第106話 武園会開始
ジンは朝クラスに入ると、クラスが活気に満ちていた。
実技講習以降、アーサーはドールに気に入られて平民であるが、ドールの取り巻きに入っていた。
平民嫌いのドールであるがその点はアーサーの立ち回りがうまかったと言える。自分よりも実力が上なのに自分を持ち上げてくれる感覚にドールは気分を良くしていた。
結果、クラスに派閥が出来ることとなった。
まずは言わずもがなドールの派閥。これはドールを中心に高位貴族中心にクラスで一番大きな派閥になり。
次にコールの派閥。コールは歴史ある五大伯爵家の子息であるため高位から中位の貴族による派閥になり。最後がリナリーの派閥だ。これにジンは属している。クラスで六人と相当少ないが侯爵家にリナリー筆頭にイーサンもいつもいるため中々の派閥となっているが、ジンたちはそのことをなんとも思っていないため特に関係がなかった。
そして今回派閥ごとに二人の参加者が出場する。
ドールの派閥からはドール本人とアーサー、コール派閥からはアーサーといい勝負をした子爵家に二人、そして、ジンとイーサンだった。
そして、朝のホームルームが終わると出場するメンバーが呼ばれて廊下に出るとエドワードの案内で更衣室に行く。
「それでは着替えて待機だ。出場する者は随時呼ばれるためそれまではここで大人しくしておくように」
「最初は誰ですか?」
ドールがエドワードに確認をとる。
「最初はEクラスの生徒とCクラスの生徒だ」
「じゃ、俺たちは待機か」
ドールは心中で今日の一日が終わった後のことを考えると胸が踊った。
アーサーはドールに決勝まで行けば自分は負けると確約を得ているためであった。
自分がこの大会で優勝すればリナリーも自分に振り向いてくれると思春期真っ只中であるドールは本気で思っていた。
エドワードが更衣室から出ていくと全員革鎧に着替えていく。
全員の着替えが終わると演習場から歓声が聞こえてくる。
「始まったか」
ジンが静かに呟いた。
しばらくするとアーサーが呼ばれ更衣室から出て行き。
程なくしてエドワードが再度更衣室にやってくる。
「ジン、次だ」
「わかりました」
ジンは立ち上がると自分専用の木刀を握り更衣室を出る。
いつも実技講習で使う道を歩いて演習場に向かう。
「演習場に観客席があったのはこのためなんですね」
「火王祭も予選は演習場でするからな、なにかと入り用なんだ」
「なるほど」
「緊張はしてないようだな」
「まぁ、はい」
ジンからすればあの戦場を越えたことで何事も基準があの戦場になってしまっている節もあった。
それから二人は会話をすることなく演習場に到着した。
「さぁ!続きましては!Sクラス、ジン・オオトリVS Cクラス、ネバーの対決です」
実況の声が聞こえるとジンは体を解す。
「拡声器か」
「ほう、知っているのか?」
「え?ええ、噂だけですが」
ジンは記憶の中にある声を拡声させる機会がこの時代にあるのかと呟いたのだが、エドワードに拾われて少し吃ってしまう。
「では、健闘を祈る」
「はい」
エドワードに言われて返事を返すとジンは演習場へ向かって歩き出す。
「向かって右側から出るは!救国の英雄?はたまた国最大の詐欺師か!ジン・オオトリ!」
「いいのかそれ、最悪不敬罪もあり得るぞ」
ジンは実況の紹介に苦笑いをしながら演習場に足を踏み入れる。
「対するは!Cクラス切っての強者!Cクラス以下予選にて準優勝のこの男!ネバー!」
正直ジンよりも歓声を聞いてジンは少し驚く。
これはジンがどうこうではなく、この武園会は二、三年生も観戦しているのだが、Cクラス以下の観戦者が多く、皆Sクラスへのジャイアントキリングを期待しているためだった。
ジンは十メートルほど離れた位置に今回戦う相手を視認する。
自分とネバーと呼ばれた生徒の間に審判役の教師が立つ。
「それではいいか?」
教師が二人に確認を取るとほぼ同時に二人は頷く。
それを確認して教師が声を張り上げる。
「それでは!第三回戦!はじめ!」
先に動いたのはネバーだった。
走ってジンへと突撃していく。
「さあ!始まりました!第三回戦!二回戦ではアーサー選手の猛攻に直ぐに方がついてしまったが!今回はどうなんでしょうか!」
ジンは眼前に迫ったネバーをよく観察していた。
