第20話 八咫烏

 時は戻り、リュウキがジンとの実力差を痛感する手前、ジンとテンゼンはお互いに刀を構える。

 ジゲンの合図でお互い動き出せる準備に入る。

 ジンがまず注目したのはテンゼンの足の位置だった。二年前の構えと基本的には変わらないが数センチ左足が後方に下がった状態の構えを見て繰り出される技を断定しようとする。

 瞬刃流と烈刃流は互いに親密な間柄でありよく弟子同士が交流的に手合わせをする、実際にジンも二年前にテンゼンと手合わせをしていた。

 その時はなすすべもなくやられたがこの二年何度も何度もあの日を振り返りイメージトレーニングをしていた。

 お互い手の内は割れているその構えからどの技が来るか大体の絞りはできている。


(あの構えなら使える技は五つ、けどもしあの足がブラフなら)


 お互いに構えをミリ単位で変えて牽制しあう。

 動き出す前の勝負、ここで八割が決まるのが瞬刃流と烈刃流の戦いだった。

 お互いが動きを止める。技を断定したということだ。それを見計らったようにジゲンが開始の合図を送る。


「はじめ!」


 短い合図でジンは地面を強く蹴って常人では反応しきれない速度でテンゼンへと真っ直ぐに進む。

 テンゼンも同じようにジンへと突進してくる。

 瞬刃流が先手必勝ならば烈刃流はカウンターの流派だ、一見相性は烈刃にあるように見えるが、カウンターはもし外した場合隙が大きく次の攻撃を繰り出すのに若干の時間がかかる。

 それを見逃してくれるほど瞬刃流の使い手達は甘くない、つまりジンがカウンターを見切るか凌げばジンの勝ち。テンゼンがカウンターを入れればテンゼンの勝ち。選択肢が多いのはジンである。


(中段から下段に刀を下ろした)


 冷静にコンマの世界でジンがテンゼンの動きを観察する。


(岩斬か、霧斬り舞)


 短く思考してテンゼンが繰り出すであろう技を断定する。

 もはや時間はない断定したと思った瞬間にジンは刀を抜刀する。


「第八門、緋剣、八咫烏」


 誰にも聞こえない声でそう呟き、抜刀する。

 テンゼンが繰り出したのは『岩斬』である、これは敵の武器に自分の刀が触れる瞬間に重心の真ん中を烈刃が誇る技法で叩くことによって相手の腕を痺れさせる技だ。

 ジンとテンゼンの刀が交わる、テンゼンは刀と刀が交差した瞬間に力を入れてジンの手を潰しにかかる、がジンが抜刀した刀の剣速が見えずにテンゼンは慌てる。


(うそだろ!?)


 テンゼンは抜刀からの斬撃である『絶刀』を読んだが初めて見た技に驚きを隠せなかった。

 テンゼンは何かないかとコンマの世界で考えるがもう動き出した手は止まらない左下段から右上段へと振り抜く刀を止められずそのまま執行する。

 ジンはテンゼンの刀を抜刀したと同時に刀の全体を使って縦に受け流しテンゼンが振り抜いた。

 テンゼンの刀を受け流し終えたと判断したジンは次の瞬間には刀を首に突きつけていた。

 テンゼンはまさかここまで成長していると思っておらずやれやれと困った風に首を振る、ジゲンがそのタイミングで「勝負あり」と掛け声を出し二年ぶりの手合わせはジンの勝利に終わった。

