第158話 質問

ジン達がネシーの後をついて教室に入ると、教室にいる生徒の全ての視線を集める。


「さて、皆さん昨日のパーティーで顔を合わせた方もいらっしゃるとは思いますが、留学生の皆さんです」


 そこまで言ってネシーはジン達に目配せをするので、リナリーが先陣を切って挨拶をする。


「皆さま、ご機嫌よう。隣国のベータル王国から留学生として三ヶ月と言う短い間ですが、教鞭を共に致します、リナリー・フォルムです。どうぞよろしくお願いします」


 リナリーの挨拶に拍手が起こり、次にノアが口を開く。


「ご機嫌よう、ノア・セレーネです。皆さまどうぞよろしくお願いします」


 リナリーに比べて短かったが、拍手が起こり、続いて並び順的にイーサンの番なのでイーサンが一歩前に出る。


「イーサン・ウォレットだ。喋るのはあまり得意ではないので短くなってしまうが、皆よろしく頼む」


 そう言うと女子を中心に拍手が起こり、イーサンが元の位置に戻る。

 最後はジンだった。


「ジン・オオトリです。何かと至らない点が多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 ジンがそういい終えるとまばらな拍手が起こるが、何人かは少し目を見開いてジンを見ていた。

 ジン達の自己紹介が終わるのだった。


「ありがとうございます。皆さんの席は彼方になります」


 ネシーが指差した方には綺麗に四つの空席があり、リナリー、ジン、ノア、イーサンの順で座る。


「それでは皆さん、本日最初の授業は留学生の方四人と親睦を深めようと言う事で、自由時間とします。ですが王立学園の生徒として節度ある自由時間を心掛けてください」


 そう言ってネシーは教卓に備え付けてある椅子に座る。

 ネシーが言った自由時間がどういうものなのかわからないジン達は在学生の行動に任せることにした。

 すると最初に天真爛漫を体現するような元気な女の子が手をあげる。


「はいはい!ペレット・ディダーです!えっと皆さんは婚約者とかいらっしゃるのですか?」


 いきなり踏み込んだ質問だったが、ペレットの質問は在学生の興味を引く内容だったのだろう、全員の視線がリナリー、ノア、イーサンに向く。

 ジンは自分に視線が無いことに、納得はしていたがなんだか寂しい気持ちになる。


(いや、わかってたけどね?でもそれとこれとは違うじゃんか)


