第138話 大切
それから数日、学園にノアとリナリー、ジンが復帰してきた。
普通に登校してきたノアに学園は噂の嵐だった。だが、普通に登校してきたノアを見た生徒達は平静を装っていたが、内心驚いていた。
何故なら、件の噂の中登校してくるとも思っていなかったし、そもそも登校が可能な状況では無いと誰もが思っていたからだ。
三人が教室に入ると多くの視線がノアに向くが、すぐにジンがその視線を遮るようにノアの前に出たため、数人のクラスメイトは視線を逸らすが、すぐに教室の生徒は疑問に思う。
聞いた話では今回、そもそもの原因はジンにあると言う話だった。つまりジンとノアは極論、加害者と被害者になる。だが、ジンの行動にはノアを気遣う素振りが見られる。
どう言うことかわからない生徒達だっだが、ひとりの人物が三人に近づいて行き、思考を一旦止めて、その成り行きに目を向ける。
三人に近づいて行くのはアーサーだ。
クラスメイトから見れば、ノアとアーサーは相思相愛の仲で、心配するのも納得だが、ここまで話が大きくなってしまった今、以前のような関係は難しいと言うのが生徒達の見解だった。それでもやはり、好意を寄せている相手が汚されたという事で多くの同情があった。
「ノア」
アーサーがノアの名前を呼びながら近づくと、ノアはアーサーを見て固まる。
他人から見れば悲劇のヒロインとその恋人の再会だ。そんなもの物語の中でしか中々お目にかかれないので、娯楽に飢えた貴族の子供達は固唾を飲んで成り行きを見守る。
そんな再開に水を刺す人物が二人の間に割って入る。
「おい」
それはジンだった。教室の温度が僅かに下がる。
ジンに今まで無関心、もしくは少し一目を置いていたクラスメイト達であったが、今回の一件でジンの評価は地の底へ落ちた。
感動の再開に水を刺したのが、ジンではなかったらもう少しだけ雰囲気は悪くならなかったが、ジンが割って入ったことでクラスの雰囲気は相当悪い物になった。
「これ以上、近づくな。これは警告だ」
ジンがアーサーにそう言うので周りは何を言っているんだと思う者が大半だった。
ジンの見る目があまり良いものではない事を感じ取ったリナリーが更に割って入る。
「アーサー様。申し訳ありませんが、お話は後にしてくださるかしら?もう朝礼が始まってしまいますし」
そう言ってリナリーが教室の扉に目を向けると、ちょうどエドワードが教室に入ってくるところだった。
アーサーはもう一度ノアに視線を送るが、その視線は合うことはなく。仕方がないのでジンを一度睨んでから席に戻って行く。
ジンはアーサーが戻って行くのを確認して、ノアの方へ振り返る。
「本当にいいんだな?」
これは今から行われることへの確認だ。
ノアは顔を上げると、力強く頷く。それに合わせてジンも、わかったと返事を返して自分の席へ向かう。
ジンが席に座るとテオも同じタイミングで隣に座る。
「昨日ぶり」
「おう」
「昨日言ってた事、本当に発表するの?」
「もうエドワード先生には言ったからな。今からだろ」
「相変わらず型破りって言うか、最早、破天荒だよね」
テオは昨日、カナリアとイーサンと三人、ジンの屋敷に招待されて事情を聞いた。その中でこれから始まる事も事前に聞いていたが今でもまだ騙されているんじゃないかと思っているほどだった。
そんなテオを置いて、エドワードが朝礼を始める。
「おはよう、諸君。今日から全生徒復帰と言うことだが、出席を取る前に今日は一つ話がある。ノア」
「はい」
エドワードがノアの名前を呼ぶとノアがその場に立ち上がる。
「さて、彼女が今どういう状況か、まぁ知ってる者が大半だと思うが、ここで一つ伝えておく。今日からノア女子はノア・セレーネと言う名前になる。話は以上だ。ノア座っていい。それは出席を取る」
エドワードは短く話を終わらせると出席をとって行く。だが、生徒達は出席など耳に入らなかった。
それほどまでに今の内容は衝撃的な話だったからだった。
貴族の子供である生徒達はセレーネと言う貴族を知っている。すなわち、ノアがセレーネ家に養子に入ったと言うことだ。
一言で言えば混乱だ。教室中を混乱が支配した。
そんな中エドワードの出席に返事を返したのはジン含め数名だった。
一方その頃、ある屋敷の一室。
「そうか」
レオン・テングラムは騎士からの報告を聞いて背もたれに体重を預ける。
「まさか、そんな方法を取るとはな......くくく面白い」
まだ騎士が下がっていないのにも関わらず、笑ってしまう。
「団長?」
「や、すまん。下がっていい」
「は!」
騎士が頭を下げて部屋を出て行くとレオンは騎士の報告を思い出してまた、笑ってしまう。
「ふふふ、ジン・オオトリか、血の繋がりは無くともあの男の息子と言うことか。それにしてもまさか、ゴギを退けるとはな。甘く見過ぎたか」
レオンはすぐに笑みを消すと手元にある資料に目を通し始めるのだった。
朝礼が終わり、生徒達は授業の準備をしつつ、ノアを横目でチラチラと見ていた。
