第87話 延長戦
いきなりの大物の登場に玄武騎士団の騎士たちは体を硬直させる。
その中でジンだけが木刀を下ろし、自然体でゼワンを見つめていた。
「失礼、名前を聞いてもいいかな少年?」
「ジン・オオトリです」
「「「「「「!?」」」」」」
騎士たちはジンが名前を名乗るとその名に驚いてジンへ顔を向ける。
ジンの名はこの王都においては中々に有名だったからだ。
救国の英雄、呪われた忌み子、神童、詐欺師、様々な噂がジンにはあった。
これは功労式後にすぐに山へ篭ってしまったことと社交の場に一切出ていない事も影響していた。
「ほう、なるほどのう」
ゼワンは真っ白な顎髭を左手で撫でながら頷く。
「私は功労式へは仕事で出れずに君の顔を知らなんだ。失礼した」
「いえ、謝っていただく様なことではありません」
「そうか、礼儀正しい子じゃな」
どこか掴み所のない雰囲気を感じさせるゼワンにジンは返事を返すこと以外できないでいた。
「どら、ちょいとわしとも手合わせしてくれんか?」
「団長!」
「良い良い、救国の少年がどれほどの者か気になっての」
「ですが」
「ふぉふぉふぉ、木刀などいつぶりかのぉ」
ゼワンは壁に立て掛けてあった木刀を手に取るとジンへと歩いてくる。
「ふむ、君は新兵の.......」
「ジョージ・マックレイです!」
「そうか、では退いていなさい」
「あの!団長がお相手するまでも無く、もう一度私にお相手させてください!次はあんな不甲斐ない姿はお見せしません!」
「.......いい、そこを退きなさい」
「ですが!」
「私は
「は、はい」
ゼワンの優しく垂れた目からとんでもないほどの眼光を飛ばされて若い騎士はその場を退く。
「すまんが少年、もう
「私は大丈夫ですけど」
「ヨードル」
ジンはヨードルと呼ばれた屈強な騎士に視線を送るとヨードルは仕方がないと頷く。
「では、両者準備を」
ジンは先程の位置に戻り振り返る、その瞬間空気が変わった。
ゼワンから発せられているのは覇気だ。
ジンは先程よりも腰を落として構えを取るが左手に雫が落ちる感触を感じて気づく、自分が一瞬で身体中から玉のような汗を流している事に。
(やべぇ、本能が言ってる。この爺さんはやべぇ)
「ほお、流石じゃな」
「両者、よろしいですか?」
ジンは一度深呼吸をして「はい」と答える。
ゼワンも頷くとヨードルが声を上げる。
「では、はじめ!」
ジンは構えをとったままゼワンの隙を窺うが、そんなものはある訳も無くどうするか思考する。
「こんのか?」
「其方こそ」
「なに、若人に先手を譲るのもジジイの役目よ」
「ははは、感謝します。では、お言葉に甘えて」
「ふぉふぉふぉ、来い来い」
ジンは腰を低くしたと思うと一瞬でゼワンに肉薄する。
「第六門、緋剣、
ジンは自分の中で一番得意な技を繰り出す。
一瞬の攻防。木刀とは思えない甲高い音を出して交差した二人は間を置いて構えを解く。
「恐れ入りました」
ジンは自分の木刀を軽く地面に小突くと木刀は音を立てて真ん中からへし折れた。
(防がれるのはわかっちゃいたが、まさか折られるとはね)
「ふぉふぉふぉ、いや、久しぶりにひやっとした。ジン・オオトリ、名前は覚えておこう」
「ありがとうございました」
ジンは深く頭を下げて次の会場へと足を向ける。
ジンが去った武道場で残った騎士たちはどうすればいいか迷っているとヨードルがゼワンに声をかける。
「凄まじい子供がいた物ですな」
「全くじゃ」
ゼワンは自分が持つ木刀をヨードルに渡すと出口へと歩き出す。
「団長が同意とは本物ってことか.......ん?」
ヨードルは渡された木刀に違和感を覚えてしっかりと握る。
「まさか」
