110 そろそろバレます?

 グリーが訪ねて来た次の日も、世間はアナクレト王子と踊る戦乙女ヴァルキリーの婚約の話題で盛り上がっている。

 本当どんな場所でもいつの時代も、皆こういう人様の恋愛事情(?)的なの好きだよなぁ。


 まだ一向にこの話題が収まる気配もないので、私はファースと出かける日まで家の外に出るのは最低限(食事の時だけ)にすることに決めた。

 依頼を受けなくても、お金は十分あるし、いつもそれなりに大変な依頼を受けてきたのだ。少しくらい休んでも問題ないだろう。

 久しぶりのぐうたら生活だ。惰眠を貪るのだ!


 ――――なんて、そんな生活が続くはずもなく。

 グリーが私の家に来てから三日後、デジレから連絡精霊アンゲロスが届いた。

“伝えたいことがあるから、いつもの所に来てくださいっす”、と。


 本当、タイミングが悪いよね、こいつ。

 少しは空気読んで欲しいなぁ……。


 かなり憂鬱だが、行かないという選択肢はない。

 私は重い腰を上げて、家から出た。



 * * *



「お久しぶりっす、戦乙女ヴァルキリーさん」

「本当、久しぶりだね、デジレ」


 そうして、私はデジレのもとを訪れていた。

 ここに来るまでに、いつも以上に人に見つめられ、噂されていた。それだけで、精神力がだいぶ削がれた。


「…………」

「…………」


 このタイミングでデジレに呼び出されたので、婚約の話だろうか?

 それなら高確率でベルナがいそうな気もするけど、見当たらない。ベルナも王族だし、色々と忙しいんだろう。


「…………」

「…………」


 静寂が場を支配している。

 デジレは口を開く気配もなく、じいっと私の瞳を覗き込んでくる。

 え、喋り出さないの? お前が話あるって呼び出したんだろ?


「何?! そんな見つめられても困るんだけど?!」


 そろそろ我慢の限界なので、半ば切れ気味で話を切り出した。


「いつものくだりないんっすか?」

「いつものくだり?」

戦乙女ヴァルキリー呼ぶなってやつっす」

「ああ、そういえば」


 もう、別にどうでもいいんだよね。どうせ言ったところで変わるとは思えないし。


「大丈夫っすか? それができないくらい、婚約が嫌なんすか?」

「いや、そんなことはない」

「じゃあ、それができないくらい婚約が嬉しいんすか?」

「断じて違うっ!!」


 そんなわけないだろ。というか、私のことなんだと思ってるの、デジレ。


「で、話って?」


 こんなくだりを続けていたら一向に話が進まなそうなので、私は話題をぶった切る。


「本当?!」


 デジレには、ルシール・ネルソンの居場所を探してもらっている。あと、マカリオスの様子や動きを、定期的に報告してもらっている(特にルシール・ネルソンのこと)。


 どうして自分の居場所を探してもらっているかというと、見つからないためだ。

 幻想魔法は使って、意識をアイオーン王都から逸らしているが、そもそも幻想魔法は種類にもよるが、親しい人には効きづらいのだ。

 私の使っている魔法は、“認識を薄めるもの”だ。つまり、私を“ルシール・ネルソン”として認識させないのだ。だが、ルシール・ネルソンわたしをよく知っている人は、そんな魔法があるとしても、認識できてしまう。

 感覚としては、友人は遠くから見てもわかる、みたいな感じだ。


「それで? ルシール・ネルソンはどこにいるの?」

「高確率で、アイオーンにいるっす」

「え?」


 まじで? そこまで突き止められた?!


「しかも、王都周辺にいるっぽいっす」

「はああ?!」


 なんで、なんで?!

 そこまでバレた? 仮にも幻想魔法使ってるんだよ?

 ルシールのこと知らないデジレには、効果あるはずだよね?!


「驚きっすよね。灯台下暗しとは言ったもんっす」

「え、あ、そ、そうだねぇ〜。そんなに近くにいたなんてねぇ〜」


 動揺をうまく隠しきれないが、まあこの様子だと私がルシールだということには気づいていないようだ。

 この場にベルナいなくて本当に助かったよ。


「このことに、マカリオスも少しずつ気づいているみたいっす。まあ、俺の方が早かったっすけどね」

「へ、へぇ……」

「その情報が入ってからは、ネルソン公爵は、血眼になって探しているみたいっすし。王家の人たちも割と本気で捜索にあたってるっすよ。近いうちにアイオーンにも協力を要請するとかしないとか」

「はあ、へぇ、ふーん」

「だから見つかるのは、時間の問題じゃないっすかね?」

「そーだねぇ、あはは」


 怖い、怖いよ?!

 やばい、嫌な汗が出てきた。


 百歩譲って、ネルソン公爵が死にものぐるいで探しているのはいいだろう。あの父親ならやりかねない。

 でも、どうしてマカリオスの王家までマジなのさ? もういいじゃん!

 確かにルシールは悪いことしたけどさ、ブライアンに婚約破棄されたし、おあいこでいいじゃん! ルシールかなりショック受けたし、もうよくない?!

 そんなに必死に探して、処罰するもんじゃないよね?!


戦乙女ヴァルキリーさん?」

「え、あ、どうしたの?」

「大丈夫っすか? 凄く動揺してるように見えなくもないっすけど」


 鋭い奴めっ! こういうのは見ないふりするのが、紳士ってものでしょうが!


「あはは、何言ってんの。意外と皆、手が早くてびっくりしただけだし。少し焦ってるの。ほら、捕まっちゃったら私、好き勝手できないじゃん?」

「ああ、因縁があるんっすよね、ルシール・ネルソンと。やり返すんっすよね」

「そうそう、そうなんだよ!」

「ルシール・ネルソン、凄いっすね。戦乙女ヴァルキリーさんに喧嘩を売るとは。何者なんすか?」


 なんで、喧嘩売ってることになってるの?

 そんな話してないよ、私は。

 でも、そんなことを突っ込んでボロを出したら、意味がないので、私は話に乗っかる。


「あはは、た、ただの我儘令嬢なんじゃない? そんなに強くはないけど、してやられちゃったのよねぇ、あはは」

「何されたんっすか、ルシール・ネルソンに」

「教えるわけないでしょ」


 そもそもそんな因縁ないから話せないし。それに、ルシール・ネルソンは私なんだから、因縁なんてつけようがないし。


「いいじゃないっすか」

「絶対、嫌だ!」

「そこをなんとか〜」

「嫌なものは嫌だっ! 用事はこれだけ?」

「そうっす」

「じゃあ、私は帰るね。お疲れ様っ」

「えぇ」


 不満の声を上げるデジレだが、そんなものは無視して私は部屋を後にした。

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