116 消えた秘宝

 チェルノを治療した後は、私は軽症の人たちに回復魔法をかけた。

 この地下迷宮は回復薬を持ってない(回復薬は割と高級なのだ)、まだ駆け出しの冒険者も集まるからである。

 小さな怪我でも、いつ命取りになるかわからない。無視するわけにもいかないのだ。


 そんなこんなで、私とファースは戦いの後始末をしていた。



 * * *



 入り口の近くで魔物と戦っていた冒険者たちは、一旦引き返して行った。この状態で、地下迷宮攻略を続行するのは、不可能に近い。身体的な問題は勿論だが、ここで大きいのは精神的な問題だ。

 出ないはずの強い魔物が出た迷宮に、不安を抱えずに攻略しようと思えるのはよっぽどの実力者か、自信家だけだ。


 メリッサもチェルノも、他の冒険者と一緒に帰っていった。彼らには、聞きたいことがいくつかあったが、今は疲労を回復させるのが先だろう。しばらくは王都にいるんだろうし、焦る必要はない。


「……あった?」

「いや、見当たらないな」


 皆がいなくなった地下迷宮で、私たちは探し物をしていた。

 勿論、マスグレイブの秘宝だ。

 あの魔物の出現の仕方から、秘宝があるはずなのだが、どこにもないのだ。絶対にどこかにあるはずなのだ。


「どこいったんだろうねぇ」

「……魔物が食ってるとか?」

「いや、それはない」

「どうしてだ?」

「さっき、聖魔法使ったじゃん? その時、多分この迷宮の魔物全部倒しちゃったんだよね」


 落ち着いてからこっそりマップで確認したけど、一匹も魔物はいなかった。やりすぎちゃったかなぁ。


「は?」

「コントロールが狂ってさ、魔法が想像以上に効きすぎたんだよね」

「おい」


 呆れた顔で、ファースは私を見てくる。


 ちょっと酷くない? 魔物は倒せるなら倒した方が良いに決まってるし、そもそもコントロールが狂ったのは、他でもないファースのせいなんだけど?

 だから、私も負けじとじとぉ、とファースを見る。


「じゃあ、迷宮内を探しても、無駄足になる可能性が大ってことか」

「そうだね」


 魔物が集まっていたのはこの辺り、つまりは入り口付近だ。

 魔物は強い魔力に引き寄せられるので、ここに魔石がついてある秘宝があるはずなのだ。

 でも、この辺り一帯を探してもそれらしきものは見当たらない。


「……誰かが持っていったとしか考えられないな」

「……まっさかぁ。それらしきものを持ってたら、忙しかった私たちでも気がつくでしょ」

「そうか……? 俺たちはそんなこと確認してる暇なかったし、武具系の秘宝だったら、わからない可能性だってあるぞ?」

「そうなの?」

「見た目は普通の武器だからな」

「マジで?」

「マジだ」


 ええ、嘘でしょ? 違いくらいわかんないの?

 確かに、近寄らないと魔力の気配はわかりずらいけどさ、豪華な見た目とか特別な方法とかで、判別つかないの? 王家の秘宝でしょ?


 そんな意味を込めてじとぉ、とファースを見る。意味をなんとなく察してくれたっぽくて、横に首を振った。

 無いのかよっ! 秘宝って、それでいいのかよっ!?


「これだけ探しても見つからないってことはないってことだよねぇ」

「だよな」

「……案外、秘宝を盗んだ奴がここにいたりして」

「は?」

「だから、秘宝を盗んだ奴が目的を持って、ここに来たのかもしれないじゃん」

「……考えすぎじゃないのか?」

「ありえないわけではないでしょ」


 漫画やアニメの世界ではよくある展開だ。この世界も一応その部類に入るので、大いにありえるわけだ。実際、私と何食わぬ顔して喋ってたのかもしれない!

 そう考えると、不謹慎だけど、少しわくわくしてきた。


「それも、そうなのか?」

「誰だろ誰だろ」

「……楽しそうだな?」

「そりゃ勿論! だって、一歩犯人に近づいたんだよ?!」

「そうと決まったわけじゃないだろ?」

「決まってるんだよ!」

「どうしてそんなに自信満々なんだ?」

「もう、ファースはわかってないなぁ」


 こういう場合は、犯人は近くにいるんだから! そういうもんなんだから!


「いや、エイリーのテンションがおかしいだけだと思うぞ?」

「そんなことない!」

「ある」

「ないってば!」

「そうか」

「そうだよ!」

「まあ、わかったから、とりあえず帰らないか? どっちにしろ、ここにはないんだろ?」

「そうだね、ここに秘宝は無いと思う」


 なんか、ファースに上手く扱われてる気がするんだけど?

 そんなことを思いながら、私たちは迷宮の外に出た。



 * * *




「ふふ、かなり危ない所まで接触したんだ」


 地下迷宮内を、水晶に写して笑う影が一つ。


「面白くなってきたのかなぁ……?」


 楽しそうに、その影は独り言を漏らす。


「せいぜい、退屈しない前座を頼むよ。それが君たちを生かしてる理由なんだから」


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