第103話 達人に勝つ方法

 実技講習のあった日の夜、ドールは自室で1人心躍るような気持ちで一杯だった。


「ああ!いつぶりだろうか、この清々しい気持ちは!」


 その理由は今日のジンの一件にあった。

 ジンの実力はクラス全体で未知数という認識だったが、今日はっきりとした、ドールは武力においては自分が上であると結論付けた。なぜかと言えばアーサーと戦って良いところまで行ったのはドールを含めて3人しかおらず、それも、ドールは殆ど僅差と言えるところまでいった。

 これはアーサーが気を使ったのではなく、単純にドールの武術がそこまで来ているということだ。

 ドールはレオンと話した日から1日も修行を欠かすことはなかった。

 彼はバイタリティを他にところに向ければ大成した可能性すらあるほどだっただろう。だが、彼が目指す終着点はジンの排除にある。おそらくドールの人生においてジンと敵対したことが彼の運命を大きく変えたことは後の歴史学者の中で周知の事実であっただろう。


「ふはは、これはリナリーを手に入れる日も近いやもしれぬな」


 ドールはこれ以上ないほど気分良く布団に入る。

 そして次に日、一ヶ月後に控えた武術学園大会、略して武園会に準じて、午後の授業は全て実技講習に当てられていた。

 男子生徒は素振りや立ち合い、敵に見立てた丸太に剣を振るい、時折サドラーの意見を受けていた。

 そんな男子を尻目に今日も女子生徒を任されたジンはどうした物かと首を捻っていた。

 その理由は。


「ジン様、その、走り込みはもう......」


 リナリーからのこの言葉でジンは首を捻る事になる。

 ジンがやってきた修行ではまずはこれから始めるのが基本でオウカも足が太くなると文句を言っていたが、結局は体力が物を言うことをきっちり教えられて行っていた。

 だが、元々オウカはジゲンから修行をつけて貰っていたのでなんとか乗り越えられたが、普通の貴族令嬢では難しいのも事実だった。


「ん〜、それじゃちょっと方向性を変えようか」


 ジンは思い立つと昨日よりも数が明らかに減った女子生徒達に顔を向ける。

 見れば、リナリーの友人である、ノア、カナリアと他に二名、眼鏡をかけた女子生徒とツインテールの女子生徒という大半の女子生徒はアーサーや他の男子生徒の方に行ってしまっていて、合計五名しかいなかった。

 ノアもアーサーのところへ行きたいが、リナリーがこちらにいる以上離れるわけにはいかなかった。それが貴族社会という物だ。


「リナリー」


「はい!」


 リナリーはジンに名前を呼ばれて嬉しそうに上目遣いで近く。

 ジンは一瞬で包容したい欲求に駆られるが理性を総動員してなんとか踏ん張る。


「問題です!剣を持った人と何も持っていない人どちらが有利でしょう?」


「......剣を持った人です」


「なぜかな?」


「剣は刃物ですから」


「ん〜六十点!」


「あう......」


「では、ノア嬢」


「......間合いでしょうか?」


「正解!」


 ジンにビッと指を刺されて正解と言われて少し嬉しくなるノアだが、リナリーの恨めしそうな視線を受けてすぐに苦笑いをする。


「剣と無手じゃ間合いが違う。この場合圧倒的に有利なのは剣を持っている側だ。じゃあ続いて、剣を持つのが素人で、無手の側が達人だった場合、どっちが勝つと思う?」


 ジンはカナリアに視線を向けて質問する。


「達人の方でしょうか?」


「正解、絶対ではないけど素人の剣と達人の無手なら十中八九達人側が勝つだろうね。さてここまで話して何が言いたいかわかるかな?」


 ここで眼鏡をかけた女子生徒が答える。


「私たちに剣を持たせても意味がないってことはですか?」


「正解」


「バカにしているのですか!」


 今度はツインテールの女子生徒が声を上げて怒りを表にする。


「まぁ、最後まで聞いて、素人の剣が達人の喉に届かせるのは至難の技だ。それを可能にする簡単な方法がある」


「簡単な方法?」


「そう」


 ジンは一瞬で二、三歩離れたツインテールに女子に迫ると指を二本ツインテール女子の目の前に持ってきて静止する。


「不意打ちだ」


 ツインテール女子が驚いてバランスを崩しそうになるのはジンは殆ど衝撃なく腕を引いてバランスを戻す。


「驚かせてごめんね、君たちには今から不意打ち、騙し討ちを覚えて貰う」


「ジン様!!」


「はい!!」


「手!!」


「え?あ、はい!ごめんなさい!」


 ジンの手が未だにツインテール女子と繋がれていることにリナリーが指摘するとジンは慌てて手を離す。

 リナリーの膨れっ面に謝るジンという痴話喧嘩に女子全員が今あった出来事を冷静に理解する時間を与えたのだった。

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