31 タローマティはだ~れ?

 そんなわけで、パーティーから3日後。学園の実習が行われることになった。

 元々そんな予定はなかったんだけど、私がお願いしたことと、ミリッツェアの問題を解決するために、急遽実施することを決めたらしい。

 そんな訳だから自由参加なんだけど、成績には反映されるので、参加している人がほとんどならしい。


「というわけで、今回、ゲストとして参加してくれることになった、踊る戦乙女ヴァルキリーのエイリー様だ」

「よろしくどうぞ」


 教師に紹介され、私は皆の前でぺこりと頭を下げた。

 気の利いた言葉なんて言えないので(パーティーで学んだ)、余計なことは言わないことにした。めんどくさいし、それに今はツッコミ役であるファースたちが不在だし。


 ファースたちは一足先に、アイオーンに帰国した。ファースたちにだって、学園の授業があるし、アイオーン向こうでも魔物の騒ぎがあったらしい。

 マカリオスこっちの情報も伝えないといけないし、帰ることにしたそうだ。正直言って、私も帰りたかった。そろそろお家が恋しい。


 でも、ミリッツェアのことは気になるし、このまま帰ったら、父さんたちが絶対うるさいので、帰るのはもう少しあとになりそうだ。

 まあ、さっさと用事を済ませて帰るけどね!


