66 私も何が何だかわかってないんです。

 人通りはない路地裏とはいえ、いつ誰が来るかわからないので、とりあえずニコレットの家に行くことにした。


「少し散らかってるけど、どうぞ」


 ニコレットの家はひとり暮らしにしては広かったが、有名な傭兵としては狭いような気がした。様付けされるほど立派な人なら、もっと贅沢できるんじゃないの?

 勿論、塗装が剥がれていたり、どこか壊れていたりしないので、ディカイオシュネーでは立派な部類に入る家なのかな?


 きょろきょろと家の中を見渡しながら、考えているとニコレットがお茶を淹れてきてくれた。

 私の前にお茶を置くと、ニコレットは私の前に座る。


「改めまして、自己紹介をするね。私はニコレット。ベルナ様の密偵のひとりで、ディカイオシュネー潜入計画のリーダーを任されているの。踊る戦乙女ヴァルキリーのことは聞いているし、ディカイオシュネーこっちにいても色々流れてくるわ」


 うわー。私の話、ディカイオシュネーにまで流れてるんだ。なんでだよ。そんなに私のこと知りたいわけ?


「ちなみにどんな話?」

「それはもう色々。上級悪魔を倒しただとか、悪魔を従えたとか、魔物の大群をあっさり倒したとか。魔王に宣戦布告しただとか、魔王と口喧嘩しただとか、他にも色々」

「そうかそうか。そうなんだね」


 ほとんど流れてるじゃねーか!

 なんでだよ。なんでこんなに流れてるの?!


 そうかっ! デジレとかアズダハーとか、あいつらの仕業だな?!

 あいつらなら知っててもおかしくないし、面白がってあることないこと言いふらしてそう。特にデジレ。


「そこまで知られてるなら自己紹介しなくてもいいだろうけど、私も一応。私はエイリー。踊る戦乙女ヴァルキリーって呼ばれてるけど、エイリーって呼んでほしいな。公爵家の出だけど令嬢なんて柄じゃないから、その辺も気にしなくて大丈夫」


 身体はルシール・ネルソンとはいえ、中身は完全に庶民。敬語とかむずがゆくてたまらない。


「で、ニコレットがこの計画のリーダーってことは、私の潜入も助けてくれるってことなんだよね?」

「うん。計画実行のサポートは勿論、日常生活のことも任せて」

「それは助かる」


 ディカイオシュネーなんて来たことなかったし(そもそも気軽に来れるところじゃない)、何の準備もせず来てしまったのだ。どうやって生きていけばいいのかわからない。

 他の国ならともかく、きな臭いディカイオシュネーだしなぁ……。

 こういう国ってめんどくさい決まりとか、意味のわからない法律とかあるんだよねぇ……。


「まあ、いきなり来ちゃったから、十分に準備はできてないんだけどね」

「それはごめん」

「どうしていきなり来たの? 計画を早める理由でもあったの?」


 真剣な顔をしてニコレットは私を見てくる。

 そうだよねぇ。前触れもなくいきなり現れたら、何かあったのかって普通考えるよね。


「全然。ただ、転移魔法の練習をしてたら、ディカイオシュネーに来ちゃったのだけ」

「はい?」

「あ、よく聞こえなかった? なんやかんやあって、転移魔法の練習をすることになったんだけど、なんか気がついたらここにいたんだよねぇ」

「あの、え? は?」

「だから、転移魔法の練習をしてたんだけどね……」

「あ、聞こえてないわけじゃないから。理解できないだけだから」


 うん、そうだよね。聞こえてないわけないよね。理解不能なだけだよね。

 安心してよ。当の本人も全く状況が理解できてないから。


「確認させてね? まず、転移魔法の練習? どうして?」

「父さんたちがね、転移魔法を教えてくれって、ゼノビィアに頼んだらしくて」

「……父さんたちって、ネルソン公爵家の方々よね?」

「そうだよ。あ、聞いたことない? 私の家族ちょっと変わってるんだよ」

「こういうのもなんだけど、ちょっとどころじゃないと思う。かなりだけどね」


 だよねぇ……! あれをちょっとって表現しちゃったダメだよねぇ。

 ワンチャンいけないかなって思ったんだけど、やっぱりダメかぁ……。


「まあ、そんなわけで練習しようとしたんだけどね?」

「まだ言いたいことはあるけど、いちいち気にしてたらダメな気がしてきた」

「そうそう。気にしないのが一番」


 こういうのは考えたら負けなんだよ。

 なんだか不満そうな顔をしているニコレットだったけど、気にせず話を進めることにする。

 それが一番だしね!!


「それで、試しに魔法使ってみようって話になって、ダメ元でやってみた結果がこれ」

「なんで?!」

「それは私も聞きたい。流石に私だって魔法が発動するとは思わなかったし。気がついたらディカイオシュネーにいたんだよ」

「恐ろしすぎる」

「ほんとにね」


 ニコレット、顔が若干青いけど大丈夫かな?


「ニコレットに会えて良かったよ。会わなかったら、私どうなってたかわかんないし」

「エイリーの場合、どうにかすると思うけどね。なんなら、本来の目的も達成してそう。しかも正面突破で」

「確かにそれは一理ある」

「あるんかい」


 考えられる未来としては、どう頑張ったとしても私の正体がばれると思うんだよね。そして、捕まるでしょ。

 でも、私は大人しくしてる性格じゃないから、力技で脱出して、なんやかんやでどーんってやると思うんだよねぇ……。

 簡単に想像がつく。


「ニコレット、タイミングよくあそこにいたよね。ありがたい偶然」

「運良く近くにはいたんだけど、ゼノビィアから『エイリーがもしかしたらそっちにいるかも』って連絡は来た」

「え? なんでゼノビィアと連絡とってるの?」


 ここで新たな新情報。

 ニコレット、アエーシュマゼノビィアと連絡を取っていた。


「え? あ、もしかして聞いてない?」

「え、何を?」

「今回の作戦のことについて」

「あ、うん。詳しくは聞いてない」


 そう返事をしたのと同時に、こんこんとドアを叩く音が聞こえた。



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