97 踊る戦乙女、ガチギレする。

 私は、サルワに剣先を向け、呪文を謡う。


「光よ、悪い奴サルワを穿て。悪い因子サルワを祓え!」

「何の魔法なのかしら? ……うっ、ぐぐっ?!」


 一見何も起きない魔法。この魔法は、視覚で捉えることはできない。

 何故なら、


 だから、苦しむのはサルワだけ。シェミーの体も精神も傷つくことはないのだ。

 なんて便利な魔法なんだ! 小説で、ミリッツェアが悪魔退治に多用してたのも頷ける。


「な、何をしたのかしら?」


 ここで、初めてサルワがにたにたした表情をやめ、顔を青く染めた。

 してやったり、とは思わない。まだまだ足りない。私が、私たちがうけた屈辱の仕返しには。


「さあ、てね」

「……ふふ、惚けても、無駄よ? どんな魔法かくらい、私も、わかってるわぁ……」


 苦しそうにサルワは言葉を絞る。


「大方、精神の、悪いものを、祓う魔法でしょ……っ」

「……そうだけど?」

「中々治らないわねぇ、この痛み。流石、踊る戦乙女ヴァルキリーと言った、ところねぇっ?!」

「は?」


 サルワはこの痛みを治すかなのか?! 悪いもの――つまり、この場合のサルワ――を消すまでこの魔法は呪いのように、彼女に憑きまとうはずなのだ。

 なのに、サルワは時間が経つごとに、少しずつ元気を取り戻している気がする。


「どうして、そんなに……、驚いてるのかしら……っ。私の方が、驚いてるのよ? こんな魔法くらい、私なら簡単に処理できる、はずなのにっ?! 中々、消えてくれないんだけどぉ?!」

「……冗談でしょ。さっさと消えてくれないと、困るんだけど?」


 やっぱり、サルワは強敵だ。この魔法で倒せるなんて甘い見通しだった。何か、あと一つ決め手になる魔法はないかなぁ。


 私は必死に記憶を辿る。ただ、記憶力のない私は思い出すことが困難だ。くそぉ、自分の頭の悪さを呪う。

 シェミーの体と精神を傷つけないで、サルワだけを消滅させる方法。


 ――――ふと、小説のワンシーンが浮かぶ。


『ルシール様っ! 正気に戻ってくださいっ!』


 ルシールわたしが、悪魔と契約をしていることがミリッツェアにバレたときの話だ。


『どうして、やめなければならないの? 貴方に口を出される筋合いはないでしょ』

『黙れ悪魔っ! 私はルシール様と話をしているのですっ! ルシール様、負けないでくださいっ! じゃないと、私……。ルシール様が少しでも前に出てきてくれれば、やりようはありますっ! だから負けないでくださいっ!!』

『くすくす、面白いこと言うのねぇ、貴女。そんなにルシール・ネルソンこいつを助けたいの? 貴女をいじめたクズ野郎なのに?』

『はいっ!』

『だそうよ、ルシール?

 ……くすっ。お断りですって。ミリッツェアに助けられるくらいないなら、悪魔わたしと滅んだ方がマシだそうよ?』

『そんなっ?!』

『くすくす、可哀想なミリッツェア。でも、人の男を取ったあんたが悪いわよねぇ?』

『……っ!』


 とまあ、こんな感じだ。

 こう見ると、ルシールわたしって最低だなぁ、おい。


 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。大事なのは、ミリッツェアが使おうとしていた、難易度の高い聖魔法のことだ。

 何の魔法を使おうとしたのかは、ルシールが助けを拒否したのでわからずじまいだったが、きっと上級悪魔に対抗するための魔法だったのだろう。


 使える条件は、ミリッツェアの台詞から察するに、『本当の人格が悪魔の人格に勝つこと』。

 つまり、一瞬でもシェミーが、サルワを抑えて表面まえに出てくればいいのだ。


 サルワが魔法の処理に手間取っている、今がチャンスだ。


「シェミー、聞こえてる?!」

「ふふぅ、いきなりどうしたの、かしら?」


 笑みを浮かべるが、まだサルワは辛そうだ。

 私の魔法を消すのも、時間の問題だろう。早く、シェミーを起こさなくては。


「シェミー、こんな奴に負けないでっ! 私はシェミーを助けにきたのっ! シェミーをサルワに奪われるためにきたんじゃない!」


 届け届け届けと私は必死に叫ぶ。ありったけの想いを込めて。


「勝手にくたばらないでもらえる? 私はシェミーとまた話したいし、シェミーの料理も食べたいんだから!

 さっさと起きなさい! 言いたいことなら、私なんでも聞いてあげるし、不安はなんでもぶっ飛ばしてあげるからっ!」


 ぴくり、とシェミーの体が動く。


「い、いきなり何?! 今更出てきて、貴女シェミーに何ができると言うの?!

 ……エ、エイリー! た、助けてぇ」


 最後の言葉は、紛れもなくシェミーのものだ。

 よく頑張ったよ、シェミー。あとは、私に任せて。


「ふ、いきなり、な、なんだったの、かしら?」


 明らかに、サルワは戸惑っている。これ以上のチャンスなんてない。

 にい、と私は口角を上げ、呪文を構築し、詠う。成功するかどうかはわからないけど、やるしかない。


「神聖な光よ穿うがて悪しきもの、私はここに祈り捧げるっ!」


 風景は何も変わらない。ただ、明らかにサルワが動揺している。


「な、なんなのこれは?! 私が、消えるですって?! ありえない、ありえないわっ! まだ、魔王様にお会いできていないのに……! そ、そんなぁ!!」


 そう言い終えると、シェミーがその場に倒れる。私が慌てて駆け寄るが、静かに眠りについているだけだった。

 サルワの嫌な気配もなく、完全にシェミーの中から、この世界から消えたようだ。


 とりあえず私は、安堵の溜息を吐くのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る