115 回復魔法の出番?

 魔物を倒し終わると、一瞬で視線が私に集中していた。


「すごい……!」

「あれってまさか……?」

「踊る戦乙女ヴァルキリーだっ!」

「どうしてこんなところに?」


 と、こんな風に、最初はこそこそと、そして次第に声のボリュームを上げて、ざわつき始める冒険者たち。もうこれくらいなら慣れた。私、成長したなぁ。


「私は踊る戦乙女ヴァルキリーのこと、エイリーです」


 ここにいる全ての冒険者が見渡せるところに立って、私はそう言い放つ。

 本当はこんなことしたくないが、人の命を救う方が先だ。


「重症の人から回復魔法をかけるので、教えてください!」


 私がそう言うと、「ここにいます!」「こっちも」と一斉に声が上がる。


 全ての声を正確に拾うことはできないので、私は近い人から回復魔法をかけていく。

 めんどくさいが、これが一番安全で確実なのだ。


 場所に作用する回復魔法、所謂エリアヒールができないことはないのだが、それだと個人にあった治療ができない。ある範囲に、均等に回復魔法が作用するからだ。

 軽傷者に合わせて魔法をかけると、重症者が拾えないし、重症者に合わせて魔法をかけると、軽傷者に余分な魔力がいき、扱いきれない魔力を弄んでしまう。

 細かい調整ができる人はできるのだが、私にはできるわけないし、そもそも回復魔法――――聖魔法を使える人は少ない。

 多分ここには聖魔法を使える人は私しかいない。だから、私が地道に1人ずつ魔法をかけるしかないのだった。



 * * *



 大方、重症者の治療は終わりかけた頃だった。


「エイリー、こっちもいいか」


 と、ファースに真剣な声で呼ばれたので、私は駆け寄った。

 そこまでは良かったのだ。いや、良くはないのだが、驚くことは何もなかった。


 驚いたのは、そこからだ。


 ――――ファースの膝を枕にして寝ていたのは、私の知っている人だったのだ。


「チェルノ?! それに、メリッサ?!」

「……エイリー!」


 そう、この間、アデルフェーで仲良くなった黒髪の姉弟、メリッサとチェルノがそこにいた。

 酷い怪我を負っているのはチェルノの方で、メリッサは今にも死にそうな表情でチェルノの手を握っている。


「知り合いなのか?」

「うん。この間、アデルフェーで仲良くなったの」

「そっか。嫌な偶然だな」

「本当にね」


 まさか、こんな地下迷宮で、しかも瀕死状態で再会するなんて思わなかったよ。こんな状態で会いたくなかったなぁ。


「メリッサ、今から回復魔法をかけるから、少し離れてくれる?」

「…………無理です」

「え?」

「チェルノはもう、助かりません」


 涙声だが、震える声ではっきりとメリッサは断言した。


「そんなことない。私、回復魔法使えるから、この傷は治せるよ。……それとも、私が信用できない?」


 回復魔法というものは稀なものだ。それ故に信じられなくて、拒絶する人も結構いる。そんな都合のいいものがあってたまるかって。

 その気持ちは分からなくもない。だけど、拒否されたからと言って、回復魔法を使わないのは本末転倒なので、私の場合は無理矢理かける。で、そのあと謝罪と感謝が述べられるのだ。不思議な話だ。


「違います。エイリーのことは信用してますし、尊敬してます」

「だったら、どうして……」

「もっと根本的な問題なんです」

「根本的?」


 私がそう尋ねると、メリッサは今まで以上に真剣な顔つきになった。それは覚悟を決めたかのような表情だった。


「私たち姉弟には、


 そして、驚きだけでは済まされない言葉を投下した。


「は? え?」

「言葉通りの意味です」

「それって……、まさか……?!」

「はい。私たちは、イスキューオ……砂の国の民です」

「砂の国の民?! どうしてこんなところに……?」

「事情が色々ありまして」


 メリッサは困ったように微笑むだけで、それ以上は何も話さなかった。

 え、てかじゃあ、どうするの? このままだとチェルノ、間違いなく死んじゃうじゃん。この状態だと私、何も出来ないよ……?


「どうして、それを早く言わないんだ」


 私が内心焦っていると、ファースの普段は聞きなれない、深い声の叱責がとんだ。

 その迫力に、メリッサは口を噤んで下を向いた。


「早く言ってくれたら、やりようはいくらでもあるだろう?」

「え?」

「砂の国の民に、魔力を込めて作った薬は効くのか?」

「は、はい、効力はいくら落ちますが、効きます」

「なら問題ないな」


 そう言って、ファースは腰のポシェットから、一つの瓶を取り出す。いかにも、“これは高級品です”ってオーラがすごい。


「それは……?」

「うちの家に伝わる秘薬だ」


 そしてファースは迷いなく、瓶の蓋をあける。

 いいの? つまりそれって、王家の秘薬ってことでしょ? 無闇やたらに使っていいの?


「お、お待ちください! そんなもの……!」

「人の命を救うのは当然のことだろう? それに、エイリーの知り合いを死なせたら、俺も心苦しい。使ってくれ」

「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」


 メリッサは恐る恐る瓶を受け取り、チェルノに飲ませた。

 するとゆっくりとだが、チェルノの怪我が治っていく。


 王家の秘薬すげぇ。瀕死状態を救っちゃうなんて。


「……あれ?」


 しばらくして、チェルノが目を覚ました。


「チェルノッ!」

「姉さん? ……あ、そうか僕は」

「この人が助けてくれたんだよ」

「え?」


 メリッサの言葉に、ファースに目を向けるチェルノ。

 最初はぼんやりしていたが、段々とファースを認識していく。


「……っ!」


 そして、いきなり目を見開いて素早い動きで起き上がった。


「どうかしたの、チェルノ?」

「……エイリーさん?!」


 ようやく私の存在も認識したようで、チェルノは驚きの表情を見せる。


「大丈夫?」

「あ、はい……」

「そんなにファースが怖かった?」

「いえ、あの、えーと、ゆ、友人によく似てて」

「ふーん、そっか」

「はい」


 何はともあれ、チェルノが無事元気になってよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る