 心の中でそう愚痴るジン。心の中なら許されるだろうと思っていた。

 ペレットの質問に最初に答えたのはイーサンだった。


「俺は将来を決めた女性はいない」


 イーサンの短い回答にクラスの女子の歓喜する声が聞こえる。

 次にリナリーとノアがほとんど同じタイミングで口を開く。


「私はいらっしゃいます」


「私はいます」


 リナリーとノアの回答に次は男子が落胆する声が聞こえてくるが、数人は関係ないと目に何かを灯しているのでジンはその男達をチェックしておく。

 全員が答えたので一応ジンも答えておく。


「俺もいる」


 ジンの回答に誰も何も反応しないので最早寂しいを通り越して惨めにすらなってきたジンは今日の夜、皆んなに慰めてもらおうと心に決める。


「そーなんですね!ありがとうございます!」


 ペレットと名乗った女子生徒が笑顔で着席すると次に手をあげたのは女子生徒でイーサンへの質問だった。

 それから男子女子が、イーサン、ノア、リナリーに質問を繰り返し、授業の時間も半分に差し掛かった頃、蚊帳の外だったジンは窓の外の雲の形を眺めていた。

 だが、そこで初めてジンに質問が飛んでくる。


「ジン・オオトリ殿の質問がある」


 そう言ったのは一人の女子生徒だった。

 ジンは急に自分の名前が出てきたのでびっくりして声のする方に顔を向ける。

 声の主は、長く赤みがかった髪を、後ろで一本に纏めた女性にしては長身な美女だった。

 ジンはその女性を見て一瞬で武門の物だと察しがつく。


「ああ、名乗っていなかった。レイラ・アーデウスだ」


 名前を聞いたジン達は少しだけ驚く。

 何故ならアーデウスという家名はホイル王国では有名な家だからだ。

 そういう話に疎いジンですら知っている家名だった。


「何でしょうか?」


 ジンは少し驚いたことをお首にも出さずに極めて冷静にそう返す。


「貴殿の父上はあの高明なジゲン・オオトリ様だろうか?」


 レイラの質問に教室が少しざわめく。

 ジゲンはタイラン奪還作戦にて多大な武功を挙げベータル王国の民衆からは英雄視されているが、その戦争はホイル王国も関わっており、その戦争を終結させたジゲンの名はホイル王国でも有名だった。

 だが、流石に家名まで知っているの者は少なく、ベータルの英雄ジゲンというのがホイル王国での共通認識だった。

 レイラの質問に急にクラスの注目が集まるジンだが、特に顔色を変えることなく質問に答える。


「そうだ」


 ジンの回答にクラスはまたざわめくが、すぐにレイラの質問で静かになる。


「では、約二年前帝国大侵攻の際、若干十三歳で戦場に出ただけでなく、大きな功績を挙げ一つの戦だけで名誉男爵の位まで賜ったというのは貴殿のことか」


 ジンはよく知ってるなと心の中で呟く。


「......まぁ、多分そうだ」


 ジンがそう答えるとクラスは今までにないほど騒つく。

 その声は主に男子達が多く。


「まじかよ」


「すげー」


 と言ったものだった、そこにレイラとジンの会話に入ってくる者がいた。


「俺も一ついいか?」


 ジンはそちらに顔を向けると、どこかで見たような気がしたが、すぐに思い出せなかったので、とりあえずうなずく。


「俺も君のことは知っている。アーデウスの言った通り、若干十三歳で戦場に出陣し、その一戦で名誉男爵。大変偉大なことだと思うが、聞いた話によると君の部隊はその戦でほぼ全滅。生き残った者が両手で足る人数だったと聞いているが?」


「......事実だ」


「ベータル王国では部下を殆ど全滅させた男が男爵にまでなれるのか?」


 男子生徒のその言葉にジン以外の三人が立ち上がろうとするのをジンが手で静止する。


「どういう意味だ?」


「ああ、気を悪くしたならすまない。だが、戦場で部下のほとんどを死なせ、自分だけおめおめと生き残り、さらには陞爵するなど、何か裏があるのかと疑ってしまう」


 男子生徒の言葉にクラスは張り詰めた空気になる。


「......部下を守れなかったのも、自分だけおめおめと生き残ったのも事実だ。それについて何か言う気はない。だが、陛下が俺に対して与えてくださった功まで貴殿にとやかく言われる筋合いはない」


「ほう、であるなら君は自分が指揮官としては無能であったことを認めるのか?」


「そこまでにしろ、デディ」


 男子生徒が尚もジンに噛み付こうとするのを止めたのはレイラだった。

 レイラはデディと呼ばれた男子生徒を睨みながら口を開く。


「貴様の物言いは些か気品に欠ける。そもそも戦場に出ていない私たちと彼とでは立場が違う。私たちのように、学生として机上の空論しか知らない子供と、本物の戦場を生き抜いた彼とでは埋めることのできない絶対的な溝がある。安全なところから囀るのは一番愚かで見っともない行為だ」


