46 待ち人は来ない

 今日は、ゼノビィアと約束した素材集めに行く日だ。久しぶりに、ゼノビィアと2人で冒険で、少しわくわくしている。

 集合場所は、定番の冒険者省。なんだかんだで、1番都合がいいのだ。冒険者の大半は、ここで待ち合わせをする。便利だよね、冒険者省。


 私は、ゼノビィアと待ち合わせ時間のギリギリに冒険者省に着くように、家を出る。

 断じて、寝坊ではない。もう一度言うけど、寝坊じゃないのだ。


 冒険者省にいると、視線を感じたり、身に覚えのない噂が聞こえてきたり、パーティに誘われたり、色々とめんどくさいだ。だから、ぎりぎりに到着するようにしている。

 ほんと、やめてほしいよね、そういうの。まじ迷惑。



 そうして私は、待ち合わせ時間の1分前に冒険者省についた。

 丁度いい時間だろう。


 冒険者省の中に入り、冒険者が入り乱れる中から、ゼノビィアを探す。


 ……あれ、いない。時間に遅れてきたことのないゼノビィアがいない。寝坊でもしたのかなぁ。

 いや、ゼノビィアにかぎってねぇ。時間にうるさいゼノビィアにかぎってねぇ。


 きょろきょろとしていると、ゼノビィアじゃない人を見つけてしまった。

 無視無視。あいつとできるだけ関わらないことにしてるのだ。


 …………うわぁ、目合っちゃったじゃん。しかも、あっちも私に気づいたよ。


戦乙女ヴァルキリー様ー!」


 手を振りながら、ヴィクターがこちらに走ってくる。

 よし、知らない人のふりをしよう。

 そう決心して、私は地面とにらめっこする。


戦乙女ヴァルキリー様、早い時間に珍しですね!」

「…………」

「ちょ、無視しないでくださいよ〜」

「…………」

「あのぉ〜、戦乙女ヴァルキリー様〜?」


 ヴィクターが懲りずに、しつこく話しかけてくるので、無視を貫くのにも限界がやってきた。


「何?! というか、戦乙女ヴァルキリーって呼ぶな!」


 完璧な逆ギレである。自覚はある。

 うわ、とヴィクターはびっくりしていたものの、何事もなく会話を続けた。


「今日は、早いんですね」

「……まあね。ゼノビィアと素材集めに行くから」


 かなり図太い神経の持ち主・ヴィクター。

 お前のそういうところ、すごいと思うよ。


「そうなんですか! 羨ましいです」

「ついて来ないでね?」

「いきなりなんですか?! 酷いですね?!」

「だって、ゼノビィアとデートだもん。だから、ついて来ないでね」


 念のため、もう一度言う。真顔で。


「そんなに言わなくても、分かってますよ?!」


 俺信用ないですね?!、なんて、ヴィクターが焦った顔をする。


「それに、今日は残念ながら、行けないんですよぉ〜」

「ん? なんかあんの?」

「外れの村で、上級の魔物が出たんですよ。その討伐に俺らのギルドで、これから行くんすよ」

「へー」


 上級の魔物か。最近魔物が多かったり、強い種が出てきたり、色々物騒だよなぁ。


「なんか、軽いですね?」

「たかだかでしょ? レベルの高い冒険者が二、三人いれば倒せるって」


 所詮、本能のままに生きているのが、魔物なのだ。上級の魔物は多少の知能はあるが、高が知れている。


 本当に恐ろしいのは、上級魔物のさらに上の悪魔だ。奴らは、知恵と強さを兼ね備えており、かなり苦戦を強いられるのだ。

 まあ、私の敵じゃないけど。


「それは、戦乙女ヴァルキリー様だから言えるんですって。ひとりで悪魔二体倒してしまうんですもん。普通の冒険者は、死ぬか死なないかな戦いなんですよ?」


 真剣な顔をして、ヴィクターは言う。かなり緊張しているようだ。


「そんなに心配しなくても、ヴィクターの強さなら、大丈夫だって。気負いすぎる方が失敗するんだよ」

「……戦乙女ヴァルキリー様」


 そんなにうるうるした瞳で見られてもねぇ。当たり前のこと言っているだけだし。

 それに第一ヴィクターだし嬉しいと言うより、気持ち悪い。そういうのは可愛い女の子がやるもんだよ。


「はいはい。さっさと仲間のところに行きなよ。普通に頑張っておいで」

「はい! ありがとうございます!」


 ほんと、こいつ犬に見えるんだよなぁ。今は尻尾を振ってるように見える。


「あ、ねえ、ヴィクター」


 仲間のところに行こうとするヴィクターを引き止める。


「ゼノビィア、見なかった? 来ないんだけど」

「……見てないです」

「そう。待ち合わせ時間過ぎてるんだけど」

「もしかして、襲われたり、誘拐されたりされてるんですかね?」

「まさか。ゼノビィアだよ?」

「でも、ゼノビィアさん、可愛いじゃないですか」

「でも、ゼノビィア、強いよ?」

「……」

「……」


 まさか、まさかね?!

 ゼノビィア、普通に強いし。鍛冶師目指してる割に、結構強いし。めちゃくちゃ強いし!

 大丈夫、大丈夫、だよね?!


「……心配だから、探しに行こうかなぁ」

「そうした方がいいかもしれないですね」

「じゃあ」

「はい! 今度は俺と冒険に行きましょう!」


 そうして、ゼノビィアを探すべく、私は冒険者省を飛び出した。

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