50 恋に嫉妬はつきもの

 ミリッツェアの話が終わり、私たちは和解(?)したので、めでたしめでたしとなった。……なった、はずだ。

 だから、今度こそお暇しようと立ち上がろうとすると、


「エイリー、まだ話は終わってないわよ?」


 と、いつものミリッツェアの笑顔で言われてしまった。


「え? まだ何かあるの?」


 嫌な予感がする。本能が逃げろと告げている。

 一刻も早く、ここから撤退すべきだ。

 ただ……。


「また、今度でいい? 私、疲れちゃったし、父さんに会いに行かなきゃだし」

「ネルソン公爵には、ブライアン様から話がいくと思うから、大丈夫よ」

「でも私、疲れてるんだよねー!」

「あら、エイリーでも疲れることあるのね」


 ミリッツェアが逃がしてくれるはずもなく。

 にこにこと怖い笑みを浮べて、私を一直線に見てくる。


「……ミリッツェア、私のこと何だと思ってる?」


 私も人間だから、普通に疲れるんだけど。

 ミリッツェア、絶対私のこと化け物だと思ってるよね。そうに違いない。


 とにかく、私は逃げないといけない。これ以上、恥ずかしい思いをするわけにはいかないんだよっ!


 ミリッツェアは私の質問には答えないで、話を続ける。


「今度は私の話じゃなくて、エイリーの話が聞きたいの」

「喋る本人が疲れてるんだけどね」

「例えば、セーファース殿下の話とか」


 ミリッツェアの口から漏れた言葉に、ぴくりと反応してしまう。


「……何でよりによって、ファースの話なの? 今、一番しちゃいけない話じゃない?」


 低めの声で言うけれど、ミリッツェアはびくりともしない。

 流石、お貴族様。表情を崩さない。


「あら? 今だからこそ、する話だと思うわ」

「どうして?」


 意味がわからないんだけど。ミリッツェアの意図が、全くわからない。

 なんなのこいつ。


「疑問に思うなら、座って頂戴?」


 ミリッツェアがいたずらに成功した子供のように、にやりと笑う。


「疑問には思うけど、話ってろくなことじゃないだろうから、私は絶対聞かない! 帰る!」

「私、エイリーのそういうところ、好きよ?」


 靴音を荒々しく立てて、私は出口に向かっていく。

 そんな背中に、ミリッツェアは、


「まあ、恋人の妹に嫉妬したなんて、恥ずかしくて言えないものね」


 と、衝撃的な言葉をかけてきた。

 流石に聞き過ごすことはできず、あっという間にミリッツェアの前に戻ってきた。


「なななっ! ミリッツェア、あんた、なんてこと言うの?! は?! 嫉妬?! 私が?!」


 そして、私はミリッツェアの肩をつかみ、ぶんぶんと揺らす。


「は? はああ?! どうしたら、そんな考え方ができるの?! 意味わからないんだけど?! ミリッツェアって、そこまで恋愛脳だっけ?! は、はあああああ?!」

「……そろそろ気持ち悪くなって来たから、揺らすのやめてくれない?」

「え? え? どういうことさ?! 嫉妬?! 嫉妬って何ですか?!」

「エイリー、本当に限界なんだけど……」


 ミリッツェアの顔色が悪くなっている気もするが、そんなことを気にしている場合ではない。私の頭の中はぐちゃぐちゃなのだ。

 この女のせいで!!!


「エイリー、その辺で終わりにしよう?」


 そんな私を止めたのは、言うまでもなくシェミーだった。

 シェミーの声ではっとなった私は、とりあえずミリッツェアを揺するのをやめる。

 ミリッツェアは私から解放されると、背もたれに寄りかかってぐったりとしていた。

 少しやり過ぎたかも……。ごめんね。でも、あんたが悪いと思う。


「それとね、エイリー。私も、エイリーは嫉妬してると思うよ?」

「シェミーもそんなこと言うの?!」


 若干申し訳なさそうにシェミーは言うもんだから、強く言い出すことはできなかった。

 けどけどけど、嫉妬って何だよ、嫉妬って。


「だって、いつものエイリーなら、『浮気してやるんだから』なんて、捨て台詞吐かない。いつもなら、セーファース殿下ごとぶっ飛ばすでしょ?」

「…………」


 何も言えない。

 冷静になって考えてみると、確かにあそこまで怒ってたら、誰が相手でも問答無用でぶっ飛ばし、強引に解決していたと思う。

 ノエルちゃんに付き添ってきたのが、ファースじゃなくて、ベルナとかクレトだったとすると、なんのためらいもなしに、戦っただろう。


 流石、シェミー。私のことよくわかってる。

 だけど、それとこれとは話が別だ。

 これを認めるわけにはいかないのだ! 死んでも認めるもんか!


「そ、そんなこと、ないもん……!」

「顔に“その通りです”って書いてあるよ?」

「そ、そんなこと、ないもん……!」

「かなり無理あると思うよ?」

「そ、そんなこと、ないもん……!」

「うん。それしか言えない時点で、嘘だよね」

「そ、そんなこと、ないもん……!」


 ないんだもん……!(涙)


「いい加減に、認めたら?」


 顔色がだいぶ良くなってきたミリッツェアが口を挟んでくる。


「私は、セーファース殿下が好きで好きでたまりませんって。恋しちゃってますって」

「なななな……!」

「そうだよ、エイリー。エイリーだけだよ、認めてないの」

「なななな……!」


 ええ? 皆、知ってるってこと?

 私がファースを好きだって? ファース自身も?

 そんなに私、わかりやすい?


 いやいや、私がファースを好きって、決まったわけじゃ……! 決まったわけじゃ……。

 好きじゃない、と自分を誤魔化そうとするが、心臓がずきりと鳴る。

 ファースの悲しそうな顔が脳裏をよぎる。


 ……ああ、私、どうしちゃったんだろう。


「ああもう、認めれば良いんでしょ、認めれば! そうだよ! 私はファースが好きだよ! 私より妹を信じるから、嫉妬しちゃいました! これで満足?!」


 ここまで一息で言い切る。

 もうどうにでもなれ!


「潔いわね……」

「真っ赤なエイリー、可愛いよ」


 恥ずかしさで死にそうな私をニヤニヤしながら、ミリッツェアとシェミーは見ていた。


 本当、ミリッツェア、絶対許さないからなっ!

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