チラッと後ろを振り向いてまだこちらを見ている騎士たちにヨードルは解散を言い渡す。
「貴様等は訓練場に戻れ」
「「「「「は!」」」」」
騎士達が思い思いの表情で武道場を出て行く。残されたヨードルは手に持った木刀を地面に軽く振り下ろす。
その木刀は地面につく軽い衝撃と共に真ん中から刃物で斬ったように二つへと分かれるというあり得ない折れ方をする。
「本当に化け物か......」
ヨードルはあの一瞬の攻防互いに一太刀だけだとわかっていた。
「神童ジン・オオトリ、その実力は本物か」
真剣で行っていれば勝負はわからなかっただろう、そもそもゼワンは身の丈程ある盾と剣で戦う『絶対防御』の騎士だ、ジンも自分の獲物は刀である。
ただ、木刀での手合わせはジンとゼワンは引き分けという事だ。
ジンは気を使いゼワンに勝ちを譲ったが、それすらも生意気と思うよりも末恐ろしいとさえ思うヨードルだった。
一方ゼワンは帰りの馬車の中で物思いに耽っていた。
(あれが、ロイ殿下の懐刀か。ふぉふぉふぉ、あれは神童というよりは怪童と言った方がしっくりくるの)
ゼワンはロイに煽られてあの場に行ったのだがロイがあれだけ大口を叩くだけの物を見せられて、釣り上げられた口の端は馬車が屋敷に着くまで形を崩さなかった。
ジンはそのあと拙いダンスと覚えている限りのマナーを審査員の前で披露して、帰路についていた。
「どうでした?」
「まぁどのクラスになるかはわからないが、Sクラスは無理だろうな」
「ええ!?大将がですか?」
「ああ、正直武術以外は自信が無さすぎる。自業自得だな」
「まぁ、山に籠り切りでしたしね」
「それと玄武騎士団のゼワン団長と戦ったぞ」
「へぇ.......えええぇ!?あの鉄壁のゼワンですかい!?」
「ああ、獲物が違ったからななんとか互角に近い手合わせができたが、あれは中々骨が折れる相手だな」
「なーんで味方の、しかも団長の戦力分析してんすか、しかも引き分けって相変わらずですね」
ダリルは疲れたようにため息を吐く。
ジンはなんでダリルがそんな反応をするのかわからずキョトンとしているため先程より大きなため息が出てしまう。
「まぁいいです。もう慣れました。それより奥様はカンカンでしたよ」
「え、どれくらい?」
「割と初めて見たくらいです」
「それほどか」
ジンは帰ったらジゲンを庇う必要があるなと心の中で思った。
それから馬車の中では朝急ぎすぎて出来なかった、半年ぶりの近況報告をしていたら自宅に到着したのだった。
屋敷に着くといつも通り家族総出で出迎えてくれた。
「ただいま」
「おかりなさい!!」
いつも通りルイが突貫してくるのをジンは昔と違い勢いを殺して抱き止めるともう一度ただいまと返す。
それを見てやっとジンが帰ってきたとジャス、ジョゼ、リュウキ、テンゼンが出迎えてくれる。
「母上、親父殿は?」
「ここにいる」
ジンがルイにジゲンの居場所を聞くと一番奥からジゲンが出てくる。
「すまんなジン」
「いや、いいよ。正直一週間前にどうこうしようと考えた俺も間違ってたしね。だからこれでこの話は終わり。合格も一応できたしね」
「ジンちゃんがそういうなら」
ジゲンはルイの態度にほっとして口元が緩む。
「さて、ガイルとミシェルはどこかな?」
「あの二人なら今日は送別会があるから帰ってこないってよ?」
「そうか、それにしてもリュウキ大きくなったな」
「へへへ」
「テンゼンさんもご無沙汰です」
「うん、もう身長が追い付かれそうでちょっと複雑な気持ちだよ」
ジョゼとジャスにもジンは感謝を伝えて屋敷の中に入って行く。
その日の夕飯はそれは盛り上がったのだった。
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