4 恐ろしいくらいに順調なのですが
翌朝。
悪魔との契約を見事回避した私は、爆睡していた。公爵令嬢なだけあって、いい布団。ふわふわしていて心地がいい。
「お嬢さま、おはようございます。朝でございます」
と体を優しく揺すられ、起こされる。
むにゃあ、と意識が曖昧だった私は、“お嬢様”という単語に引っかかり、意識がはっきりする。
お嬢さま?! 何それ気持ち悪い!! なんの罰ゲーム?!
驚いて、勢いよく体を起こす。その勢いに驚いたメイドさんは、ビクッと身体を震わせた。
……ん? メイドさん? メイドさんがどうして私を起こしているの?!
「どういうことだ?」
ぽそ、と呟いくと、昨日起こった出来事が走馬灯のように頭の中を通り過ぎていく。
ああ、そうだ。思い出した、思い出した。
私は前世の記憶を思い出し、しかもステータスまでバグったんだった。
そして今日はアイオーンに逃亡する日だ。その前に捕まったらおしまいだけど。いやでもあのステータスだったら、よっぽどのことがない限り負けないか。
とりあえず、怪しまれないように私は今、全力で我儘令嬢、ルシール・ネルソンを演じなければならないか。
うわぁ。めんどくさー。
ルシールってどんな感じだった? 我儘令嬢なんて、なったことないよ。まあ、私もルシールなんだけれどさー。
「お、お嬢さま……。いかがなされましたか?」
不安げに話しかけてくるメイドさん。そりゃそうだわ、黙っていて不機嫌だと思われないわけないよね。
だって、気分屋の我儘令嬢のルシールだもん。いつ、何を言われるのか、何をされるのか、恐怖を感じても仕方ない。
こっほん、と私はわざとらしく咳をして、悪役令嬢になりきった。
「な、何かしら? そんな暇があるなら、さっさと支度をして頂戴!」
「かしこまりましたっ!」
不機嫌そうな私の声に、メイドさんは慌てて準備を始める。
彼女を見てる限り、演技はうまくいったようだ。悪役令嬢の演技上手いなんて、褒められることなのだろうか?
ふう、と溜息をわざとらしく吐き、私はベットから降りた。
「あの、失礼ですがお嬢様」
「何かしら?」
「お嬢様の頭に、そんな癖の強いアホ毛、生えてましたか?」
「……はあ?」
アホ毛?
ルシールのビジュアルには、アホ毛なんてなかったはずだ。我儘で傲慢な、悪役令嬢にアホ毛なんて生やすキャラデザなんてダメだろ。
でも、ルシールに怯えきっているメイドさんが冗談なんて言うはずがないだろう。
私はアホ毛の存在を確かめるべく、頭に手を置いた。
ひにゅん、という妙な感覚がした。
「はい?」
「ありますよね、アホ毛」
「あるね」
しかもこいつ、結構強力で、手を離すとすぐに、ぴょこんっ!と飛び出す。
手で押さえていても、まっすぐになりたい! と言わんばかりの弾力がある。
なんなんだ、このアホ毛。直りそうにないぞ?
「どうしましょう……」
「そのままでいいよ、そのままで」
アホ毛くらい、なんだと言うんだ。あってもなくても大して変わらないだろう。
「それより、早く身支度を整えて」
そう私が言うと、メイドさんはひいい、と言いそうな顔で、慌てて準備を再開した。そんなに怯えなくても、いいじゃん……。
* * *
ぱちぱちぱち。
私は驚きのあまり瞬きを繰り返す。
私の目の前にあるのは、アイオーンの冒険者を管理する“冒険者省”の大本、王都にある中央部。冒険者登録をするには、どこの国の人でも、どんなに遠くても、ここに来なくてはならない。
つまり、私は何事もなく無事に、冒険者省の中央部にいるわけで。
こんなに何もないと逆に不安になるというか。何かのフラグを疑ってしまう。ラノベの読みすぎ、ゲームのやりすぎ、アニメの見過ぎだわ。
学園に行くふりをして、あっさりと自国を抜け出して、アイオーンにあっさりと入国して、少々遠い冒険者省にもあっさりとついてしまった。
おいおいおいおい。これでいいのか?
なんか色々と、がばがばだぞ?
一応私は公爵家の一員なわけで、そんな身分の高い人をすんなりと隣国に行かせていいものなのか?
そうじゃなくても、簡単に入国できすぎでしょ。大変なこと起こっちゃても知らないよ?!
色々と発展した地球の前世の記憶を手に入れた私は、不安で不安で仕方がない。
いざという時は、幻想魔法を使う覚悟もしていたのだ。だけど、こんなにあっさり! すんなり! 順調すぎる!!
まさか、誰かの手の平で踊らされているわけじゃないよね?! すっごく不安だよ?!
まあ、こんなところで立ち止まっても仕方がない。
覚悟を決めて私は、無駄に豪華な冒険者省の建物の中に入った。
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