第143話 セレーネ伯爵家
リナリーは新しくノアの家族になったセレーネ伯爵の家に来ていた。
ジンの母親であるルイの実家でジンとは血の繋がりのない祖父母という事だ。リナリーはジンがルイやジゲンと血が繋がっていないことは知らない。
今日は先日の件で気になり、ルイに言ってカナリアと護衛兼使用人としてオードバルがセレーネの王都宅に遊びに来ていた。
リナリーとカナリアが馬車で待つ事数分、セレーネ家の使用人がやって来てリナリー、カナリアとオードバルを玄関の前へと案内する。
ドアが開くとノアを中心に一言で言えば厳つい初老の男性と、その笑顔から慈愛を感じさせる白髪の女性がリナリー達を歓迎する。
「本日はよくお越し頂きました。お初にお目に掛かります。セレーネ・サナリと申します」
「セレーネ・ロンドルです」
ノアの両隣に立つ厳つい男性と白髪の女性が、リナリーに頭を下げる。リナリーは頭を下げる二人に慌てて手を振りながら慌てて口を開く。
「やめてください!今日はノアの友人としてきたので」
「あら、困らせちゃったかしら」
「......」
コロコロと笑うサナリにリナリーは揶揄われた事を理解する。
「あらやだ、賢い子だわ。さすがジンちゃんの将来のお嫁さんね」
サナリはリナリーがサナリの悪戯に気付いた事に気づき、手で口元を隠す。
「......サナリ、無礼だろう」
「貴方は固すぎるのよ。娘のお友達よ?親しみは大事な事だわ。ね?リナリーちゃん」
「えっと」
リナリーがサナリの言動におろおろしているとすぐに視線がリナリーから外れる。
「あら、ごめんなさいね。カナリアちゃんもいらっしゃい」
「は、はい!」
蚊帳の外だったカナリアにいきなり視線が集まり直立してカナリアが返事を返す。
集まった視線が原因ではなく、ロンドルの視線が怖かった事は黙っていた。
「それじゃどうぞ、狭いですけれど」
サナリは綺麗な動作で二人を家に招き入れる。それまでポカンとしていたノアは慌てて姿勢を正してサナリに続く。そんなノアの反応にリナリーが笑ってしまったが、誰にも気づかれる事はなかった。
二人が客間へ通され、全員が椅子に座る。順番は、長椅子にリナリーとカナリア。個別の椅子にロンドル、サナリ、ノアが座る。
「今日は私達に会いに来たと伺っているのだけれど、そうなのかしら?」
「はい、あのまだ私はジン様のご両親にお会いしていなくて、ジン様が留学が決まったと聞いてお父様が慌てて段取りをしている状況なのですが、ルイ様はあまり社交界にもお出にならないですから、好みなどがわからないとノアに相談したところ、こちらにという話になりまして」
リナリーが言った事は建前で、本当はノアの新生活を見に来たのと、ジンの語ったロンドルについての話が気になったというのもあった。
「あらまぁ、婚約者の母親に会う前に祖母に会いにくるなんて、変わった子ね」
「あう」
図星を突かれて、か細く声が出るが、サナリは聞こえないフリをしてクスクスと笑うと、隣に座るノアの頭を撫で始める。
「それで?なにを聞きたいのかしら?」
なぜか頭を撫でられているノアは恥ずかしそうにしてはいるが、されるがままだ。
その姿を見たリナリーとカナリアは目を丸くしてしまう。ノアのこんな顔を見たことがなかったからだ。ダーズリーの家には何度か行った事はあるが、正直いい印象はあまりなかった。それもそうだろう。ノアそっちのけでリナリーの機嫌を取ることに必死なノアの両親を見ていたのだから。
「それで?なにを聞きに来たのかした?」
「あ!えっと」
リナリーは急に話を振られて、予め用意しておいた質問を捻り出す。
「ルイ様とはどんな方なのですが?」
「どんな子かねぇ」
サナリは少し考える素振りを見せてから話始める。
「天真爛漫な子......かしら?」
「天真爛漫?」
「ええ、あの子は私たちが歳が少し行ってからできた子でね。それも女の子だから、まぁ可愛がって育ててしまってね?我が儘にはならなかったのだけれど、この人のせいでね?」
サナリは目を細めてロンドルを見るので全員の視線がそちらに向く。
ロンドルはそれを無視して紅茶を飲んでいた。
「ある日ルイが剣を教えてほしいってこの人に言ったの、そしたらこの人ったらそれが嬉しかったのね、ルイに熱心に剣を教えてしまってね、そこから剣の鍛錬が日課になったの。最初は良かったわ。ルイが身の丈以上の模擬剣をよろよろ持ち上げる姿は可愛くてね?ずっと教えて続けたの。そしたら16歳のある日よ、あの子騎士になりたいって言い出してね」
「え?」
「ね?私たちもそう反応したわ。でもねぇ、ダメって言っても聞かなくてね。気がついたら白虎騎士団に入ってたのよ」
「それは.......」
「ふふふ、最初はすぐ泣きながら帰ってくると思っていたのだけれど、あの子ったら功績まで立てちゃってね?もうびっくりもびっくり、本当に驚いたわ」
