第129話 アーサーの選択

 アーサーが一人洞窟を進んでいるちょうどその頃、アーサーの向かう先である一室でノアは目を覚ました。

 ノアが覚醒一番に目に入ったのはこちらを除くいくつもの盗賊の顔だった。


「ひっ!」


 ノアは男達の視線を受けて素早く体を起こす。肌寒いのを感じて自分の肢体を見るとほとんど下着状態であることに気付いて体を手で隠そうとするが後ろ手に縛られていてそれが出来なかった。

 

「頭!女が起きました!」


 一人の盗賊が振り返って叫ぶと奥から一人の男が近づいてくる。


「やっと目を覚ましたか、人質さん」


「頭!目を覚ましたんですからもういいでしょう?」


「うるせぇな!まだ待っとけ、ゴギさんの許可が降りてねぇ」


「ゴギさんはなにやってんですか?」


「いつものだよ」


「こんな上玉、早々お目にかかれないんですぜ?やっちまいましょうよ」


 ノアは自分を見る男達の目がいやらしく歪むのを見て自分がこれから何をされるのか大体察っして体を硬らせる。


「許可が降りても、最初は俺からだぞ」


「わかってますよ!ああ!待ち遠しい!」


 ノアは気丈に男達を睨むが、それを受けた男達はさらに顔を歪ませる。


「いいねぇ、気丈に睨むその目はそそるねぇ」


 折れそうになる心にアーサーなら必ず来てくれる。と言う希望でなんとか支えるノアのところに待ち人が訪れる。

 部屋のドアが蹴破られ、そこに立っていたのはアーサーだった。


「アーサー様!」


「ノア!お前ら!ノアに何をした!」


「おお!これはすごいタイミングで王子様の登場だ」


 頭と呼ばれる男がそう言うと周りにいる男達が下品に笑う。

 アーサーはゴギに剣を二本とも折られてしまったので、予備で持ってきていた剣を腰から引き抜くと面前で構える。


「おおと!まちなよ王子様!俺はボルカ。この盗賊団の頭をやってる」


「お前の話など聞く気はない!今すぐノアを解放しろ!」


「まぁまぁ、落ち着けって。これを見てみな」


 ボルカと名乗った盗賊団の頭が懐から一枚の手紙を出してアーサーの前に投げる。

 アーサーは不審に思いながらそれを周りに注意を払って拾うと片手で中身を開く。


「な!?」


 それを見た瞬間アーサーが固まる。

 ノアはその手紙がなんであるかわからないため、なぜアーサーが固まったのかわからなかった。

 アーサーは手に持った手紙を読むことに夢中で周りに注意を払う余裕すらなく読み進めて行く。

 手紙を読み終えたのだろう、手紙を持った手をぶらんと下げると、地面を見つめ放心状態となってしまった。


「わかったか?なんでお前がここへ通されたか?ああ、あとその手紙は本物だ。その印も見たことくらいはあるだろう?」


 アーサーは本心状態のまま立ちすくんでいるので心配になったノアが声を上げる。


「アーサー様?」


 ノアに名前を呼ばれたアーサーは弾かれるようにノアへ視線を向けて数秒見つめ合う。

 何か葛藤しているのだろうとノアでも分かるほど顔を歪めるとアーサーはノアから視線を逸らす。


「すまない」


「アーサー様?」


「く、あはははは!利口利口!お前の選択は間違ってねーよ!」


 ノアは何が起きているのか全然わからない。なぜアーサーが謝ったのかも、それを見てなぜボルカが笑っているのかも何もわからない状況で自分の後ろのドアが開く。

 全員の視線がそちらに向くと、ドアから出て来たのはノアを攫った、顔を布で覆った男だった。


「ゴギさん、いつものは終わったんですか?」


「終わっだ」


 ゴギと呼ばれた男はアーサーに視線を移す。


「なん、だ、ごいつ」


「あれですよ、例の」


