第153話 不敬

 ジン達は馬車から降りるとホイル王国の熱烈な歓迎を受けていた。

 城の前には城門まで続く騎士の列が成されていたのだ。


「なんだこれ」


 ジンはその光景に一言そう言うとテズームがそれに返す。


「今回は侯爵家のご令嬢が留学すると言う話でありましたので、歓迎をと陛下が」


「歓迎ね、にしても」


 歓迎と言う言葉の上があるなら今、目の前のこれがそれに当てはまるだろうとジンはガシガシと後ろ頭を掻く。


「それに今回はベータル王国の秘宝と謳われるリナリー様です。陛下からも礼を尽くすようにと仰せつかっております」


「そうですか」


 ジンもぞんざいに扱われるよりマシかと歩き出したテズームの後に続く。

 そこから城門をくぐり、謁見の間までの道のりには騎士、使用人と変わらず両脇で一列に礼をとっていた。

 ここまでの物に慣れていないジンやノア、イーサンは居心地があまり良くなかったが、リナリー流石と言える。凛としたその立ち姿は堂々としたものであり。この歓迎にもなんら動揺しておらず、自然体と言えた。

 そしてテズームを含む五人は謁見の間までくると、その扉の両脇を固まる騎士がよく通る声で宣言する。


「ベータル王国からの留学生である、リナリー・フォルム様御一行が到着されました!」


 そう騎士が報告すると、扉が音を立てて開く。

 開いた先はベータル王国の謁見の間と似ていて、赤い絨毯が一直線に謁見の間の奥まで続いており、その両脇を何人もの貴族と思われる男が固め、一番奥に誓い位置におそらく丞相であろう人物が立っていた。そして一番奥の明らかに豪華な椅子に一人の壮年の男と、その左側に壮年の男と歳が近いように見える女性、少し右後ろにジンとそう歳の変わらない男が座っていた。

 扉が開き終わるのをみて、テズームが脇にずれて頭を下げるのでここからはジン達だけで行けと言うことだろうと、リナリーが一歩を踏み出す。

 リナリーをみた貴族達が各々反応する中、リナリーは構わず足を進める。

 謁見の間は広く少し歩いてようやく王陛下である男の顔がしっかり確認できる位置までいくとリナリーが止まるので、ジン含め全員が止まり、その場に片膝をついて礼をとる。


「リナリー・フォルム以下3名、ホイル王国への留学のお話を受け、ただいま参上致しました」


 リナリーがそう言うとそれまで騒ついていた謁見の間に静寂が訪れる。

 数泊置いてホイル王国の王であろう男が口を開く。


「よく参られた、歓迎しよう。私はホイル王国十二代国王、ヴァーレンハイト・ホイルである。表をあげよ。こっちが妻のティナシーで、後ろが息子のセインだ」


 そう言われたので、ジン達は下げた頭を上げてヴァーレンハイトと目を合わせる。

 その容姿はディノケイドと同じように賢王と呼ばれているのにも関わらず、体は大きく筋肉で溢れ、その強い眼光と整った容姿から中々の威圧感を感じたが、ジンは特に動揺することはなかった。


(陛下とどこか似ておられるな)