「すごい方ですね」
「ええ、自慢の子よ。でもね久々に帰ってきたと思ったら今度は婚約者を連れて来たって平民の少年を連れて来たの。それも異国のね?」
リナリーは今日の目的も忘れるサナリの話に夢中になっていた。それはノアもカナリアも一緒だった。
サナリは一度紅茶を口に含むと、改めて話し出す。
「それがね、みんなの知ってる英雄、ジゲン・オオトリって男よ」
「ジゲン様......」
「そう。でもその時はまだ無名の騎士、当然この人は認めなかったわ」
サナリは再度ロンドルに視線を移す。先程と同じようにロンドルはその視線を無視していた。
「ふふふ、まぁそれでルイとこの人が大喧嘩してね?絶縁て話まで行っちゃったの」
「「「え!?」」」
その場にいるロンドル以外の全員が驚いた。
「でもね、これはルイも知らないことだけど、ジゲンちゃんはねルイに内緒で何度もうちに来たのよ?」
「え?」
「雨の日も、風の日も、それはもう殆ど毎日来ていたわ」
全員が黙ってサナリの話を聞いていた。
「それでね、ある日この人が痺れを切らして一騎打ちを挑んだの」
「ええ!?」
リナリー達はサナリの言葉に驚く。ジゲン・オオトリというのはリナリーの世代では英雄と言ってもいい。貴族からの評価は異国の人間というのが拭えず、良くないが、リナリー達にその偏見はなかった。
そのジゲンにという驚きがすごかったのだ。
「うふふ、でもね?この人もすごいのよ?元白虎騎士団、副団長で、ああ!そう言えばリナリーちゃんのお爺さまはこの人の上司だったんだから」
「え!?」
リナリーはローバスが昔騎士団にいた事は知っていたが白虎騎士団の団長だという事は知らなかったのだ。
「あら?知らなかったの?」
「はじめて聞きました」
「そうなの?」
「......団長は」
ここで初めてロンドルが会話に入ってきたので視線が集まる。
「......ローバス団長にはよくルイのことを相談していた」
ロンドルはそういうとそれ以降黙る。
リナリー達が続きを待っているとサナリがまた喋り出す。
「ああ、みんなもう続きは無いわよ。つまりね、リナリーちゃんにルイのように騎士になりたいってならないようにしたんじゃ無いかってことね」
サナリの言葉にロンドルはゆっくり頷く。
リナリー達はロンドルの言葉の少なさとサナリのそれを補完する能力に驚く。だが、ノアだけは驚いておらず、どうやらこれがこの家の日常なのだと理解するのだった。
「ええっと、どこまで話したかしら?」
「あ!すみません!えっとジゲン様とロンドル様が一騎打ちをするという話で」
「ああ!そうよそうよ!それでね!副団長だったこの人が、当時はただの一兵卒だったジゲンちゃんと一騎打ちよ?やるわけ無いと思ってたのよ。そしたらジゲンちゃんがなんと即決でやると言ってね?結果はもう気持ちいいくらいだったわ」
「気持ちいい?」
「ええ、この人が気持ちいいくらい爽快に負けてね。素人のわたしから見ても歯が立たないってああ言うのねぇって思ってしまう程だったわ」
「ふん」
ロンドルはサナリの視線を受けて不機嫌そうに鼻を鳴らすが、険悪なものでは無かった。
「そこまでされたらこの人も認めざるを得なくてね。って話がそれちゃったわね。あとはぁ」
それからサナリの話を聞きながら、いい感じに話がそれてもサナリの話は面白く、リナリーとノア、カナリアは時間を忘れて聞きいるのだった。
「あらやだ、もうこんな時間」
サナリが時計を見てそういうとゆっくりと立ち上がる。
「今日はお泊まりの予定だったわね?うふふ久しぶりにお料理をいっぱい作れるわ」
「え?夫人がお作りになるのですか?」
「我が家はそうよ。領地を息子に任してからはわたしもこの人も毎日暇ですからね、料理は今私の唯一の趣味なの。それに急とは言え娘ができたのですから、腕を奮わなくてはね」
「サナリ様の手料理はすごく美味しいんですよ」
「ノア」
「はい!」
サナリはノアの顔を覗き込むように顔を近づける。それに驚いたノアが慌てて返事を返す。
「サナリ様はやめて頂戴。母と呼べとは言いませんが、もう少し親しみが欲しいわ」
「サナリさん」
「うふふ、それじゃ少し待っててね?」
「あ!私も手伝います!」
ノアはハッとするとサナリを追っていく。
「あら、ダメよ!ノアちゃんはお客様のお相手をしないと!」
リナリーとカナリアは二人の後ろ姿を見て、前ダーズリー家に行った時よりも、家族という物に二人が見えたのだった。
二人を見ていたリナリーの方をノアが振り返るが、リナリーがノアの顔を見て頷くと、ノアは輝くような笑顔でサナリに何かをいうと二人は部屋から退室していく。
それから少しして、カナリアとロンドルの三人であることに気付いて、少し困ってしまうのだった。
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