第67話 戦後報告

 ジンは質素に見えるが細く装飾の施された扉に着くと執事服の老人が扉をノックする。


「入れ」


 ジンが聞きなれた声に少しため息をついて部屋に入る老人の後に続く。

 中に入るとそこにはロイがいた。


「来たか、久しいな」


「そうだな、四ヶ月ぶりか?」


「もうそんなに経つか」


 ロイは愉快そうに笑うとジンに顔を向ける。


「よく帰った」


「ああ」


「ああってお前な、俺も心配したのだぞ?」


「なんだよ、柄じゃねーな」


「そう言うな、青龍騎士団が壊滅的被害を受けたと報告があったのだ心配もするだろう?」


「ああ、そうか」


 ジンはロイの前の椅子に許可を得ずに座るがローバスは何も言わなかった。

 ジンは椅子に座ると背もたれに体を預けて天井を向いて大きなため息を吐く。


「はぁああ、なんだか〜お前の顔見たら帰って来たって実感したよ」


「ふふ、お前も砕けて来たな」


「......なぁ、ロイお前は卒業したら戦に出るんだろうな......」


「ああ、帝国とは今回の戦、和平で終結するだろう、そうなればチャールズ共和国と事を構える可能性が高いからな」


「全く耳が早いな......おそらくその時俺は学生をしてるだろ......だが戦に出るなら俺を連れて行け」


「......ほう、心配してくれるのか?」


「そうだな、お前は自分に奢ってすぐに死にそうだからな」


「なんだ、心配とはそっちか」


「まぁ、半分はそうだが......正直になるか」


 ジンは天井を見上げた顔をロイに戻して、姿勢を正す。


「ロイ、俺はこの戦争で仲間を死なせた」


 ジンの言葉にロイは少し目を開き固まる。

 ローバスも何も言わずにロイの側からジンを見つめていた。


「自分の強さを奢ったのは俺の方さ、もっとやれると思ってた......自分なら上手くやれるってな、だけどどうだ蓋を開ければ俺の作戦は多くの死人を出して、俺の隊は俺含めて四人しか生き残らなかった.......守れやしなかった......守りたいもん一つもな、逆に死の間際の奴らに守られる始末さ......だから次は必ず守る、友も国も俺の手の届く全てを俺は守る」


ジンが思い出すのはトールやダイナ、ガイルのことだった。


「......それは理想論ではないか?」


「わかってるさ、それでも俺は誓うんだよ、誓ってやるさ、必ず守るってな。それが俺に託された責任ってやつだ」


「......修羅の道だぞ」


「それでも歩くと決めた」


「そうか」


 ロイは頷くとジンに顔を向ける。


「ならばその道、共に歩いてやるのが友の役目だろう」


「ふざけろよ、お前を担いで歩くぐれーわけねーよ」


「お前こそバカを言うな、お前の隣を歩ける者など俺以外いまい」


「かっかっか、じゃあ頼むぜ親友」


「ああ、任せておけ」


 そのあと少しだけ話してジンが部屋から出て行くとロイは考え込むように手を組む。


「ローバス、此度の戦、報告書を後で内密に持って来てくれ」


「承知致しました」


「ローバスはどう思った」


「そうですね、子供の戯言だと」


「言い捨てるか」


「ええ、戦を経験していないならですが」


「それでもジンが言ったことは戯言なのだろうな」


「ええ、ですがそれを失えば大人になると言うのなら私めはこの歳で未だに子供ですな」


「気に入ったか」


「ええ、彼が道を見失わないので有ればですがね」


「ふっ、全く年下に道を諭されるか」


 ロイはゆっくりと立ち上がると静かに呟くのだった。

 時は少し遡り、ジンがロイの部屋の訪れたちょうどその頃、ジゲンは城の一室に来ていた。


「ジゲンです」


「入れ」


 中からの返答を待ってジゲンが入室すると丸いテーブルを中心に三人が座っていて一番外側の席が空いていた。

 座っていたのはディノケイド、デイナー、キリルだった。


「すまんなジゲン、どうしても他の者達を止められなんだ」


「構わんさ、説明は必要だった」


「それでもまさかこの大胆な作戦をジン君が考えたなんてね」


「作戦だけならまだしもその後まで見えている......正直戦慄したよ」


 キリルの後にデイナーが続ける。


「だが、あの作戦は荒削りすぎたのではないか?」


 ディノケイドが戦死者の数を垣間見てジゲンに問う。


「すまねーな、わしたち目線から言わせれば。白虎は早々に撤退、タイランは三万の兵に轢き殺されると読んだわけだ、そんな中わしたちの取れる行動は決して多くはなかったのさ、後方からの支援はなく、前方左右敵だらけ、ジンの作戦は奇跡頼りではあったがあいつはそれを奇跡ではなく実力で進めて行くうちに皆に示したのさ。これは行けるってな」


