第126話 拘束
アーサーはアッセンブルグが首を切り落とされた瞬間、なにが起きたかわからなかった。今回の遠征の責任者という事はそれなりの地位にいるであろう男が一太刀の元命を刈り取られたということに理解が追いつかなかったのだ。だが、アッセンブルグがその場に倒れた瞬間自分の左から駆け出す人物がいた。
ジンである。
ジンは一瞬でアッセンブルグの亡骸を背にする場所まで到達すると声を張り上げる。
「総員!剣を抜け!青龍騎士団中隊長のジン・オオトリがこれより戦闘指揮を取る!」
この場でジンは生徒という枠組みを捨てて青龍騎士団中隊長として声を上げたのだ。
白虎と青龍では指揮系統がそもそもの違いはあるが、アッセンブルグが伏したこの場ではジンの青龍騎士団中隊長という肩書は最上位の階級と言えた。
「エドラ小隊長!騎士団の指揮はあなたに任せる!ファンさん!生徒を連れて撤退を!俺の小隊はファンさんに従うように!ガオン!あとは任せるぞ!」
その言葉で正気を取り戻した騎士や大人達がそれぞれ行動に出る。
それと同時にアーサーの周りにも変化が起きる。黒装束の男か女かも判別できない者たちが周りにいつのまにか現れており自分たちを守るように囲う。さらには現実がやっと見えた隣のステラが甲高い悲鳴を上げる。
アーサーはどこか高揚していく自分がいることを感じながら視線をジンに戻す。
ジンはアッセンブルグを倒した男と対峙していて刀に手を這わせている。
アーサーはこの時これまでのことを思い出す。
この遠征が始まってから何かとアッセンブルグにチヤホヤされているジンに面白くないと思っていた。更に遡れば、自分は今回の遠征でなにかしらの結果を残さなければならない。であれば自分はここにこのまま突っ立っていていいのか?そこまで思考が行われたところで無意識に地面を蹴っていた。
どんどんジンの背中が迫り、向かう先の男と目が合う。なにがにやけながら男が口を動かしたと思えば、ジンがこちらを振り返り驚愕の表情を浮かべる。
してやったりと思った。
ジンは自分の行動に気づいていない、このままアッセンブルグを倒した目の前の男を倒せば自分はこの遠征で武功をあげられる。
目前まで迫った男にアーサーはやれるという確信しかなかった。
泥水を啜った武園会を終え、個人的に過酷な修行を積んで挑んだ遠征で自分たちの指揮官が何者かに殺られる、これまでにないビッグイベントだとアーサーは双剣を振り下ろしながらほくそ笑む。
「やめろ!馬鹿が!」
ジンの声がアーサーにと届くがもうすでに遅い。
(こいつは俺のもんだ!!)
「だぁああああああ!」
アーサーの渾身の一撃にその場にいた生徒や騎士たちの視線が集まる。
アーサーの双剣が仁王立ちする男を斬り伏せる。
そんな現実は訪れなかって。
キン!と甲高い音を立ててアーサーの剣が二本ともへし折られアーサーがその場に尻餅を着く。
「え?」
アーサーはなにが起きたかわからないという顔で折れた剣を見つめる。
ジンはもうすでに駆け出していた。
布で顔を覆った男がアーサーにとどめを刺そうと剣を振り上げていたからだ。
ジンは抜刀と同時に斬り伏せる居合の構えで突貫していくと、男が振り返る。
ジンはこの時、自分に矛先が向く事を考慮していなかった。
不意をつかれた。聞こえはいいが簡単に言えばジンが焦って、注意を怠ったのだ。
布で顔を覆った男が突貫してくるジンに向かって突っ込む。
ジンその行動に驚き、居合に一瞬の動揺が生じる。
二人が交差して地面を滑り、停止する。
その場の全員がジンと男との一瞬の攻防を見ていた。
バシュ!
血が噴出する音と共にジンの左肩から血が吹き出る。
「ジン様!!」
その場にいるジンを知る人物はジンの出血に動揺を隠せない。
ジンのそばに近こうとするリナリーをドンファンが必死で止める。
それが視界の端に入ったジンが手で静止させる。
「ゲヘ、ゲヘ、おまえつおいな。おもしろいおもじろい」
男は笑いながら脇腹を手で擦ると、手にはべっとりと血が付いていた。
それを見た男は更に面白そうな声を上げる。
「いいな!いいな!おで、おまえともっど殺し合いだい!」
「ふざけやがって、なんで俺の相手はこんなんばっかりなんだ」
ジンはフラフラと立ち上がりながら男を睨みつける。
「でも、もう、一回終わり」
男はジンの後ろを見ながらそう言うのでジンもそちらに視線を向けると、騎士団がほとんどの敵勢を制圧していて、決着が付くのも時間の問題だった。
「だげど、オデ、おまえともっかい戦いだい」
男はそういうと視線をリナリーたちの方に向ける。
ジンはその視線を察知して、鉛のように重い体を引き摺って男とリナリー達との間に入る。
「許す訳ねーだろ」
「しっでるよ」
男は一瞬でアーサーのところまで戻ると首根っこを掴んで持ち上げる。
「こいつでいい」
ジンは正直大怪我を負ってまで救ったアーサーだったが、ジンが時間を稼いでいる間に放心してしているアーサーに最早思うところはなかった。
あの時体が勝手に動いたが、今回は違う。もう体を動かす事はほとんどできないことは自分が一番わかっていた。
これだけ時間を稼いだのに、剣が折れたことで放心してその場に座っている奴を救ってやれるほどの余力はジンにはなかった。
「そいつじゃ、人質にはなり得ねーよ」
「じゃあ、別のやつ、もらってぐ」
「なに?」
男はそういうと、アーサーを思い切り放り投げる。
その行方はドンファンの近くであり。救護兵団のドンファンは体が自然に動きアーサーをキャッチする。
その行動が不味かった。
宙を待ったアーサーにジン以外の全員が気を取られたことで男から視線が外れた。
男は一瞬でジンを中心に大回りする様に生徒たちがいる方へと移動すると一人の騎士を背中から斬り伏せ、生徒の一人を首根っこを掴んで距離を取る。
「無礼者!」
ジンだけが男の行動をわかっていたが、男と対峙するために動かそうとした体は言う事を聞かずに、その場で数センチ動くことしかできなかった。
「ノア!」
リナリーの叫びがその場に響く。
リナリーの前にはガオンが立っており、男はリナリーの拘束を断念し、代わりに近場にいたノアを拘束したようだった。
男はノアの首に手刀を落として静かにさせる。
「ゲヘ、どうやら、こいつ、人質、いい感じだ」
「ゲスが」
ジンはなんとかその場に立っていることしか出来ずに男を睨みつける。
「オデ、この森の、洞窟いる、この女返してほじがったら、そこまで、ごい」
そう言うと、男は部下達を残してすごいスピードで森の奥へと消えていった。
ジンは男を追おうとしたが、その場に倒れ、気を失うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます