第219話 覇道
セシルは馬車から降りると、ジゲンの屋敷の前には既にダンベとフォダムの姿があり、その中にはダリルとミシェルの姿もあった。
「セシル大隊長!ご無沙汰してます!」
「セシル様〜!」
ダリルがセシルに頭を下げる中、その横をもすごい勢いで走り抜けミシェルはセシルを抱きしめる。
「ミシェル!いつもよせと言っているだろう!」
「セシル様が可愛いのが悪いんです!」
「またわけの分からん事を」
セシルの部下がこれを見れば顔を青くさせるだろうが、セシルは嫌がっている素振りは見せるものの、無理にミシェルを剥がそうとはしなかった。
セシルはジンの私兵となった後、女神軍に席を置いていたミシェルとは何度か戦場で一緒になったことがあり、その中で関係を深めており、今やミシェルはセシルに遠慮なく抱きしめ、それをセシルが形だけ嫌がるという謎の関係になっていた。
「お前はいつもいつも」
「むう」
口ではそう言っているが、歳の離れた妹にミシェルを重ねて、強くは言えないセシルだった。
「ダリルも久しぶりだな。ジンは元気か?」
「大将だったら今は留学中ですぜ?」
「留学?」
「ええ、一ヶ月前にホイルの王子が留学して来たでしょう?その王子と交換でホイル王国に三カ月の留学中なんですわ」
「そうだったのか」
「ダリル!それよりさっきの続きを話してくれ!それでテンゼン殿はどうしたって!」
セシルはジンの留学を知らなかった事に謎のショックを受けている自分に首を傾げる。
フォダムは二人の間に割って入るとそれまで話していた事の続きが我慢できなくなったのかダリルに詰め寄る。
そんなこんなしていると、屋敷からジゲンとルイが此方に歩いてくるのを見て、それまでだらけてはいなかったが、気ままに喋っていた全員がジゲンの前に綺麗に整列をする。
「お前ら、今日は任務じゃねーんだ。そう畏まんな」
「だとしても団長は伯爵ですから」
「ダンベお前は本当にかてぇ」
「ふふふ」
二人の会話にルイが笑うと、ジゲンの正装である袴の襟を直す。
「それじゃお気をつけて」
「ああ、そう遅くならんようにする。流石にこのタイミングで仕掛けては来ないだろうが、用心はしておけ」
「はい。皆さんも夫をお願いしますね」
笑顔でそう言うルイの美しさにダリル以外の男は固まり、セシルは目をキラキラ輝かせてルイを見ていた。
「んじゃいくか」
「「「「「はい」」」」」
全員が別れて二つの馬車に乗り込み、馬車が出発する。
馬車が出発して数十分、馬車が止まり、全員が降りたのはフォルム侯爵家の屋敷の前だった。
ジゲン達が馬車から降りると、それまで待機していたのだろう。執事が一人、ジゲンの前に来る。
「旦那様より仰せ使っております。どうぞ此方に」
執事に後を全員でついていき、一つの部屋に通される。
ドアが開き、中に入った瞬間ジゲン以外の全員が凍りつく。
部屋の中には円卓があり、向かって中央の席の右側に家主であるキリル。その後ろにキリルの私兵であろう壮年の男が立っており、中央向かって左側に玄武騎士団団長であるゼワン。その後ろにも男が一人立っていた。
それだけでもセシル達を驚かせるには十分だったが、なによりも円卓中央には、ロイストスが座っていた。その後ろには一人の少年が立っており、此方を見ていた。
ジゲン以外が硬直から数秒、思い出したように同じタイミングで跪く。
「いらっしゃーいって、ジゲン言ってなかったのか?」
「忘れてた」
キリルの責める目をどこ吹く風か、ジゲンは空いている椅子にロイの断りなく座る。
「ふぉふぉふぉ、ジゲンの坊主お前もそれはどうかと思うぞ?」
「わしは殿下に忠誠を誓ったわけじゃありませんからね」
ゼワンがジゲンを嗜めるように言ったが、嫌味なくジゲンがそう言うと、ロイは笑う。
「ははは、そう言うやつだったな。皆もジゲン同様......は無理でもそう畏まる事はない。キリル」
キリルはロイに頷くと、未だ頭を下げているセシル達に方に向かって声をかける。
「はいはい!顔上げて!」
キリルは席を立つと困惑中の四人は先ず、面識のあるダリルとミシェルが顔を上げてジゲンの後ろに立ち、残り三人もジゲンの後ろに立つところまで持っていき、改めて席に着く。
「さて、ジゲン、彼等には何も話していないのだな」
「ええ、殿下なしで話すのは面倒だと思いまして」
「そうか。では先ずは、ダリル、ミシェル」
「「は、はい!」」
いきなりロイに名前を呼ばれて困惑気味に返事を返すダリルとミシェル。
「君たちはそっちの椅子の後ろに行ってくれるかい?」
「「?」」
二人は同じように首を傾げたが、ロイの言う事に逆らう気はないので素直に言われた通りにする。
「よし、それじゃ説明しようか?この集まりについて」
ロイの発言に事情を知らない四人は耳を傾ける。
「この会は、そうだな後継者争いの為の集会といった所だろう」
「!?」
ロイの言葉に四人に衝撃が走る。
「知ってると思うが俺の愚弟、ドールと私の後継者争い。その中心人物に君達は選ばれた……と言うより何も言わずに巻き込んだが正しいかな?君達は今この場にいる時点で私の陣営だ。このことを他言すれば私はそれ相応の対応をしなければならない。でも攻めるなら君たちの大将を攻めてくれよ?事前に何も話さなかったのはジゲンなんだから」
ロイの話は至極自分勝手ではあったがその場にいる全員が納得する。
「一ついいでしょうか」
「いいよ」
一番最初に手を挙げたのはダリルだった。
「殿下は後継者争いの中心とおっしゃいましたが、そこに居られるダンベ様、フォダム様セシル様はわかります。皆様貴族様ですから。ですが俺、じゃなくて私とミシェルは何故ここに?」
「それは君たちの前に座る男が私の右腕で、君たちがそいつの家臣だからさ」
ロイは呆気らかんと言い切る。
「俺たちの前……大将か」
ダリルは納得がいった顔をしたのでロイは他に話を振る。
「他に聞きたいことはあるかい?」
ロイの問いにフォダムが手を挙げる。
「どうぞ」
「僕たちの立場はどうなるのでしょうか?」
「うんうん、当然の疑問だね。君達には時が来れば一軍の将として戦って貰いたいと思っている。当然勝てば君達にはそれ相応の対価をだす」
「……」
「まぁでも勝手に連れられて、勝手にこちら側に付けってのもアレだしね、私の考えを、目指す場所を話そうか」
ロイはそう言うと立ち上がり、両手を机の上に置き、前のめりになる。
「まずは私が目指す場所について話そう。私の目指す場所。それは大陸の制覇だ」
「大陸の制覇……」
「そうだ。私の障害となり得る国には滅んでもらおうと考えている」
ジゲン達も初耳だったのか、驚いていることがフォダムやダリルにも伝わる。
「コレを話すのはジンとエル以外には初めてかな」
「初耳ですよ」
キリルが困ったようにそう言うが、それ以上は何も言わない。
「みんなも知ってると思うが、この世界には私たち以外にも海を超えた先に国家が存在する。その攻勢は我が国の最南端にも届く程だ。現状我々の技術では安定した渡航は勿論、その先での戦争など笑い話にすらならない」
ロイはそこで話を切ると、後ろで手を組んで自分の後ろにある窓まで歩く。
「私はこの国の未来を担う者として危機感を覚えた。自国の北方には敵対する国が二ヵ国、さらにその先には、まだ交流すらしたこのない大国、小国がある。そして海からやってくる別大陸の人間。友好的ならまだいいが、そうではない。ならば我々は自国の民を守るために戦わなければならない。そして恐らくそう言った海の向こうの国々は一つではない。我々のように海に出たことのない国もあれば、遠い大陸では既に尊厳を奪われた国、奪った国が存在するだろう。そんな中、我が国も遠い素知らぬ国のように尊厳を奪われ、歴史を奪われ、人権を奪われるわけにはいかない。だから私は動く」
ロイの話にその場の全員が聞き入る中、冷静にキリルだけがロイに問う。
「そこで大陸制覇ですか」
「そうだ。海を渡る技術の進歩はもう何年も取り組んではいるが、大陸にすら危険分子がいる中、外となど渡り合えない。どうせ足を引っ張られるのがオチだ。なら私の話がわからないなら排除するしかない」
「……ふぉふぉ、それは中々の覇道ですな」
「私とて時間があれば王道を行きたい。だが、王道を歩く時間は無い。ならば私は……覇道だろうと喜んで歩く」
そう言い切ったロイの目の奥はギラギラと輝いていた。
「ふぉふぉふぉ」
「ですが」
話に割って入ったのはゼワンの後ろにいる男性だった。
「ですが、それは現陛下であるディノケイド様とは……真逆の考えかと」
「そうだな。父上は紛れもない王道を行かれておられる。慈悲によって道を開き、人望によって道を歩いておられる。大陸の全ての人間を思いやれる父を、私は尊敬しているよ。だが、それとこれとは違う。そうだな、簡単に友の言葉を借りるなら、私は自国の民を守る為ならば、手段も経緯も省みるつもりはない」
その場ではダリル、ミシェル、そしてジゲンだけが誰の受け売りか理解した。
「とまぁ、ここまでが私の野望でね。話は戻るが、それよりも前に障害がある。それが愚弟だ」
「ドール殿下」
「そうだ。奴にはテングラム以下選民思想の激しい貴族達が付いている。流石はテングラムと言ったところか、今や貴族の数では此方よりも多い」
「それは情勢不利ということでしょうか?」
ダンベが思わずと言った風に口を開く。
「そう言うわけでもない。この場には居ないが声をかけている貴族は君達以外にも存在はする。そして質では彼方陣営に見劣りなどしない。元々この国は選民思想が強いが、賢い者達はそれが愚かであることを知っている。そして私の思い描く未来にそう言った愚か者は必要ない」
必要ないと言い切ったロイの横顔には味方であっても背筋に寒気が走るほど冷たかった。
「此方は質で勝負する。まぁ今回は第一回の集会で王都のそれも暇があった諸君以外は来られていない。また日を改めて此方陣営の顔合わせをしよう。今日のところは私の行く道と、ちょっとした顔合わせだと思ってくれ」
「では面識の無い方もいらっしゃるでしょうから自己紹介からしていますか」
この場では主にダリルとミシェル以外の面識はあるが、そこは礼儀として各々自己紹介をしていくのだった。
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