9 踊る戦乙女の夜逃げ
ブライアンたちとの面会を終え、とりあえずなんとか無事に、愛しの我が家に帰ってくることができた。
あの理性を失ったようなブライアンの必死さから、そのままマカリオスに連行されてもおかしくはなかった。だが、ブライアンたちはあと数日滞在するようで、それと一緒に帰ろうという話になったのだ。
だから私は一旦、家に帰ってくることができた! 万歳!
やっぱりいい心地がいいのは、マイホームだ。
多少散らかっていても、問題ない!
服やらゴミやらで床が覆われているが、おかまいなしに私はその上を歩き、ベッドに腰を下ろす。
「さあて、どうしよかなぁ」
着ていた息苦しい服をぽいぽーいと脱ぎ捨て、いつものだぼっとした部屋着に着替える。
少しほこりっぽい気もするが、落ち着くし安心できる。
私が問題としてるのは、言うまでもなくどうやって“逃げるか”だ。
マカリオスに連れて行かれない方法。死んでもマカリオスにもどりたくない。
ファースがあの調子だと、私は間違いなくマカリオスに連行される。
と言うか、あの人なんであんなこと言い出したんだ。仮にもなんだ、その、こ、恋人なんだから、かばうべき場面じゃないの? もしくは、離れるのが寂しいから引き留めるとか!
ファースの私への愛(?)の大きさがいまいちわからん。
「はあ……。マジで何で今更なのぉ……」
もうさ、ここまで見逃してたんだからさ、もう見なかったふりで良くない?
今、騒ぎ立てたところで、誰が幸せになるの? 誰も幸せにならないでしょ。数なくとも私は幸せにならないよ?
本当、余裕かましてばんばん魔法使うんじゃなかった。もう私、すっかり有名人だよ……。“踊る
アイオーンには私の隠れ場所なんてないんじゃないの? 自意識過剰ならいいんだけどさ、色々やらかしすぎて、ねぇ……。
「……夜逃げ。夜逃げしかないかなぁ」
次なる逃亡先はともかく、とりあえず田舎に逃げるべきだ。
よし、夜皆が寝静まった頃、さっさと逃げよう。
一応、お抱え情報屋であるメリッサたちには事情を説明しておかないと、と思い
……さあて、夜に備えて寝るか。
そうして、私は深い眠りについたのだった。
* * *
ぱち、と目が覚めた。私にしては珍しい寝起きだった。こんなに気分爽快に目覚めるとは。
よく寝たし、さっさと準備をして逃げるか。そう思いベッドからおりて、うーんとのびをする。
そこで私はあることに気がつく。
いやいやまさかまさか。
私は瞬きをして、目をこすり、もう一度窓の方を見る。
――――太陽の光が差し込む窓の方を。
「あはは、
私はほっぺをぎゅっとつねる。痛くない、夢に決まってる。
……嘘です、痛かったです、現実です。
「なんでこうなったぁぁぁぁ?!」
嘘でしょ、私どんだけ寝てたの?
この太陽の高さからして、お昼近いよね?
で、昨日は夕飯も食べずに結構早く寝たよね? 夜逃げの為に!
「落ち着け、落ち着け私……」
ブライアンたちが帰るのは明日だ。まだ猶予はある。今逃げても遅くはない。
そうだよ、白昼に堂々と逃げても変わらないじゃないか!
「よし、今から逃げるぞ。大丈夫、まだ間に合う」
そんな感じで、ほっと一息吐いた時だ。
こんこん、とドアがノックされる音が家中に響く。それはまるで悪魔の訪れを知らせるような音だった。
「ひええええええ!」
誰だよ、誰だよこんなタイミング悪くノックするのは!
心臓がドキドキするじゃないか! 本当に心臓うるさくて困ってるんですけど?!