「......神童か」


「どうかな......」


 デイナーがポロッと出た神童と言う言葉にジゲンは少しだけ背もたれにかける体重を増す。


「どうしたジゲン......」


「いや何でもない」


 ジゲンは頭を切り替えると戦後報告に戻る。


「だがその結果、多くの戦死者を出したが敵の兵糧を全て突いたわし達は撤退、その撤退でも多大な犠牲の上で生きて帰ったと言う訳だ」


「戦の経緯は理解した、では次に其方の腕それはどうした」


「ああ、これか」


 ジゲンは自分の右腕をチラッと確認してディノケイドに視線を戻す。


「油断はあった、がこれは仕方なき事だろうよ」


「誰だ?其方そちほどの男から腕を奪った輩は」


「ゲンジだ」


「ゲンジだと?!」


 その場ではキリルだけが驚く。


「やはり出て来ておったか」


 ディノケイドは静かに漏らすとすぐに顔を上げる。


「どうだったゲンジは」


「両腕があって正面からならわからんが、デイダラが殺し損ねた......正直未知数だろう」


「そうか、わかった。他に何かあるか?」


「今回の戦で表立って出て来たのはゲンジ、ザンバ、ゼルギウスの三人だ。ゼルギウスとは顔を合わせていないがあいつは基本的に後方の人間だ当然といえば当然ではあるな」


「報告は聞いている。がなぜ詳細を省いた?」


「すまんなディノ、この内容を捻じ曲げられるわけにはいかなかった。この作戦がうまく行けばジンの名前や俺との関係、さらには白虎の立場諸々が微妙なバランスを保たなければならなくなる。どこかで捻じ曲げられた報告をされるってのは俺たちに取って死活問題だったのさ」


「一理あるな」


 すぐに頷いたのはデイナーだった。


「陛下の耳に届く前に話が曲げられればそれを経由した貴族の耳にも入る。いくら陛下がジゲンから直接聞くまではと言っても周りを止められたか怪しい、それほどにジゲン・オオトリって男は敵だらけと言う事だがな」


「わしのせいじゃねーもん」


 ジゲンが拗ねたように頬を膨らます。


「わかっている、この国の在り方が少しばかり古いと言うだけだ。だから陛下も私もこんなに苦労しているのだ」


「父と続けて二代、どうにか改革は進めてきたがまだ足らぬか」


 ディノケイドはため息を吐くがそれは単なる切り替えだ、こんな事で落ち込むくらいならもうとっくに折れている。


「詳細についてはあいわかった。他に何かあるか?」


「ああ、最後になるが今回ザンバは討ち取った」


「「「なに!?」」」


 この報告にはジゲン以外の他三人が同時に驚愕した。


「首切りザンバをか?」


「ああ」


 ジゲンは頷く。そんなことは報告には一文も書いてなかったために皆驚いたのだ。


「それって今回の戦では第一功ではないか!なぜ報告しなかった」


「ザンバを討ち取ったのがジンだからな」


「「「!?」」」


 またしても場はジゲン以外が驚愕すると言う状況になる。


「それは誠か?」


「おそらくな、ジンは部隊を率いて殿に残り帰って来た時生き残りは四人だった。そしてジン自らザンバは殺したとの報告とザンバの刀を持って来やがった......正直わしも信じ難かったが嘘をつく理由もねーおそらく本当だろう、三人の中じゃ独断行動を好む奴ではあったし、その前にもジンと因縁ができていたらしいからな。だがこれに関してザンバの首を持って帰って来たわけでもねーからな正直帝国に確認をしなきゃわからねーだろう」


「もしそれが本当なら今回の戦、齢十二にして国始まって以来の窮地に打開策を立て自ら将軍首を取るだと?お前の倅は本当に子供か?」


「デイナー、それは大人でもありえないよ最早人間かどうかを疑う余地すらある」


 あまり驚くことをしないデイナーが過去最高に驚愕しているのをキリルは同じかそれ以上の驚きを隠すためになんとか冷静であろうとしていた。


「この件は慎重に取り扱おう」


 ディノケイドは静かに言うと背もたれに体を預ける。

 皆も同じように背もたれに体を預けてため息を吐く。

 少しの沈黙が訪れたがそれを終わらせたのは部屋をノックする音だった。

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