第3節 敵国に潜入しちゃったのでめんどくさいこと全部蹴散らそうと思う

64 練習にハプニングはつきもの

 私のディカイオシュネー潜入計画は、宣戦布告された直後に決行されることになった。

 宣戦布告をし、少し気が緩んでいた隙を突くそうだ。

 戦争の準備をしてるときは気が張るから、警備もいつも以上に厳しいらしい。


 いつ乗り込んでもあまり変わらないような気もするけど、プロであるベルナの判断なんだから、大人しく従うのが正しい判断だろう。

 反対するの、なんか怖いし。そもそも反対するつもりないし。反対したいのは、この仕事をやらないことだし。


 とまあ、まだ正式に宣戦布告をされていないので(そもそもディカイオシュネーが律儀に宣戦布告をしてくるのかどうかわからない)、暇だ。

 だからと言って、本業の冒険者業に精を出すかと言ったら、それはなんか違う気がする。この後に大仕事が待ち受けてるわけだし、働くのはおかしい。


 とりあえず、宣戦布告されるまでゆっくり過ごそう。だらだらしよう。

 英気を養うってやつだ。合法的な休みだ。

 そう決意したんだけど……。


「というわけで、エイリーに転移魔法を教えます」

「どうわけよ?」


 私は何故か、洞窟の中にいた。

 目の前は楽しそうなアエーシュマがいる。


「だから、『第一回・エイリーに転移魔法を教えちゃうぞ☆』を始めるんだよ」

「そんなタイトル名だったの……?」

「違う方がいい?」

「いや別になんでもいいんだけどさ」

「じゃあ、『第一回・才能を無駄づかいしているエイリーに転移魔法を叩き込むぞ』を始めるね」

「タイトル名変わってるし。それにしれっとけなすのやめてくれる?」

「あはは、ごめんごめん」


 テンション高いなこいつ。

 何かヤバい薬でもやってるのか……? でも上級悪魔にヤバい薬が効くとは思えないんだよなぁ。


「それはさておき」

「お前が始めたんだけどな?」


 話が脱線したのはエイリーお前のせい、みたいな空気出すのやめてくれます?

 私、完全に被害者なんですけども。


「とにかくまあ、エイリーに転移魔法を教えてと頼まれたから、教えてあげるね」

「誰に?」

「誰だと思う?」


 にやりと楽しそうに微笑むアエーシュマ。

 嫌な予感しかしない。


「……ベルナ、とか?」

「はずれ~」

「う~ん。ファースとか、その辺?」

「違うんだなぁ」

「そもそも誰にも頼まれてなくて、アエーシュマが教えたいから教えるとか!」

「とっても的外れ! 本当に誰かに頼まれてるんだよ」


 違うの?!

 てっきりアエーシュマが面白がって私に教えてくれるものとばかり。

 これが一番自信あったんだけどなぁ……。


「エイリー、あんた意図的に避けてる答えあるでしょ。それが正解だよ」


 う~んう~んと唸っている私に、無慈悲にもそんな言葉をかけてくる。


「……マジで?」

「うん。マジだよ」


 そう。最初から浮かんでる答えはあったのだ。

 あったけど、あまりにも動機が不純すぎる。それにあの人たちでもそこまではやらないでしょ、と信じていたのだ。

 信じてるってのは嘘だけど、そんなことあってほしくはなかったのだ……。


「正解は……」

「待って待って。言わないで。言わなくていいから」

「なんで? 私とエイリーの考える人、違ってるかもしれないじゃん」

「そうやって勘違いしてる方がまだ幸せだよ」


 そう言って、アエーシュマの肩に手を置くと、アエーシュマが同じ動作をして、私のことを見てくる。


「エイリー。君の家族はもう手遅れだよ」

「だから言うなって言ったでしょうがあああああああ!!!!!!」


 さらっと言ってくれるなよ。わかってるんだよ。

 上級悪魔にこんなお願い事するなんて、父さんたちくらいしかいないもん!


 ちなみに、父さんたちはアエーシュマが悪魔だということを知っている。

 マカリオスの国王に森の調査報告に行ったときにアエーシュマの話題になり、その場に父さんもいた。

 そして、ネルソン公爵家に泊まることになり(「帰れ帰れ」言われる中、この一日は私が粘って勝ち取ったものだ)、母さんと兄さんも知ることになった。

 父さんがさらっと「エイリーの友達はなんと上級悪魔だったんだ!」と漏らし、母さんたちは「流石、エイリーだわ!」とさらっと返す。

 目の前に上級悪魔がいても、ネルソン公爵家は通常運転だった。本当、ぶれない。


「エイリーがもっとマカリオスに帰ってきてくれるように転移魔法を教えてあげてほしいって言われたの。そんなの、やるしかないでしょ?」

「やらなくていいんだけどね」


 けらけらと笑うアエーシュマと、重いため息を吐く私。


「端から見るとどうでもいい理由で転移魔法を教えてくれって、しかも悪魔に頼むって……。流石、エイリーの家族って感じ」

「どういうことかな?!」

「言葉のままだけど?」


 そのしれっとした感じがムカついたので、アエーシュマのことを叩いたけど、痛くもかゆくもなさそうな顔をして、さっさと話題を移してしまった。


「そういうわけだから、教えるね? 使えたら便利なことには変わりないし」

「それはそうだけど、人間の私にできる?」

「エイリーならできるんじゃない? 魔力量化物だし」


 転移魔法は莫大な魔力を消費する。それは人間の肉体ごと離れたところに送るというのが大きな理由だ。

 上級悪魔の場合、魔力量は桁違いなのは勿論、本体が精神体なので、人間と違って必要な魔力量が少ない。それでも使う魔力は多いんだけどね。


「まあ、やってみようよ。転移魔法の仕組みがわかったら、エイリーの場合、似たような魔法も使えるだろうし」

「確かにそうなんだけど……」


 できる気しない。

 いくら私でも無理なんじゃないかな~。


「とりあえず、ばっとやって、ちょっとやって、しゅってなればいいんだよ」

「教える気ある?」

「あるある。つまり、イメージと感覚が大事ってこと」


 適当だな、こいつ。

 まあ、魔法って感覚的な部分はどうしてもあるから、仕方ないんだろうけど。

 悪魔の場合、難なく使えるから余計にだ。


「とりあえず、やってみなよ」

「はあ? この何もわからない状態で?」

「大丈夫大丈夫。失敗しても、魔法が発動しないだけだしさ。見知らぬ場所に立ってたり、気がついたら空だったりしないって」


 あの……。そういうの、不安になるからやめてくれないかな。

 よくないと思うんだ、そういうの。


「さあさあ、実践あるのみだよ!」


 アエーシュマの圧に押し切られ、私は結局転移魔法を使ってみることになった。


 うーん、なんとかなれ!!

 なんとかなってくれ!


「行きたいところにつれていけ!」


 やけっぱちで叫ぶと、ぶわっと身体が光に包まれた。


 え? まさかの成功?

 でも、ちょっと待って。私、行きたい場所なんて明確に想像してないんだけど!!!!


 光に消えていく中、アエーシュマの驚いた顔が視界に映った。

 お前も想定外だったんかーい。



 そして、目を開くと。


「ここ、どこ……?」


 私は見知らぬ地に立っていた。

 ほら、言わんこっちゃない。

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