 ボルカの言葉にゴギはアーサーの手元の手紙に視線を移すと興味を失ったように近くの椅子に腰掛ける。


「ジン・オオトリは」


「まだ来てやせん。それよりこの女、どうしますか?」


「殺さなげればいい、ずぎにじろ、興味ない」


「だそうだ、てめぇら許しが出たぞ?」


 それに応じて盛り上がる盗賊達にノアの頭の中は混乱状態だ。

 なぜかアーサーは突っ立ったまま動かず、周りの話は進んでいく。


「アーサー様?アーサー様!」


 顔を逸らされてから目を合わせないアーサーにノアは最悪の可能性を考えるが、すぐに否定する。


(そんなわけない!)


「アーサー様」


 ノアはすがる想いでアーサーの名前を呼ぶ。


「.......すまない、ノア」


 だが、アーサーから返って来た言葉は突き放す言葉だった。

 この時ノアは理解する。自分は愛する人に見捨てられたのだと、手紙に書いてある内容はわからない。けれどその手紙の中に自分よりも重要な何かが記されていることを。

 絶望。信じた何かに裏切られる絶望。初めて愛した人に見捨てられたと言う事実。

 ノアはこの時体の熱が急速に冷えていく感覚に襲われる。自分は今から盗賊達の慰み者になることも、もし生きてここから出られたとしても汚れた自分など家からの利用価値がなくなり良くて修道院、最悪始末される事も、何より本当の愛に飢えていた自分がそれを得られたと勘違いしていた滑稽さに何もかもがどうでも良くなり項垂れる事しか出来なくなってしまった。


「本当の愛なんてお伽話の中だけね」


「はは、同情するぜ嬢ちゃん、なに俺がベッドの上で慰めてやるからそう気落ちすんなよ」


「本当にバカよね、勝手に期待して、勝手に信じて、勝手に裏切られて、勝手に絶望して。ほんと滑稽だわ。ええ!本当に滑稽!あははは」


 ノアはそう言って高笑いするが、目からは止めどなく涙が出ていた。

 勝手に流れる涙を止めることすらどうでもいいとそう思っていた。


「それでも、私は貴族でもなく、女でもなく、ノア・ダーズリーとしてお前達を呪い殺す!」


 ノアがこの場にいる全てを睨みつけてそう言った瞬間、ボルカの指がノアの口の中に突っ込まれる。


「あぶねぇな、嬢ちゃん、舌を噛むなんて事は考えるなよ、俺たちが楽しめねぇだろ?」


 ボルカの指を力一杯噛むが顔色一つ変えないボルカをノアは睨むことしか出来なかった。


「こりゃ、楽しめそうだ。オメェら、俺の後に貸してやるから待っとけ」


 そう言うとボルカがノアの腕を強引に掴んで立たせると別の部屋へ連れて行こうとする。

 ノアは抵抗するが、ボルカの力で押さえつけられされるがままに連れて行かれる。

 アーサーの隣をすれ違う瞬間、ノアはアーサーに一言だけ吐き出した。


「.......お慕いしておりました」


 その言葉にアーサーは振り向くが、ノアとボルカを追うことが出来ずにまたしても下を向くことしかできない。

 一歩一歩二人が遠ざかる足音を聞きながら、心の中で仕方がないと何度も自分を言い聞かせるアーサー。とうとう二人の足音が聞こえなくなった瞬間、真横をものすごいスピードで何かが通過する。

 それはその場にいる盗賊達を巻き込んで盛大に吹き飛ぶ。

 アーサーがそれが飛んできた方を振り返ると、ノアを片腕に抱えたジンの姿だった。


「間に合ったな」


 ジンがノアを見ながらそう言うが、今も尚ノアの見開かれた目から流れている涙に状況が読めずにいるが、肩を小刻みに振るわせる女の子にジンの頭に血が上っていくのが自分でもわかるほどだった。

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