 感想としてはそれくらいな物だった。


「遠路遥々ご苦労であった。噂には聞いていたが、ベータル王国の秘宝......いや恐れいった、まさに秘宝。その美貌は世界の秘宝と言っても大袈裟ではないな」


「ありがとうございます」


 リナリーは笑顔で一礼する。

 リナリーもその堂々とした態度に明らかな好感を持ったことを感じさせながらヴァーレンハイトは少し前のめりになる。


「いや、本当に感服した。どうだ?うちの息子の婚約者になってはみんか?」


「陛下!」


 丞相と思われる男がヴァーレンハイトを静止しようと声を上げるがヴァーレンハイトの耳には入っていないようだった。

 ジンもまさかこう言う流れになるのかと少し面を食らったが、動揺していないリナリーをみて任せようとポーカーフェイスを貫いた。 

 だが、今の話でヴァーレンハイトの後ろにいるセインが少し期待した面持ちでいるのに少し気になりはしたが、この場で容易に行動できるほどジンは愚かではなかった。


「身に余る光栄でございますが、すでに私には将来を誓った殿方がおります。ご容赦ください」


「ほう、それはホイル王国の王子との縁談よりも大事と言うことか?」


 その質問は中々に意地の悪い質問であったが、リナリーは何一つ動揺することなく、ヴァーレンハイトの目をみて口を開く。


「はい」


 短く肯定したリナリーの目を数秒見つめるとヴァーレンハイトは、はははと笑って前のめりになった体を背もたれにドガっと戻す。


「迷うこともなしか、其方にそこまで慕われる男は鼻高らかであろうな」


 ヴァーレンハイトの言葉にリナリーは何も言わずに頭を下げる。


「しつこくて申し訳ないが、其方にそこまで言わせる男が気になってな、名を聞いても良いか?」


 まさかの話の方向にジンが内心面倒なことになってくれるなと願いながらポーカーフェイスを保っていると、リナリーがこれまでの気品あふれる貴族の令嬢ではなく、一人の女性として嬉しそうに言葉を返す。


「ジン・オオトリ様です」


「ジン・オオトリ......オオトリといえば何年か前に話題になった......そう!救国の英雄か!だが、すでに齢は四十後半では......息子か」


「はい」


「なるほどな、英雄の息子と侯爵家の姫か、なるほどなるほど......まてよ?」

 

 そこでヴァーレンハイトが顎に手を当てて少し考えるとその目がジンへ向く。


「貴公、名は?」


 ジンは内心、大きなため息を吐くが、王から名を問われて答えないのは不敬極まりない行為だ。リナリーが嬉しそうなので、仕方がないと覚悟を決めて頭を下げる。


「ジン・オオトリと申します」


 ジンの答えにそれまで静かだった謁見の間がざわつく。が、すぐにヴァーレンハイトが目で制すと先程の静寂が戻る。


「ほう、ベータル王国にはジン・オオトリという者が二人おるのか?」


「いえ、私以外にその名は聞いたことがありません」


「で有れば、貴公がリナリー嬢の婚約者ということか?」


「その通りです」


 ヴァーレンハイトは少し驚いたという顔をしたがすぐに感情を隠すとまた体を前のめりにする。


「ならばジン・オオトリ殿、私が貴公の願いをヴァーレンハイトの名において必ず叶えることを誓う代わりにリナリー嬢との婚約を破棄してほしいと言えばどうする?」


「陛下!!」


 先程よりも強い声色で丞相の男が止めようとするが、ヴァーレンハイトはそれを聞かない。

 ジンは中々に不躾なその言葉に少しカチンと来たこともあるが、先に礼を欠いたのはヴァーレンハイトである。ジンは堂々とヴァーレンハイトを見つめ返すと口を開く。


「では、陛下の夫人であらせられる、ティナシー女王を私にくださるというので有れば一考して見ましょう。いえ陛下は必ずと申しましたね、で有れば私は一考するだけということ、ふむ一考して見ましたがこの話お断りさせていただきます」


 ジンはそこまで一気に喋ると驚いている全員を置き去りにして、ヴァーレンハイトからその横に座る女王、ティナシーに目を向ける。


「ティナシー女王様、過ぎた真似を致しました。ご無礼若輩故とどうかご容赦ください」


 ジンはそういうとヴァーレンハイトに視線を戻す。


「ですがどうでしょう?これで私の婚約者のお気持ちご理解頂けたでしょうか?」


 そう言うとヴァーレンハイトは先程よりも声高らかに笑う。


「くははは!」


 ヴァーレンハイトは腹を抱えて笑い出すのだった。

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