ジンはリナリーとノアとカナリアが今まで通り談笑しているのを横目で確認して内心ではホッとする。が、すぐにジンに喋り掛ける声で気分が下がる。
「おい」
アーサーだった。アーサーは朝礼での事が理解できなかったが、ステラ・ノットにどういうことかを聞いて内容を把握。それからジンにすぐに喋りかけるに至った。
「なんだ?」
「どういう事だ?」
「あ?」
「何故、ノアがお前の母方の貴族の養子になっている?」
ジンは鬱陶しく思い適当にはぐらかそうとする。
「お前にはなんの関係もない話だ」
「なに!?」
ジンにそう言われて急にアーサーはヒートアップする。
これ以上は何を言い出すかわからないと思ったジンが口早に話す。
「そうだろ?お前と彼女の関係はなんだ?婚約者か?友人か?違うだろう。ならばお前に教える筋合いはない。お前が知っていればいい情報は先生が話した事のみだ」
ジンはそれを言い終えると立ち上がる。
正直、アーサーと話していると怒りで手が出そうになるのであまり話したくなかったのだ。
「ちょっと待て」
今度はなんだと、ジンが振り返ると相手はドールだった。その後ろにはコールもいる。
ジンは盛大にため息を吐くと体を元に戻して、返事をする。
「何かご用でしょうか?」
「貴様、この件でどれだけ周りに迷惑をかけたと思っている?その態度はなんだ!」
「失礼、それでご用とは?」
ジンは悪びれることなくそう言うとドールは顔を赤くしていく。だが、すぐに笑い出すと身を乗り出す。
「ふはは、おい、忌み子。あまり調子に乗るなよ?まぁいい、貴様に命じる。アーサーの聞きたい事を話せ」
「何故でしょう?」
「黙れ。私が喋れと言っている」
ジンはドールに凄まれる。そんな二人を周りのクラスメイトは興味半分、悪意半分で聞いていた。
元々教室内でジンを好く者は少なかったが、ジンの強さと飄々とした態度に誰もなにも言わなかった。だが、今回に件はジンの大失態と言える。命令無視から周りの騎士団に大損害を与え、さらにはひとりの令嬢の未来を奪った。名誉男爵の地位剥奪だけで済んだのが、奇跡としら言えるだろう。
しかもその剥奪も、王城に呼ばれることなく行われた。つまりジンは完全に王の信頼を失ったとそう言われていた。
「......いいでしょう」
ジンがそう言うのでクラス全体の耳がジンの方へと向く。
「ノアがセレーネの養子に入ったのは私の婚約者となるためです」
その答えにクラス全体が衝撃を受ける。
その中でも一番動揺したのがアーサーだった。
「な、なにを?言っている?」
ジンはその反応にまた苛立ちを覚えたが、もうアーサーに割く感情すら勿体ないと思いため息ひとつで落ち着かせる。
「貴様正気か?」
ノアは純血を失い、ダーズリー家から勘当された。盗賊によって純血を奪われたのだ、それを婚約者にするなど正気の沙汰ではない。
「ええ、ロイ殿下にも後見人になって頂きました」
「なに!?」
そこでさらに衝撃を受ける。
ノアは貴族社会的には死んだと言う認識に近い。それをロイが後見人となるセレーネ家への養子。それは普通の貴族からすれば衝撃的な話以外の何者でもなかった。
だが、すぐにドールは心を落ち着かせる。
今回の件、ドールは全てが終わった後、レオンから結果だけを聞いていた。
報告を聞いて数日、ジンとノアの噂を聞いて心が踊った。
ノア・ダーズリーの件は正直どうでも良かった。アーサーの女と言う印象しかなく、ドールにとってはそれ以上でもそれ以下でも無かったからだ。
だが、ジンは違う。名誉男爵の地位剥奪にそれを書状で知らされる。これは完全に現国王、ディノケイドの信頼を失った事を意味していた。
これが面白くないわけがない。
どんな顔で学園に復帰してくるか見ものだった。だが、ジンはいつもと変わらず、堂々としており、その態度がまた気に入らなかった。
さらにはノア・ダーズリーがジンの母方であるセレーネ伯爵家への養子。どういう事か意味がわからないドールは我慢できずにアーサーを使ってジンを問いただそうとしたが、ジンのノアが婚約者になると言う発言に混乱、さらにはその後見人がロイであることにまた、混乱。
クラス中が混乱だった。
ジンは固まっている周りを無視して立ち上がり、ジン達のやり取りを見ていたリナリー達に近づく。
ドール達はジンをただ見つめることしか出来ず、ジンはリナリーとノアの前に到着すると、その場にしゃがみ、片膝を突く。そしてまずはリナリーの左手を取ってキスを落とし、次にノアの手を取りそこにキスを落とした。
それから、ジンは立ち上がると、アーサーに目線を合わせるが、それは合わせると言うよりも睨むと言った方が正しいだろう。
「そう言うわけだ。今後一切、俺の大切な人たちに近づくな」
ジンはそれを言い終えると、ノアとリナリーの手を取って教室から出ていくのだった。
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