65 新キャラです。女の子です。
よし。一度落ち着こう。
まずは状況確認。
アエーシュマと転移魔法の練習(?)をしてたら、魔法が発動しちゃって、気がついたら知らない場所にいる。
私が来たことがない近場だと嬉しいんだけど、その可能性は低そうだ。
建物の構造がアイオーンともマカリオスとも違うんだよね。少し古い。
それに加え、塗料が落ちてたり、壁が剥がれていたりと、ぼろぼろだ。見た感じ庶民の家っぽいから、直すお金がないんだろう。
ここまで考えただけで、なんとなくここがどこかわかった気もするんだけど。
確かに行きたい場所、というよりは来なくてはいけない場所、なんだけど。
そんな都合のいいことあってたまるか!
それに来ちゃったら、「仕事しちゃってね☆」ってなるに決まってるじゃん!
私のだらだら生活がああああああ。
これもそれも全部アエーシュマのせい!! 転移魔法なんて教えようとするから!!!
あの悪魔めっ!
そんな風にぷんすかぷんすかしていると、「ひえっ」という声が聞こえてきた。
「ひ、人が、急に?! な、なんで、こんなところに?!」
肩にかかるくらいの藍色の髪の少女が、私を見て震えている。
私が気がつかなかっただけで、この子は転移してきた瞬間を見たんだなぁ……。
すげえ厄介なことになってるじゃん。
不法入国だし、しかもここ、ディカイオシュネーって入国審査厳しいし、そもそも敵国だし……。
とりあえず、この子を黙らせるしかないか。
どうやら人通りの少ない路地裏のようだし、彼女以外には見られていないだろう。
「しっ。騒がないで」
「ひえっ?!」
素早く彼女の後ろに回り込み、口を軽くふさぐ。
「いい? 今見たことは誰にも言っちゃダメだよ。わかった? 君しか見てないようだから、これ以上のことはしないけど、約束を破ったら、わかってるね?」
人が転移してきた、なんて嘘みたいな話、誰も信じないだろう。大概、彼女の幻覚とか夢とかで済む話だ。
ディカイオシュネーにどんな人や悪魔が潜んでいるかわからないから、容易に魔法を使わない方が賢い選択だろう。
少しは考えるようになったのだ。偉い偉い。
少女は必死にうなずいている。これなら、面白半分で言いふらすことはないだろう。
約束はできたし、少女を解放しようとしたとき――、
「私からもお願いしていいかな? このこと、あまり大事にしたくないんだ」
と、別の人物が現れた。女性の声だが、少し低くてかっこいい。
少女はその人物を見て、目を見開いた。知っているようだ。
「ニコレット様……」
「様はよしてよ。私はただの傭兵だよ」
朱色の髪をポニーテールにした、美しい女性が姿を見せた。ニコレットと言うらしい。
様をつけて呼ばれるということは、腕前は確かなんだろう。
「えーと、ジゼルを放してもらってもいいかな?」
「あ、はい」
転移を見た少女はジゼルと言うらしい。可愛い名前だ。
ジゼルから手を放すと、パタパタとニコレットのところに駆けていった。
なんか、ショックだ。まあ、怖がられるようなことをしちゃったんだけどさ……。
「ジゼル、このことは絶対誰にも言わないって約束してくれるかな? ちょっと、事情があってね」
「わ、わかりました! ニコレット様が関わっているということはよっぽどのことなんですよね!」
「だから、ニコレット『様』はよしてよ。ニコレットでいいよ、ニコレットで」
「そ、そんな! 恐れ多いです……」
私のことほったらかしで、百合空間作るのやめてもらえませんかね……?
いや、この場合私が邪魔なのか? 私がどっかいた方がいいのか?
気がついてしまったからには仕方ない。
ここがどこなのか確かめるべく、この場を離れなければ!!
ふたりの愛を邪魔しませんとも! 空気の読める女なんですよ、私は。
そろ~りそろ~りと歩き出すと、遠くなったふたりの会話が聞こえてくる。
「私、あの人とお話があるから……」
「わかりました! では、私はこれで失礼しますね。ニコレット様、また!」
この部分だけ、やけにはっきりと。
ひええええええ、報復しようとしてるの?! 私のかわい子ちゃん、よくもいじめてくれたなって?!
不可抗力ですよ、仕方がなかったんですよ。
お願いだから、許してえええええ?!
ジゼルが去って行くと、ニコレットの足音が聞こえてくる。しかも周りが静かなもんだから、めちゃくちゃ響く。心臓に悪い。
「初めまして、踊る
私の正体ばれてるぅぅぅぅ?!
やべえ、これ王様とかに突き出されるやつじゃん? 私の人生詰んだ?!
大丈夫、大丈夫。まだ、ニコレットひとりならなんとかなるかもしれない……!
「私はニコレットと申します。ベルナディッド姫殿下の配下のひとりで、今はディカイオシュネーに潜入しています」
「はへ?!」
と、ここで驚きの新情報。
なんと、ニコレットはベルナの配下、つまりディカイオシュネーに潜らせていた密偵のひとりだったのだ!
戦闘態勢をとっていた私は、一気に体から力が抜ける。
「ベルナの、配下?! 本当に?!」
「はい。踊る
「え、なんでそんな人が有名な傭兵になってるのさ?!」
密偵って目立っちゃダメなんじゃないの? ひっそり行動するもんじゃないの?
「私は主に市民たちから情報を集める役割でして、目立った方が都合がよかったのです。裏から探るのは事足りてますしね」
わーお。どれだけ密偵を潜らせてるんだよ、ベルナさん……。
「つまり、何らかの形で私が来たことを知って、駆けつけてくれたってこと?」
「その通りです」
はあ、優秀なんだなぁ……。
「というか、どうして敬語なの? 敬語じゃなくていいんだけど」
私だって、ベルナに雇われた人だから、同僚って感じなんじゃないの?
そんなこと関係なしに、敬語はやめてほしいんだけど。
「いえいえ、恐れ多い」
「恐れ多い?!」
「上級悪魔を倒し、何匹かの悪魔を従え、数え切れない魔物を倒している英雄さまにそんな気軽な口はきけません! しかも、アイオーンの公爵家の令嬢だし、セーファース様と恋仲だし、とてもとてもそんなことは……」
これだけ聞くと、なんか大層な人間だなぁ。私じゃないみたい。
全然意識したことなかったわ。
「まあ、細かいことはいいから、いいから。エイリーって呼んで」
「そ、そんな……。無理です……」
「ニコレットだって、さっきジゼルに似たようなこと言ってたじゃん」
「そ、それは……!」
よし、もう一押しだね。
「ね? 私のことはエイリーって呼んで! 敬語もなし! 決まりね!」
「ええ」
「諦めた方が楽だよ? ほら、エイリーって」
ニコレットはうつむいたが、やがて諦めたように顔をあげた。
「わかったよ。エイリー。これで、いいんでしょ?」
「これでいいの! ありがとう、ニコレット!」
密偵なだけあって、順応能力が高い。
こうして、私はニコレットという心強い仲間を見つけたのだった。
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