28 いちゃラブ回、挟みます(糖度増し増し!)

 ファースのせいで、空気が凍った避難部屋。

 当の本人はそんなことを気にすることなく、ブライアンたちの姿を探した。


 え、この状況、真顔でスルーしちゃうの?!

 慣れてない?! めっちゃ慣れてない?!

 え、ファースが怒るとこれって当たり前のことなの?!


「うわー、ファースがマジギレするの久々に見た」


 マジで怖え、と呟いているが、レノは呑気そうだった。


「……その様子だと何回も見たことあるって感じだね?」

「ああ。でも、両手で数えられるほどだ。ファースがあそこまで怒ることは滅多にないからな」

「だよね。私、初めて見たもん」


 穏やかな人ほど怒ると怖いって言うけど、迷信じゃなかったんだね……。

 絶対ファースを怒らせないようにしよう、と本日何度目かの決意をする。


 だって、本当に怖いんだもん!

 怒鳴るんじゃなくて、静かにじりじりと追い詰めて行くんだもん!

 冷笑を浮べてるんだもん!


 私の知ってるファースじゃなくて、なんだか寂しくなった。


「マジギレしちゃうくらい、ファースお兄様はエイリーのことが好きなのよ」


 ふふふ、とグリーは楽しそうに笑う。その言葉に、レノも「だな」と言って賛同した。


 ぼっと顔が熱を帯びる。


「ちょ、ちょ?! ふたりとも何言っちゃってるの?!」


 恥ずかしいんだけど?! 不意打ちやめてくれない?!


「あら、これくらいで照れる必要なくない?」

「ある! 私には大いにある! 私の恋愛経験舐めるなよ」

「そうよね。エイリーが経験豊富なわけないわよね」


 …………確かにその通りだけど、あっさりと認められるとそれはそれでムカつくなぁ。


 そんな感じで、空気が凍りきった部屋で、わいわいと騒ぐ私たち。

 この状況を気にしてないファースもファースだったけど、私たちもかなり神経が図太かった。


「声が大きいぞ? 部屋中に響き渡ってるぞ?」

「だろうね」


 誰も喋るどころか、息をするのにも気を遣ってる感じがするもんね。

 誰のせいって言ったら、戻って来たファースのせいなんだけどね。あと、ちょっと私のせいもあるかもしれない。


「ブライアン殿とミリッツェア嬢は、少々トラブルがあったらしくて、別室にいるらしい」


 この部屋の責任者にでも話を聞きに行っていたのだろう、ファースはそんなことを言った。

 この方、さっきまであんなに激おこだったのに、冷静すぎませんかね?


「部屋の場所は教えてもらったから行こう」


 私の手を自然にとりながら、ファースは部屋の出口へ向かった。


「……へっ?!」


 あまりに自然すぎたので、私は反応に遅れてしまう。


 ちょっと待って?! この流れでなんで手を繋がれないと行けないの?!

 私、逃げも隠れもしないし、歩くのだってファースより速い自信あるよ?!

 なのにどうして?!


 前を歩いているファースを見るけれど、やっぱりまだ腹が立っているのか、雰囲気が冷たい。

 だから、なんとなく聞きづらくて、後ろからついてきているグリーとレノに目で訴えかける。


 すると、グリーがため息を吐きながら、


「ああ見えて、ファースお兄様、まだ頭に血が上っているのよ。だから、大好きなエイリーの手でも繋いで落ち着きたかったんじゃない?」


 なんて、言ってきた。


「はああああ?!」


 なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!!!

 体中が熱を帯びてくる。きっと、私の顔は真っ赤なんだろう。


「男なら、抱きしめろよな」

「本当よね。たまには強引なことも必要だと思うわ」

「まあ、あいつはヘタレだからしょうがないだろう」


 君たち、何好き勝手言ってるんですかねぇ?!

 だ、抱きしめられるなんて、ハードル高くない?! 体密着するよねぇ?!


「それの上を行くエイリーも流石だと思うけどね」

「エイリーの場合、ヘタレって言うか、鈍感なだけだろう。あと、恋愛事情に疎すぎる」

「エイリーに恋愛をリードすることなんて、まず無理よねぇ」


 君たち、いい加減にしてくれませんかね?!

 私は手を繋いでるだけで、パニックなんだけど?! この状況が意味わからなすぎるんだけど?!


 幸せそうにからかってくる婚約者同士グリーとレノに文句のひとつやふたつ言ってやりたいが、そんなことも言えないくらい、心臓がうるさい。

 ファースにつかまれた手が、熱い。


 ――――私は、おかしくなってしまったのだろうか?


 こんな、手を繋いでるくらいで、動揺しちゃうだなんて。らしくない。


 どうすることが正解なのかわからないから、相変わらずグリーとレノの方を見ていると、私の心情を読み取ったようにグリーが口を開いた。


「ふふふ、お兄様をよろしくね?」


 からかうように、グリーは笑った。だけど、その笑いには兄を思う愛情が確かに含まれていた。

 そんなものを見てしまっては、無視することなんてできない。

 私は視線を、ファースの背中に移した。広い、男の人の背中だ。



 …………もうどうしろって言うのさっ! 意味がわからないんだけどっ!



 でも、ファースの様子がおかしいのは事実だ。さっきの私の驚いた声にも反応しなかったし、グリーたちの会話も聞こえてないみたいだった。

 ……まあ? 手を繋ぐくらいでファースが落ち着くなら、手くらい繋いでおいてもいいんだけど?


 ドキドキする心臓を無視しながら、私はファースの手を強く握り返した。


「……ファース、私の代わりに怒ってくれて、ありがとうね」


 おまけに、小声でそんなことを呟いた。

 返事も返って来なかったし、それらしい反応もしなかったので、多分聞こえてないんだと思う。

 まあ、私がお礼を言いたかっただけだからいいんだけど。



 …………ファースの耳がほんのり赤に染まったことは、照れくさかったから気づかないふりをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る