(上段からの振り下ろし)
ネバーの振り上げられた木刀を体を逸らすだけで避けるとネバーは木刀を振り切る。
振り切られた木刀はジンのくるぶし程まで下がったのを確認してジンはその木刀を踏みつけると自分の持った木刀をネバーの首に当てる。
「そ、そこまで!」
一瞬だった。
側から見れば、ネバーが木刀を振ったのを確認した次にはジンの勝利が決まっていた。
瞬きをした者からすれば何が起こったのかわからないほど早い決着に演習場全体が静まり返る。
ジンは構えを解くと一礼して演習場に背中を向ける。
「......何ということでしょう!始まって早々の幕切れに私も驚きを隠せません」
実況の生徒もこんなにも早く決着がつくと思っていなかったので少し困惑してしまう。
今まで行った一回戦、二回戦共に数合斬り合う場面があったが、今回は一瞬の決着に観戦者達は唖然としてしまっていた。
ジンが演習場から体を完全に消すと、後から追って歓声ではなく、ざわめきが起こるのだった。
それは主に上級生がジンの実力について話すことで起きたざわめきだった。
それから試合はどんどん進んでいく。
ジンは更衣室で絡まれるのが億劫だったので演習場と更衣室の廊下を一つ抜けた誰もいないところで時間を潰すために座っていた。
ジンが時間を潰していると何やら声が聞こえたので思い立ちの興味で声のする方に近づく。
声のする方を除くとその後ろ姿には見覚えがあった。
「アーサーか......?」
ジンが誰にも聞こえないように呟く。ジンの視線の先にはアーサーと四人の少女の姿があった。
一人はリナリーの友人であり、ジンも知っているノア、その隣に最近名前を覚えたリリアン・ウィンストンとハンナ・ピラー、この二人は子爵令嬢だ。
そして、最後がステラ・ノット。五代伯爵家の第一令嬢である。
「私達は、アーサー様を心からお慕いしております」
「僕もだよ」
ステラにそう言われて、アーサーが優しく返答する。
「ありがとうございます!......ですが、私達は貴族、アーサー様とは身分の壁がございます」
「ああ」
「勝手な女と笑ってくださって構いません!どうかアーサー様!私を、いいえ!私達を迎えに来てはくださいませんか?」
ジンは割とまずいところに居合わせたな、とその場から去るのだった。
(四人の美少女から告白とは、なんとも、けど子爵令嬢二人に伯爵令嬢二人とはアーサーは大変だな)
ジンは特に羨ましくはなかった。ジンには心から愛する人がいてその人も自分を慕ってくれているのがわかる。
そのためジンはこの時、貴族で内二人は伯爵令嬢と高い地位にいる。いくらアーサーの腕が立つとは言え、平民が貴族令嬢四人と添い遂げるにはどれくらいの功績を積めば成り立つのかジンにはわからなかった。
貴族令嬢と添い遂げることは平民でも功績をあげればどうにかならないことはない。
現に、ジゲンもそうやってルイと結婚したのも事実。だが、それが四人となると話は別だ。
アーサーはこれから途方もない苦労をするなと人ごとの様に思っていたのだった。
ジンはそれから更衣室に戻ると、他のクラスメイトの視線が突き刺さるが、ドールとアーサーがいないためコールの取り巻きで出場者の二人は絡んではこなかった。
唯一ジンに近づいてきたのはイーサンだった。
「なんとなくはわかっていたが、まだまだ底が見えないな」
「心配しなくてもイーサンと戦う時は見えるかもね」
「バカを言うな、胸を借りるつもりで行く」
「過大評価.......でもないか、受けて立とう」
ジンは自分の実力を正しく認識していた。
ジンはあの戦場でザンバという存在と対峙してから甘えを一切捨てることを誓った。
だから自負がある。
自分の強さに、この場にいる誰にも負けないために自分は何年も刀を振るって来たのだと。
「ジン、二回戦だ」
「はい」
ジンとイーサンが話しているとエドワードが更衣室に入って来てジンの名前を呼ぶ。
「うまく行けば準決で当たるな」
「ああ、楽しみにしている」
「俺もだ、それじゃ」
「ああ」
ジンはイーサンと別れ、先程と同じようにエドワードの後に続く。
二回戦の始まりだった。
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