第15話 弟

 ジンはジゲンに連れられて書斎に入る。ジャスもついてくると思っていたジンはジャスがついてこなかったことに少し困惑した。


「で、二人だけの話ってなにさ」


「ひとまずは、お前がどこまで剣技を身につけたか聞きたいところではあるな」


「ああ、緋剣二門までかな」


「かっかっか、その歳でそこまで行くのは流石わしの息子と言うところか」


 ジンとジゲンに血の繋がりは全くないのはジンもわかっているがジンが引き取られたのが幼かったためジゲンはもはや血を分けた息子であると思っている。


「いやどうかな?母上の息子だからじゃない?」


「まったくお前も素直じゃないな、誰に似たんだか」


「それは親父殿だろう」


 二人が笑うとジゲンは真剣な顔つきになる。


「さて、帰ってきて早速話はしたがお前を騎士団に迎え入れる話だが、来週にも話を進める所存だ」


「急だね、そんなに切羽詰まる事があんの?」


「まあ、早めに騎士団に慣れておくという事にはなるだろうが、どうやら帝国がだいぶきな臭い」


「たしか陛下の話では」


「ああ、陛下のというよりデイナーの読みだな、だが奴の読みよりだいぶ帝国は遅くなった、北がそれだけ精強だったからということだろう」


「でも、俺を騎士団に組み込んだところで戦争に勝てるなんてあり得ないでしょ?」


「ありえんな、自惚れだ。お前であろうとわしであろうと兵士、一個人の力など戦争ではただのちょっといい駒に過ぎん、指揮官ともなれば別だがな」


「じゃあ、なんでさ」


「お前に戦争を経験させるためだ」


「戦争を経験......?」


「そうだ、どれだけお前が剣の腕を磨き個人として研鑽を積もうとも戦争とは別だ、達人でも流れ矢で死ぬのが戦争だ」


 ジンはジゲンの言葉が今までで一番重たい一言に喉を鳴らす。


「たしかに師匠の修行は過酷であるし、死ぬかもと思うこともしばしばあったはずだ」


「うん」


「だが、戦争は違う師匠はお前を強くしようとしているが戦争は敵兵を殺してなんぼだ。そこに名誉も尊厳もありはしないあるのは生か死だけだ」


 ジゲンは元々平民の出であるため貴族の誇りを持って戦場に赴くという事の意味を理解できなかった。ジゲンが戦争に行くのは大事な者を守るためだけである。


「お前が戦争で使い物になるか、早いうちに知っておいて方がいい」


「親父殿」


「厳しい言い方をしたが、お前の道でもある無理強いはしない、学校を卒業してそこから戦場に出るのが通例ではあるからな」


「いや、行くよ」


 ジンは真剣な目でジゲンと見つめ合う。


「昔親父殿が言ってたよな、命を賭ける覚悟と奪う覚悟、剣を持つ覚悟って」


「そんなこともあったな」


「まだその覚悟はわかんないけど、守る覚悟だけは決めて来た」


 ジゲンは頬を吊り上げて息子の成長を喜ぶように「そうか」と呟いた。


「さて、あとはルイにどう話したもんかだな」


 最後の難関にジゲンは後頭部をガシガシと掻くのだった。

 ジゲンの話が終わるとジンは居間に戻ってオウカやルイと談話を楽しんでいた。日が暮れはじめた頃ジャスからリュウキが帰って来たとの知らせを受ける。


「ただいま」


 リュウキはジンが家を出てすぐに生まれているので今年で六歳だ。

 オウカは髪はジゲン譲りの黒髪であるがリュウキはどうやらルイに似て茶色の髪をしているが顔はジゲン譲りだろうとジンは思った。

 みんながおかえりと声をかけるとルイが嬉しそうに言う。


「リュウキちゃん前から言ってたジンお兄ちゃんよ会うのは初めてね」


「はじめまして、リュウキよろしくね」


 ジンは初めて会った弟に頬を緩めて挨拶する。


「兄さん」


 リュウキはジンをじっと見つめて「はじめまして」と小さくつぶやいた。


「あら、照れちゃったかしら」


 ルイはそう言ってニコニコしているがジンはそうは見えなかった。どちらかと言えば戸惑っているように見えた。


「まあ、初めて会って兄貴って言われても実感わかないよな」


 ジンが苦笑いを浮かべながら「ははは」と笑う。


「ひとまずは飯にするか」


 ジゲンがなんとも言えない空気を変えるためにとりあえず夕食にしようと提案した。


「今お持ちします」


 ジャスが空気を読んで綺麗に一礼して退室していく。

 食事は静かに終わった。リュウキに話を振る度に一言で会話が終了するので盛り上がるはずもなかった。


「それじゃ順番にお風呂に入りなさい」


 夕食を食べ終わるとルイが口元を拭きながら言う。

 ジンはここがチャンスだと思い切った行動に出る。


「どうだ?リュウキ一緒に風呂でも?」


「え?いや・・・・・・あの」


「いや、入ろう男同士の付き合いだ」


 ジンは戸惑っているリュウキを強引に風呂に誘う。

 ジンとリュウキが風呂にきて無言でお互い体を洗い湯に浸かる。

 ジンは自分から喋りはじめなければと思い口を開く。


「ん〜リュウキ」


「はい」


「そんな畏まらなくていいんだぞ?家族なんだから」


「はい」


 それでも畏まったリュウキにジンはどうしたものかと思案する。

 ジンが考えているとリュウキから口を開いてきた。


「僕には」


 リュウキから話そうとしてくれたのでジンは静かに頷いて続きを待つ。


「僕には剣の才能がありません」


 突然の告白にジンは困惑する。


「姉さんや兄さんには剣の才能があります、でも僕には剣の才能がありません。父さんの息子なのにです」


 リュウキはそう言い終えると黙って風呂の水面を見つめる。


「剣の才能がないってなんでそう思うんだ?」


 ジンは単純な疑問を投げかけるとリュウキは水面から少し顔を上げてジンを見つめる。


「兄さんは僕が生まれる前から父さんの師匠の元に修行に行かれたと聞いています。姉さんも幼い頃から今まで剣の修練を怠ってはいません」


「そうだな、けどそれはそれだ。お前が剣の才能がないなんて話をするには歳が若すぎるんじゃないか?」


 ジンも言っても十二歳ではあるがリュウキなどまだ六歳である。自分の才能の限界を感じるのは早すぎる年齢だ。


「僕は兄さんと同じ歳に剣を握り始めて兄さんと同じ歳に父さんの師匠の元での修行をつけて貰いたいと言いました」


 リュウキは思い出すようにまた水面に顔を向ける。


「でも父さんはお前には無理だと言って修行に行かせてはもらえませんでした。つまり僕には剣の才能がないってことです」


「なるほどな」


 ジンはリュウキの告白に静かに頷く。


(なんとも、本当に六歳か?)


 正直この歳で悩む事柄ではないとジンは思った。

 ジンには断片的ではあるが前世の記憶があり成熟した精神と思考が幼少から少しあった、それは他の人から見れば相当に頭のいい子供に見えただろう、だが自分と同じ境遇でもないのにここまで頭の回る子供がいる。それが自分の弟であることにジンは少し驚きそして返答に悩んだ。

 これが普通の子供なら「諦めるな」と勇気付けてもらえることを望んでいる事が多い、だけれど弟はそういう返答を望んでいるとは思わなかった。


「そうだな、今から兄ちゃんが言うことは俺の独断と偏見コミコミの話だ」


 ジンは前置きをして話し始める。

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