「一回戦で負ければ、そうなるかもな」
「だったら」
「でももう決まった事をどうこう言うのも時間の無駄だろ。俺は十分やれると思った。俺は一対一は得意だけど割と対多数は苦手だからな、サポートに回れば行けると思うぞ?」
「.......わかった」
それでもイーサンの顔が晴れなかったため、ジンは少しだけ笑ってイーサンの肩に手を置く。
「それじゃ後で合わせるか」
「ああ!頼む!」
イーサンは急に顔を輝かせ、次の授業の準備を始める。その変わり身の速さに、ただジンと鍛錬がしたかっただけなんじゃないかと思うほどだった。
こうしてジンとイーサンはリナリー達と放課後別れて修練場に行くと、何人かの生徒達が思い思いの鍛錬に励んでいた。
ジン達は修練場で空いてるスペースを見つけると、体を動かす準備を始める。そんなジン達を不思議そうに見つめる視線がいくつかあったが、気にすることなく体を動かす。
そんな二人のところに歩いてくる気配を感じて、ジンがそちらに顔を向ける。
顔を向けた先にはレイラが居り、ジンが気づいたのを見て片手を上げる。ジンはそれに同じく手を上げて返すと、ジンの行動に気づいたイーサンがジンと同じ流れで手を上げる。
「君たちも鍛錬か?」
少し男勝りな口調でそう言うレイラにジンが代表して答える。
「そうです」
「敬語は要らないよ。お互いクラスメイトだろう?」
「そう......だな」
ジンはレイラと自分の立場を少し考えたが、レイラがそう言うならいいのだろうと思考を投げて答える。
「二人か?」
「俺たちは二人で出るからな」
ジンの言葉にレイラは少し顔を顰める。
「すまんな」
「なんで君が謝るんだ?」
「セイン殿下の我が儘で留学生である君達には不利なルールになってしまったから」
「あー、あの噂は本当だったのか」
「ああ、ティナシー様もヴァーレンハイト様もセイン殿下にはどうも甘く、誠に申し訳ない」
「なるほどね」
(良き王が良き親であるとは限らない、か)
ジンは心中でそう呟くとレイラに正直に話す。
「でのそれを君に謝ってもらうのはそもそも違うよ。だって俺たちは留学生だ。郷に入れば郷に従えさ」
「......」
ジンはそう言ったもののレイラは黙ってしまう。イーサンもレイラが来てから口を一文字にして開かないので場はなんとも暗い雰囲気になってしまうのだった。
ジンはそれを払おうと話題を変える。
「それより、その件の殿下達はどうしたんだ?君と同じチームなんだろ?」
「セイン殿下はここへは来ない。それどころかチームもヴァーレンハイト様が婚約者である私を組み込んだだけでセインは最後まで反対していたそうだ」
レイラの答えにさらには場の空気が悪くなる。イーサンなどは最早目を逸らして他人のふりだ。ジンは少し運動とは違う汗が流れ出した感覚を背中で感じながら、無理やりに明るく声を出す。
「レイラも大変だな、貴族社会ってのはどこもかしこもどうしようもないな」
「ジン殿はリナリー様と心から愛し合っているとか」
「もちろん」
間髪入れずにジンが肯定すると、レイラは一瞬驚いてすぐに笑顔になる。
「それはなんというか、ふふ、羨ましいな」
その顔がどうしようもなく儚く、それでいて焦がれるように笑う。そんな顔にジンが自然と手が動いてしまう。
ジンの自然動いた手がレイラの頭に乗るとレイラが驚き、ジンも驚く。
「えっと」
「......」
二人は数秒見つめ合い固まると、すぐにジンが手を引っ込める。
「すまん。今のはなんというか、自然動いた」
「いえ、あの、別に」
しどろもどろになっている二人にジンの横にいるイーサンが咳払いをする。
「んん!そろそろ始めようジン」
「あ、ああ!そうだな!レイラすまない、そろそろ始めるから」
「あ!はい!あの!そうだな!では、失礼する!」
レイラはジンの行動に少しだけ頬を珠に染めてワタワタと手を振って、二人から離れていく。
残されたジンはレイラの後ろ姿を見送った。そんなジンにイーサンは一歩近づいて小声でこう言うのだった。
「流石ジン、俺も見習いたいくらいだ」
「ああ?」
ジンがイーサンを睨むが、既にイーサンは明後日方向に視線を向けていた。
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