第193話 定義
蓋を開けて見ればジンの圧勝と言えた。最初はジンを巻き込んでしまった事に罪悪感を抱いたが、途中からはその感情は消え、セイン達に同情する程だった。
「凄まじいですな」
現在、ジンとネムの学生のレベルではない戦いを審判と眺めていた。
「あの二人は本当に学生ですか?」
審判を務める騎士が一歩も引かぬ二人の攻防を見てそう漏らす。レイラも正直わからなかった。明らかなレベルの違い。従兄弟であるアッシュや、兄のような自分の及ばぬ領域での戦いにレイラは言葉を失っていた。
「私ですら、動きを追うのがやっとでした」
騎士はそう言って拳を握る。
「これでも近衛として王族を護っていると言うプライドがあります。ですが......自分では彼らと対面した時、陛下、延いては王族の方々を御守りできるか、わかりません」
そう騎士が言った時だった。
「ま、まて!何が目的だ?何かあるなら俺が、このホイル王国第二王子がなんでも叶えてやるぞ!」
セインのその声は嫌に響いた。ネムとジンの接戦が終わり一時の盛り上がりが丁度収束したタイミングと言うのもあったのだろう。だが、そんなことはどうでも良くなる程、それ以降のジンとセインの会話は聞くに耐えなかった。
観客に聞こえているかはわからなかったが、少なくともレイラの耳には届いていた。
結局、ネムが意識を取り戻し、セインの意識を刈り取ると言う形での決着に、観客はもちろん、隣にいる騎士すら唖然としていた。
数秒後、思い出したように騎士が慌てて、ジン達の元に走っていく。
騎士はセイン達に駆け寄ると、ネムが降参を宣言したことで大きく手を挙げる。
「セインチーム降参により、勝者!留学生チーム!」
その宣言で、コロシアムは過去例に見ない程の歓声が上がった。それもそうだろう。そもそも日輪祭史上初の試みとなる、チーム対抗戦にも関わらず、決勝の舞台に立ったのはセイン率いる一年生七名、だがこれは受け入れる生徒もいた。
何故なら、圧倒的な強さで日輪祭を二年連続で優勝しているアッシュ・アーデウスが第一王子の護衛により参加していないと言う事が大きく。更に言えば、実力者とセイン達が運良く別のブロックにいた為、たとえ勝ち上がって来たチームがセイン達でなくてもおかしくはなく、ただ単に、結果としてセインチームが勝ち上がって来ただけに過ぎなかった。
それよりも問題なのは明らかに異物と言えたジンとイーサンの留学生チームだった。
予選突破と同時に二人での出場や、予選の勝ち方により噂が噂を呼び悪目立ちしていたが、本戦を勝ち上がるにつれて実力が認められてきた。だが、誰もここまで来るとも、ましてや優勝するなどあり得ないと思っていた。それはそうだろう。周りが六人、七人の団体の中、二人で参加し、本戦の準決勝、決勝に至っては一人づつの参加、ジンに至っては一つの怪我さえ負っていない文句なしの優勝、観客達もこの偉業に興奮せざるを得なかった。
「なんと!なんと!なぁああんと!栄えある日輪祭を制したのは隣国からの挑戦者!ジン・オオトリとイーサン・ウォレットの二人組、留学生チームだぁぁあああ!」
観客達にも負けない声量でそう叫んだ実況の声でまた大きな歓声がコロシアムを支配する。
ジンは少しだけ釈然としない表情を切り替えてセイン達、主にネムに礼をするとレイラに顔を向け、そのままレイラに向かって歩き出す。
観客達は日輪祭を毎年見ている。そのため優勝者が決まれば、その当人はいつも手を振ったりと何かしたらのパフォーマンスをするのだが、ジンは優勝したにも関わらず、何もせずに退場するように歩いていく。
観客達はジンの向かう先を見て納得する。
ジンの向かう先には、決勝が始まる前に起こった一件の渦中の人であるレイラがいたからだ。
夢見る少女もそうでない者も今起きた、物語を抜粋したような出来事とレイラとジンを重ねて暖かい目でそれを見つめる。側からみれば、憐れな令嬢をその武勇で救った男、その先にあるのは二人が結ばれる未来だろう。
ジンはそんな観客の視線には気づかずにレイラの前まで歩みを進めて、止まる。
「すまん、だいぶ勝手をした」
「......驚いたよ、すごく」
「さっきのあれは気にしなくていい、恐らく俺の意図は公爵には伝わると思うから。少し目立ち過ぎたが、問題はない。それもこちらでなんとかしよう」
ジンはそれだけ言うと踵を返す。
「待ってくれ!」
言いたい事だけ言って去ろうとするジンを止めたのはレイラだった。ジンが首だけレイラに向けて足を止める。
「何故、そこまでしてくれる?私だって馬鹿じゃない。貴殿の行為の意味くらいわかる。確かにこの後の婚約の解消で私の名に傷が付くことはないかも知れない。けれど貴殿は......貴殿はありもしない噂が立つ可能性もある。それによって不利益すら被る可能性だって多分にあり得る。貴殿はどうしてそこまでしてくれる?」
ジンが試合前にセインとの会話で成立させた物はジンが試合に勝てばレイラが名誉を傷つけられない婚約解消だ。結果としてジンに何の旨味も無ければ、もしかすればジンこそが一番の不利益を被る可能性すらある。
あんな大々的で熱烈なプロポーズをしておきながら、それをジンの手で辞めたとあってはジンの顔は立たないだろう。
レイラは社会的な貴族としての死は免れたが、それそのものが消えたのではなく、ジンが被ると言う形で消そうとしている事にレイラは気づいていた。
ジンはレイラの質問に数秒黙って前を向く。
「何も語らない気か?」
「語るような事はないからね」
「君はそうでも私は違う。私を助けてくれた理由を教えてくれないか?」
「ああ、んー、なんて言えばいいか難しんだけど、別に誰彼構わず守りたいわけじゃない。俺はそんな聖人君子じゃない」
ジンは話を切って、手のひらを見る。
「ただ、初めて尊敬と言う眼差しで自分を写してくれた人が、泣きそうな顔で理不尽に耐えている。なら俺の取る選択肢は一つだけだ」
「なんでそこまで?」
「それが俺の覚悟だから......かな?」
ジンの答えにレイラは正直理解出来なかった。
「それは助けるとどう違うんだ?」
「......俺の勝手な定義だけど、悲観し、涙を流している大事な人がいた時、その涙を拭うのが『助ける』と言う事だとするなら。涙を流させない事が、俺の言う『守る』なんだと思う」
「それは......ははは」
「?」
「些か過保護だな」
「俺はそれでも俺は守るって誓ったんだ」
そう言ったジンの横顔は抱き締めたくなる程寂しそうで、ため息が出てしまいそうな程優しかった。
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