第127話 誓い
ジンが目を覚ますと、ここ2日お世話になっているテントの天井が目に入った。
重い体を起こすと太ももに違和感を感じ、視線を太ももにやるとリナリーが手を枕にして寝息を立てていた。
ジンはリナリーの髪を手で撫でていると別の方向から声がかけられる。
「気がついたかしら」
「ファンさん」
声の主はドンファンだった。
「気がついてよかったわ。もう少し遅れていたら命も危なかったのよ?」
「すみません。油断していた訳ではないのですが、視野が狭くなっていました」
ジンは誰かを庇いながら戦うと言う事は先の戦争でも経験はしていたが、ある程度自分の身を守れる騎士たちであり今回とは訳が違った。また、真っ向から強者と戦う場合その場に守る対象はいなかったため、今回抜かったと言えた。
「それは私たちもよ。私たちが守らなければいけなかったのに易々とノアちゃんを拐わられてしまって立つ背がないわ」
「ファンさんは戦闘要員ではないので、仕方ない事です。それより俺はどのくらい寝てましたか?」
「三時間程よ」
「そうですか」
ジンはリナリーを起こさないようにゆっくりと自分にかけられた薄い布から出る。
「なにをやってるのかしら?」
「行かないと」
「医師としてあなたを戦場に戻すわけには行かないわ」
「いえ、いかせてもらいます」
「ジンちゃん!」
「ファンさんには前に話しましたよね?」
「.......」
「ここで行かないとリナリーが悲しむ。俺が守りたいのは自分の大切な人の笑顔なんです」
「その結果、あなたまで居なくなったらどうするの?この子は悲しむだけじゃ済まないかもしれないわ」
「それでもです。エゴを押し通すために強くなると誓ったのですから」
「本当に自分勝手ね」
「ははは」
「......勝てるんでしょうね」
「必ず」
「......」
ドンファンはジンをじっと見つめた後、諦めたように息を吐く。
「はぁ、わかったわ。もうすでに騎士団とミシェルが向かっているはずよ、その足跡を辿れば辿りつける筈だわ」
「ありがとうございます。ファンさん」
「もう、あんたもあの頑固女にそっくりね」
ドンファンが言っているのはルイのことでドンファンとルイは昔の同僚なのだ。
「親子ですから」
ルイやジゲンとは血の繋がりがないジンは二人に似ていると言われることがなによりも嬉しい事をドンファンは知らないため目を丸くしてしまった。
「まったく、それと気をつけないさい。あの坊やも騎士団の注意を無視して先に行ってしまったの」
「アーサーですか」
ジンはアーサーのことを勘定から外す。
今回、まず初めに敵の背後を取れたのにも関わらず大声で自分たちの居場所を敵に教えたことは、アッセンブルグの死の原因とまでは言えないが一因であることには代わりなかった。
さらに言えば先程の突貫も窮地と混乱を広げただけにも関わらず今回は命令無視の単独追跡である。
ここまで来れば最早自己責任だろうとジンはアーサーをこの場で切り捨てる。
(俺の周りにあいつが死んで悲しむ奴はいないしな)
そこまで考えてノアの顔が浮かぶ。
「あー、くそ!」
ジンは吐き捨てるようにそう言うとアーサーを勘定に入れ直すのだった。
ジンが割と大きな声を発したためリナリーが目を覚ます。
「ジン様?」
「ああ、すまん起こしたか。おはよう、心配かけたね」
ジンが笑いかけるとリナリーはジンに抱きつく。
ジンは肩の激痛に襲われるがグッと堪えてリナリーを抱きしめ返すこと数十秒、その場にいるドンファンが咳払いをする。
「んん!もういいかしら?」
「はっ!すみません!」
リナリーはドンファンの存在に気づき慌ててジンから離れる。
「まったく、ジンちゃん大事な話があるんでしょう?私はもういくわ」
「ありがとうございました。ファンさん」
ジンがお礼を言うとドンファンは振り返らず手をヒラヒラさせてテントを後にするのだった。
ドンファンがテントから出ていくと、ジンが先程の続きを話し出す。
「心配かけてごめん」
「まったくです。本当に心配しました」
リナリーはジンの胸にそっと額を当てる。
「リナリー、俺行ってくるよ」
「分かっていました。ジン様ならそうおっしゃるって、ノアは私の友達ですもの......ジン様はいつだってそうです」
「リナリー」
「これから先も何度だってこういう場面はくると言う事もわかっています」
リナリーはそう言うとバッと顔を上げる。
「誓いを」
「誓い?」
「必ず帰ってきてくださると言う誓いをください」
「.......」
ジンはリナリーと見つめ合いどうするべきか考えるとリナリーが瞳を閉じる。
ジンは少し戸惑ったがすぐに覚悟を決めてリナリーの艶のある唇に優しく口づけを交わすのだった。
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