「だが、事実は事実だ。そんなものは生恥だ。俺だったら潔く死ぬがな」


「貴様の過去と彼の過去は関係ない」


 レイラの言葉にデディが机を叩いて立ち上がる。が、なにかを言う前にレイラが口を開く。


「勘違いするなよデディ。私の調べでは確かに彼は部下の大半を失ったかもしれんが、しかし彼は帝国の将であるあの、ザンバを打ち倒している」


「なに!?」


 レイラの言葉にデディだけで無く、そのことを知るリナリー達以外が驚きの表情をする。

 ザンバはホイル王国でも有名で、その残忍な性格と、個人の武勇はホイル王国でも脅威とされていた。

 そのザンバを打ち倒したと言う事実はその場にいる者に大きな衝撃を与えた。


「つまり、ジン殿は確かな武功を挙げているのは間違いない」


 レイラは捲し立てるようにそういうとジンに顔を向ける。


「同国の者が無礼を働いたことを詫びる。すまない」


「貴女が謝ることじゃないさ、それに彼の言う通り、俺の采配で部下を死なせたのは紛れもない事実だ」


「......答えたくないのなら答えなくてもいい。戦場はどう言うところだった?ここにいる大半は卒業すれば騎士になるだろう、参考までに聞かせては貰えないか?」


「......そうだな、あの場には誉はなかった」


 ジンが静かに話始めるとそこにいる生徒は誰もが口を閉じて話を聞いた。

 リナリーもジンが戦争の話を聞くのは初めてのことだったのでしっかりと耳を傾ける。


「物語や、先人が言う騎士道も、戦場での美学もあの場には無かった。敵も味方も先頭で戦う者達にあるのは、敵に向ける殺意と、死にたくないと言う懇願と、例え死んでも何かを想う覚悟だったと思う」


 ジンは窓の外に目を向けてそう話し始めた。


「目の前の敵を斬っていく中で今でも覚えてるのは、敵の目だ。盗賊や犯罪者とは違うあの目だな。あれは多分一生忘れない。色んな、本当に色んな感情の宿った目だった」


 ジンはそう言うと右手に視線を落とす。


「何より一番は仲間が、部下が自分の腕の中で冷たくなっていく感覚は今でも夢に見る。その度に思う、あの時ああしておけば、あんなことを言わなければ、どの選択が正解で、どの選択が間違っていたかそんなもの、答えなんか出るわけも無いのに考える。後悔し続ける。戦場に何を見るかは個々の自由だ。それを強制できる物はない。だけど忘れてはいけない現実はどこまで行っても残酷だ。容赦なんてこれっぽっちもない。俺から......少し先に戦場に出た者から言えるのは、それでも現実から目を背けるなと言うことだ、目を背ければもう立ち上がれない、もう何もできない。その先にあるのは出口の見えない明確な闇だけだ」


 ジンが話終えるとクラスはネシーを含め、全員が生唾を飲み込むほど重い空気だった。

 目に一杯の涙を溜めたリナリーとノアにジンは少し笑って二人の頭を撫でる。

 イーサンも神妙な顔でジンの話を聞いていた。

 レイラは少しだけ息を吸い込む。


「ありがとう。ジン殿は......君は立ち上がれたのか?」


「.......そうだな、戦争の後、親父殿に仲間が死んだ時、この上なく絶望的状況でもう立ち上がれないかもしれないと思った時どうすればいいか聞いた......笑うんだとさ、どんなに絶望的状況でも、どれだけ光が見えず倒れてしまいそうでも、それでも顔を上げて目の前を見て、その場にある全てを賭けて笑うんだと、そう教えてもらった。それに頼れる上司もいたからな、俺は立ち上がれた」


 ジンの脳裏には不敵に笑う蒼髪の少女がいた。


「そして俺はもう倒れない、止まらない、嘆かない。俺の誇り《部下》に懸けて」


 ジンのその目は強く、どこまでも真っ直ぐな物だった。

 その目にクラスにいたほとんどの人間が、体の内側から熱いくなっていく何かを感じた時、ちょうどチャイムが鳴る。

 ネシーはハッとして手を叩く。


「それでは自由時間はそこまで、二時間目からは通常通りの授業です。そして明日からは日輪祭向けての話し合いになるのでそのつもりでではレイラさん挨拶をお願いできるかしら?」


「......はい、起立、礼」


 こうして留学生と在校生の親睦を目的とした自由時間は終了した。

 各生徒、思い思いの感情を持って。

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