 デイダラは二人の最初の手合わせが終えたのを見てリュウキとオウカの方に顔を向ける。


「さ、これから彼らは彼らの世界に入ってしまうし、勉強を始めよう、ついでだオウカちゃんもどうだい?」


「よろしくお願いします」


 オウカは黙って二人の会話を聞いていたが正直リュウキと同じだった。

 自分でもあそこまで兄との差があるとは思いもよらなかったからだ。


「うんうん、オーケーオーケー、それじゃまず烈刃流、瞬刃流それから無音流について話そうかな」


 デイダラが話始めると二人が集中するのを感じて嬉しくなる。


「デイダラさん」


 リュウキはデイダラの話が始まってすぐに口を挟む。


「ん?どうしたんリュウ君」


「さっきデイダラさんは兄さんとテンゼンさんはテンゼンさんの方が実力は少し上だと言いました」


「ああ、いったね」


「なら何故兄さん達はあんなにもすぐに決着がついたんですか?それも兄さんの勝利で」


「たしかに真っ当な疑問だ、何故テンゼンにジンが勝ったのかそれはね」


 デイダラはためを作って勿体ぶると結論を言う。


「相性さ」


 なんとも身も蓋もない答えにリュウキとオウカはポカンとする。


「相性ですか?」


 なんとかリュウキがそう返すとデイダラは頷いてから説明する。


「そう、相性だね。君たちジャンケンは知ってるかな?」


「はい」


 リュウキとオウカは同時に頷く。


「烈刃流がグーだとするなら瞬刃流はパーなのさ」


「つまり勝てないと言うことですか?」


 デイダラの説明にオウカはそう返す。


「ん〜難しいんだけど刀を持った状態かつ、正面からなら瞬刃流は烈刃にも無音にも負けないだろうね」


「そこまでですか?」


「瞬刃流は自分の体を刀として突き詰めた流派だ、刀を持たれちゃ勝ち目はない」


「それでは瞬刃流が最強なのでは?」


「たしかに刀を持ち続ける瞬刃流は最強だ、だが持ち続けることができればね」


 なにか含みのある言い方をしたデイダラにリュウキはヤキモキする、だがグッと我慢して先の説明をまった。


「瞬刃流が己が身体を刀として使う流派なら烈刃流は己が刀を身体として扱う流派なのさ」


 デイダラの説明にクエスチョンマークを浮かべるオウカとは違いリュウキは理解した。


「つまり烈刃流は刀を自分の体の一部として使うと言うことですか?」


「その通り、理解が早いねリュウ君、烈刃流は自分の身体をどう使うかを突き詰めた流派ということだ」


「なるほど、でも瞬刃流には勝てないということですか?」


「そうでさっきの話だね、刀を持っていれば刀をなくしてしまえばいいつまり瞬刃流と戦う時烈刃流が狙うのは刀のみ、刀さえ手から離れれば烈刃は負けない。だからさっきの試合テンゼンはずっとジン君の刀を狙っていた」


「なんというか不利ではありませんか?」


「たしかに不利に見えるが烈刃はそういう技が多い、勘違いしている人も多いから言うけど烈刃は力の流派ではない豪の剣と言われているが実際は技の剣なのさ」


 リュウキは烈火と烈刃を同じような部類であると思っていたため少しの衝撃を覚える。


「烈火は烈刃の真似から入ってはいるが全く別の流派と思ってもらっていい、烈刃を極めれば身体を極めたも同義。だからこういうことができる」


 そう言うとデイダラは背中に掛かった刀を抜くと掬の頭部分を摘んで近くにあった岩に振り下ろすと岩が音もなく真っ二つになる。


「ま、こんな感じだねん」


 ウインクしながら刀を鞘に戻してデイダラが得意げな顔をする。


「デイダラさん」


「ん?」


「その岩は父さんがこだわって置いた岩ですよ」


 リュウキの言葉にみるみる顔を青ざめるデイダラ。


「リュウ君オウカちゃん、俺っち急用を思い出したから今日の授業はここまででいいかい?」


「ほう?急用か、それならわしにもできた所だ」


 デイダラは壊れたロボットのようにギギギと首を後ろに向けると鬼のような形相のジゲンが立っていた。


「だ、だんな!ちょっとだけ言い訳の時間をくれないか?」


「いいだろう、だが何を言っても結末は変わらんぞ?」


 デイダラの悲鳴がこだまする修練場でテンゼンとジンだけが自分たちの世界で刀を交えていた。

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