幕間 ファースお兄様の様子がおかしいっ!
――――お兄様の様子が明らかにおかしい。
わたくし、グリゼル・マスグレイブは、兄のセーファース・マスグレイブを見ながら思う。
しっかり者で真面目な、多分マスグレイブ兄弟で一番まともなファースお兄様。学園では身分関係なく誰にでも平等に接し、お父様からたまに頼まれる手伝いも難なくこなす。
妹ながら、彼の出来の良さには少し怖くなってしまう。
だが、ここ数日ファースお兄様は明らかにおかしい。
何度声をかけても反応がないし、いつもはしない凡ミスを多くする。いつも何かを考えているかのようにぼうっとしていて、正直言ってイケメンが台無しだ。
様子がおかしい理由は、はっきりしている。
エイリーが、アナクレト・マスグレイブと婚約をしたからだ。
ファースお兄様は、元々エイリーに好意を持っていた(本人がそれに気づいてるのかどうかは別の話だ)。まだ、会って間もないのにお兄様は、エイリーに惹かれている。これは、側から見ると明らかなことで、きっとベルナお姉様とクレトお兄様は気づいているだろう。もしかしたら、お父様とお母様も知っているかもしれない。
ぶっちゃけ、わたくし的にエイリーをそう言う意味で好きになる理由がわからない。友達として好きになれそうだが、恋人として好きにはならないだろう。良くて友達以上恋人未満ってところだ。
まあ、趣味は人それぞれ。わたくしがお兄様になんやかんや言う資格はないし、言うつもりもない。
ただ、このままのお兄様だと評価が少しずつ下がっていってしまうのは、目に見えている。それは妹としても王族としても困る。
だから私は、早々に手を打つことにした。
* * *
「グリーが昼食に誘うなんて珍しいな」
「最近、お兄様とゆっくりお話ができてないことに気づきまして」
ここは学園のとある一室。この学園には王族や上位貴族が借りられる部屋が、何室かあるのだ。その一室で、わたくしとお兄様は昼食をとっていた。
「それもそうだな」
気力の抜けた声でお兄様は相槌を打った。
もっとしっかりしなさいよ、と言いたくなるが、今はまだ我慢する。
わたくしはティーカップを置いて、お兄様の方を見る。
「わたくし、お兄様にいくつかお話しないといけないことがありますの」
「え?」
「まず一つ目。今週末、マスグレイブの秘宝を探しに行くことになっていたでしょう?」
「ああ」
「申し訳ありませんが、わたくしとレノ、用事ができてしまっていけなくなってしまいました。ですから、エイリーと二人で行ってください」
「……はあ?」
これには流石のお兄様も驚きを隠せず、持っていたティーカップを落としそうになっていた。これも流石なのだが、ティーカップは決して落とさなかった。
つまらない、と思いながらわたくしは話を続ける。
「そのことはエイリーにも伝えてあるので、心配無用ですわ」
「え?」
「この間、わたくしエイリーの家に直接伝えにいきましたから、大丈夫です」
「は、おま、ちょ……」
「落ち着いてください」
「グリー、お前今何て言った?」
「落ち着いてください?」
「その前だ」
「エイリーと二人で行ってください?」
「……お前、わかってるよな?」
「少しふざけただけですし、お兄様だって聞き取っていらっしゃるでしょう?」
「……それは、まあ、そうだが」
「わたくし、エイリーの家に行きましたよ」
もう一度、お兄様にはっきりと告げる。
「グリー、どうやってエイリーの家を知ったんだ?」
「権力に頼れば一発でしょう」
どうやって探ったかまでは、企業秘密だけど。こうちょちょいと、ね。
1人の国民の、ましては有名人の家を探ることぐらい簡単なことだ。お兄様だってその気になればできるのに、真面目だから絶対にしないだろう。
「お前な……」
「まあ、エイリーの家には行かないほうがいいと思いますよ。ええ、あれは、駄目ですね。百年の恋も冷めますね……」
エイリーのゴミ屋敷っぷりを思い出してわたくしは、背筋に悪寒が走る。
あれは、人の住むところじゃない。そもそも、どうしたらあんなに汚い家が出来上がるのだろうか。
「そんなにか?」
「そんなにです」
信じられないという顔をするので、わたくしはきっぱり言って差し上げる。これが真の優しさというものだ……。
「こほん。というわけなので、お兄様、頑張ってきてくださいね」
「何をだ?」
「エイリーに告白です」
「はああ?!」
流石のお兄様も、今度は思い切り立ち上がって驚いている。
「エイリーは信じられないくらい鈍感なんですから、告白をしないと略奪なんてできませんよ。告白しても怪しいですけど」
「ちょ、グリー?」
「好きなんですよね?」
わたくしが真剣に問いかけると、お兄様はそれ以上に真剣に考えこんだ。
え、まさか本気で自覚なかったの?
「…………ああ」
長い考察の故、お兄様が絞り出した答えはこれだった。
おいおい、こんな調子で告白なんてできるのだろうか? もうちょっと頑張ってほしい。
先を思うと、とても心配になる。ふたりとも、恋に無縁だからな……。
前途多難である。
わたくしは呆れてため息を吐いた。
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