「…………では、そういうわけで、各班気をつけてください」


 実習に関する教師の説明が終わると、生徒たちは集まって森の中に入っていた。


 そういえば、私の班ってどうなってるんだろう? そういうの面倒くさいから、単独行動がいいんだけど。

 何も言われてないから、ひとりで行動しちゃって良いのかな? というか、ひとりで行動したい。


 教師に聞いて、万が一にも『貴女の班は~』なんて言われても困るので、私は生徒たちの波に紛れて、さっさと森の中に入ってしまうことにした。

 それだったら、『知らなかったんです。てへっ☆』って言い訳が使える。


「……おい。先に行くなよ」


 そう決意して一歩踏み出そうとしたが、聞き覚えのある声に、というかできるなら聞きたくない声に引き留められた。


「…………ブライアン」

「俺の顔を見ただけで、心底嫌そうな顔をするな。俺だってお前の顔なんてみたくない」


 うげえ、と思ったのがバレバレだったみたいだ。まあ、それだけこいつのことは嫌いだから、仕方がない。


「それで、なんでここにいるの?」

「なんでも何も、俺とお前は同じ班だからだ。あと、ミリッツェアとリュリュな」

「え、聞いてないんだけど」

「あー、そういや言ってなかったな。というか、今回はミリッツェアのこともあるし、一緒に行動するのは少し考えればわかるだろ」


 馬鹿かお前は、と言わんばかりの目をしてくるブライアン。最高に腹立たしい。


「だからって、教えてくれないのは違うと思うんだけど! というか、私ひとりで十分だし!」

「はあ? ミリッツェアのことはどうするんだよ」

「それもひとりで何とかなる。というか、近くにいられると邪魔」

「邪魔って、お前!」

「エイリー、そんなに私たちは足手まといかしら?」


 ブライアンは怒りを含んだ声を上げる。

 途中から話を聞いていたミリッツェアも、少し寂しそうな顔をした。その側にいたリュリュはおろおろと不安そうな顔をしていた。


「はっきり言うけど、足手まといだよ。と言っても、パーティーの時とは違う意味での足手まとい、だけど」

「はあ?」

「相手は上級悪魔なんだよ。つまり、人の身体を依り代にするの。死んでいても生きていてもね。あんたたちは、悪魔に乗っ取られない自信ある?」

「……それは」


 ブライアンたちにとっては、上級悪魔は未知の恐怖だ。

 まあ、ほいほい上級悪魔に会ってる方がおかしいんだけどね。私にばっかり寄って来ないでほしい。


「そんな自信はありません」


 口を閉じてしまったブライアンの代わりに、凜としたミリッツェアの声が響く。その瞳には強い意志が宿っていた。


「だけど、私は知りたい。こんな風になってしまった原因である悪魔を、上級悪魔がどのような存在なのか、知りたい。身勝手なのはわかってるけど……。

 お願い、エイリー。私たちも連れて行って……、いや違うね」


 ミリッツェアの赤い瞳が、私から逸れる。


「上級悪魔を倒すところを見せて欲しい」


 鋭い瞳が、に向けられた。彼女の友人であり、付き人的な役割を果たしていた、信頼を寄せていた彼女に。


「ミ、ミリッツェア、様?」


 突然向けられた敵意に、リュリュは戸惑いと恐怖を隠せていなかった。

 …………まあ、それも全部、演技だろうけど。


「リュリュ。全てわかっているわ」

「な、何のことです、か?」

「とぼけないで。リュリュ・ゼビネ。いいえ、今の貴女は、リュリュであってリュリュじゃないわね。

 上級悪魔、タローマティ。それが、今の貴女でしょう?」


 リュリュはミリッツェアから逃れるようにうつむいた。

 そして、わずかな沈黙のあとに、声を上げて笑い出した。


「ふはははははっ! まさか、ミリッツェア様にまでバレてるとはねぇ! これは想定外だった。踊る戦乙女ヴァルキリーにでも、入れ知恵されたのか? いや、それは違うな。そこの王子様は僕が悪魔だって知らなかったみたいな驚きっぷりだし」

「……少し知恵は貸してもらったけど、この答えを出したのは私自身よ」

「そうかい、そうかい。参考までに聞きたいんだが、君はいつから違和感を感じていた?」


 けらけらと心底愉快だと言わんばかりに笑うリュリュ、改めタローマティ。

 いや、キャラ変わりすぎじゃね? 一人称『僕』だし、口調男っぽいし、あのおどおどしたリュリュちゃんはどこに行っちゃったの?!


 マカリオスに帰ってきて再会したときに、リュリュの魂が濁っているのはわかったけどさぁ……。

 こいつが、上級悪魔・タローマティだってわかってたけどさぁ……。


 いざ、目の当たりにすると、やっぱり驚くわ。

 シリアスムードを継続させられるミリッツェア、すごいわ。

 私、笑いを堪えるのが限界で、何も喋れない。


「違和感を感じていたのはずっと前。ルシール・ネルソンが姿を消したときくらいから。ただ、その違和感の正体がわからなかったし、リュリュも普通そうだったから、あまり気にはしてなかった。

 その違和感の正体が上級悪魔だって知ったのはほんの数日前。エイリーの話を聞いてね」

「つまり、僕は君の無知に助けられていたってわけか。踊る戦乙女ヴァルキリー、君はつくづく厄介だね。どうせ君は、初めて会った時から気づいてたんだろう?」


 タローマティが聞いてくるけど、私は答えない。答えないというか、笑いを堪えるのに必死で答えられないんだけどね。


「どうなんだい?」


 自分が無視されていると感じて、タローマティは明らかに不機嫌になる。


 これ、このまま喋らなくても、笑い出しても、どっちにしろタローマティの機嫌を損ねるんじゃ……?

 それなら、もういっそのこと我慢なんてやめたほうがいいよね。

 よし、そうしよう!


 そう決めた私は、大声で笑い出した。さっきのタローマティの爆笑なんか、比べものにもならない。


「あははははっ! もうだめ、我慢できない……! あはははははは! リュリュの変化、面白すぎでしょ! タローマティ、貴女、演技上手すぎ! 喋り方とか仕草とか、全く違うじゃん! ここまで違うと笑うしかないよ……! あはははは! お腹いたーい!」


 皆がぽかーんとしているのが目に映るけど、一度笑いだしたら止まらない。止められるものなら、止めてみてよ……!



 まあ、そんな感じで私はしばらく笑い続けていた。

 ツッコミ役ファースたちが不在なので、無秩序な私の笑いがただ響き渡っていた。


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