閑話 アエーシュマが“ゼノビィア”になる話

「アエーシュマって、どこでゼノビィアに会ったの?」


 クラウソラスの手入れをしにうちに来たエイリーが、私――アエーシュマにそんなことを聞いてきた。

 大方、待っている間の暇つぶしなんだろう。


「え~、聞いちゃう?」

「地味に気になるじゃん?」

「教えてあげてもいいけど、その前に父さんがいるところで『アエーシュマ』って呼ばないでよね」

「大丈夫だって。ギヨさんは作業に集中してるし、聞こえてないって」

「油断大敵って知ってる?」


 何が起きるかわからない。用心したことにこしたことはない。特にエイリーはそう。

 何かの拍子にうっかりってことがありえる。めっちゃ想像がつく。


「悪魔のくせに気にしすぎじゃない?」

「私は繊細なんですぅ」


 ぷうと頬を膨らませると、「その顔ウザい」とエイリーは両手で潰しにかかってくる。


「容赦ないな?!」

「今更、あんたに容赦する必要もないでしょ」

「悪魔だってわかっただけなのに、前と全然扱いが違うなぁ」

「自分の行動を振り返ってみなよ」

「エイリーに言われたくないからな?!」


 この娘、色々なことをやらかしてるからな。

 結果オーライになることも多いし、悪気もないんだろうけど、それにしたって……。

 もっと、自分が規格外なことを実感してもらいたい。


「……で? どうして、ギヨさんに知らせたくないわけ?」


 いかにもギクギクッという効果音が聞こえてきそうな顔で、エイリーは話を逸らしてきた。

 やり方が下手くそだな。せめて表情どうにかしろよ。


 まあ、この話は大事なわけでも本題なわけでもないので、エイリーに乗ってあげることにした。


「娘が死んだって知ったらどうよ? しかも、死体に悪魔が乗り移ってて、我が物顔で居座ってるんだよ? 隠せるものなら隠したいでしょ」


 ほっと息を吐くんじゃないよ。バレてるからな?


「それはその通りだけど……。上級悪魔が言っちゃう? 言っちゃっていいの?」

「言いたいことはわかるけど、もっと遠慮しようね?」

「私とゼノビィアの仲に遠慮なんてなかったじゃん」

「都合の良いときだけ、そんなこと言うな」


 エイリーはえへへと笑うだけで、「ごめん」の一言もなかった。ちゃっかりしやがって。


「私がそれを気にしてるかって言ったら微妙なところなんだけど」

「おい」

「生きてる人間ならともかく、死体に乗っ取って使うことって、有効活用してるだけだし。私がどうしようが、私が良ければそれでいいわけなんだよ、私的には」

「うん。やっぱり、あんたは悪魔だわ」

「でも、人間はそんな風には考えないんでしょ? 居候の身だし、父さんくらいには考え方を合わせてもいいかなって、思わなくもないからさ」

「つまり、隠すことが妥協案ってこと?」

「そういうこと、そういうこと」


 わかってもらえたようで、何よりだ。

 これで、エイリーが今後迂闊に私の名前を呼ぶことは少なくなるだろう。

 ……なるよね? そんな未来がちっとも想像つかないんだけど。


「ふ~ん。色々考えてるんだね」

「エイリーが考えなさすぎるんだと思うんだけどね」

「そんなことないよ。私だって、一生懸命考えてる!」

「へえ。例えば?」


 そう聞くと、案の定エイリーは口を閉ざし、考え込む。


「……えーと、夕飯、とか?」

「そうかー。エイリーちゃんもよく考えてるんだねー。えらいでちゅねー」

「……あんたも悪魔ってバレてから、更に遠慮がなくなった気がするんだけど」


 確かに正体がバレてからは下手な警戒をする必要がなくなったから、気軽に話ができるようになったかも。

 結局、私もエイリーも変わらないってことだ。



 *



「それで、本題に戻るけど」

「そういえば、これが本題じゃなかったね」

「どこでゼノビィアと会って、どうやってしたのさ?」


 あらま。そこまでわかっていたのか。

 エイリーはこういうところは鋭いからなぁ。恋愛はからっきしだけど。


「だって、怪しまれることなく暮らせてるってことは、ゼノビィアの記憶があるってことでしょ? それってつまり、契約したってことだよね?」

「そうだね。まあ、契約と言えば契約なんだけどねぇ」

「歯切れが悪いね?」


 あれを契約と呼んでいいのかどうか、微妙なところ。


「いやね。会ったときのゼノビィアは今にも死にそうだったんだよ。で、『君は死ぬから体頂戴?』って言って、うなずいたから契約は成立したんだけど、そのあとすぐに死んじゃった」

「驚くほど軽いな」


 そんなこと言われても、私にとってはもう過ぎた話だ。

 こういう話にいちいち気を重くしてたら、何百年も生きていけないし、悪魔としてやっていけない。


 ゼノビィアと会ったのは、迷宮の奥底。私が封印されていた場所だ。

 封印が解除されたのと同時に魔物が活性化して、ゼノビィアは致命傷を負ったんだと思う。

 周りに仲間がいなかったから、ソロ攻略だったのか、もしくは見捨てられたのか……。どちらにせよ、ひとりで潜るような迷宮じゃなかったから、命を落としたのはゼノビィアの自業自得でもある。

 けれど、復活しちゃった私のせいでもあるし、タローマティの封印を解いてしまったエイリーのせいでもある。


 私たちは同じ罪を背負ってたりする。


「近くにいたのがゼノビィアで良かったよ。可愛いし。おっさんとかだったら、絶対無視してた」


 魔物に襲われ、傷を負い、血まみれのゼノビィアのことは今でも忘れられない。

 彼女は美しかった。懸命に生きているって感じがして、惹かれた。


「気持ちはわからなくもない……」

「でしょ? 依り代にするのは、強くて、可愛い方がいいもん、絶対」

「力強く言われてもなぁ……」


 私はゼノビィアの顔で、にこっりと笑った。

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