「……うん、きっとあれだ。ゼノビィアかシェミーが部屋を片付けに来てくれたんだ。そうだよ、そうに違いない!」
「エイリーいるか?」
……響くのはファースの声。
「あはは、ファースが私の家を知っているはずがない。これは幻覚。幻覚なんだよ!」
「……ここであってるはずなんだけどな。グリーに聞いたし。近所の人たちもここだって言ってたし」
……グリーに聞いてたら、間違えるはずないよな。あの子、何回か遊びに来てるし。
「あはは、でも、こんなところに王子様がタイミングよくやってくるはずがない!」
まるで夜逃げをしようとしていたことがばれているみたいじゃないか!(もう昼だけど)
「エイリー、いないのか? もう、どこかに逃げたのか?」
……あれ、逃げようとしたのばれてる?
「でもさっき、メリッサとチェルノはまだ家で寝てるって言ってたから、いるはずなんだけどな」
……あれ、なんか情報漏れてる? というか、私の情報屋、私の情報勝手に漏らしてる?
……あれ?
……あれ?
「はあああああ!?」
皆さん、ことごとく私のこと裏切ってませんか?
そんなに私に恨みがありますか?
なんでこんなことするんですか!
私は怒りに任せて、玄関の扉を開けた。
「何か用? 裏切者のファース!」
「……とてもインパクトのある出迎えをどうもありがとう?」
ファースが戸惑いながらそんなことをいう。
彼が戸惑っているのは、私の言葉でもなく私の姿でもなく、ドアの隙間から見える私の部屋だ。視線が物語っている。
「……だから、グリーは行かない方がいいって言ってたのか」
「家が汚くて悪かったね!!」
「汚いってレベルじゃないだろ」
「そ、そんなことない!」
そりゃあさ、普通の人よりは汚いかもしれないけどさ、そんなこというまでじゃなくない?
私はそう信じてるよ!
「ってそんな話はどうでもいいんだよ。なんでファースがわざわざ私の家まで来たわけ?」
さっきのファースの言葉が聞こえてないことにして、話をもとに戻す。
「ただ単に来てみたいのもあったんだが」
「前からそんなこと言ってたよね」
「エイリーが夜逃げを企ててるって聞いたから」
「そうだよ、今から決行しようとしてたんだよ!」
「もう昼だけどな」
「私の中では夜ということにしたので問題ない」
「問題あると思うが?」
「ああもういいでしょ! 止めないでよ!」
ファースが知れっとした顔で言うので、段々と腹が立ってくる。
「私は帰りたくないんだよ!」
ルシールがしたこと、それによって傷ついた人たち。その人達の顔を思い出すだけで、胸が痛くなる。
そんな彼らに会いたくなかった。
申し訳なさで押しつぶされそうにもなるが、なにより
「どうしてもか?」
「どうしても! 絶対!」
「でも俺は帰ってほしい」
「なんで!」
ファースも引く気はないらしい。
私は彼がそこまでこだわる理由がわからなかった。いやがらせという理由しか思いつかなかった。
「エイリーを誤解されたままじゃ嫌なんだよ」
「は?」
「確かにエイリーは、悪名高き我儘令嬢ルシール・ネルソンなのかもしれない。でも、変わったんだ。“踊る
「……ファース」
ファースがそんなことを考えてたなんて。
彼の性格を考えれば、こんなことを考えていたんじゃ引くはずがない、か。
「私はそんなのどうでもいいんだけど」
「エイリーなら言うと思った。だけど、俺は皆に知ってほしい」
「そんなのファースの我儘じゃん」
「そうだな」
認めちゃったよ……。
というか、私のための我儘だよね、これ。
仮にも恋人の願いなんだから、叶えてあげないといけないのか?
恋人以前にファースには色々助けてもらってるし。
「わかったよ、帰ればいいんでしょ。帰れば」
「本当か!」
「これはひとつ貸しだから!」
「ああ、ありがとう」
笑顔で嬉しそうに感謝を告げるファース。そんなに喜ぶことか?
まあ、それでこそファースなんだが。
一件落着もしたし、夜逃げもなくなったし、さあて、もうひと眠りしようかな。
そんなことを考えているとファースの口がゆっくりと開く。
「エイリー」
「何?」
「その、家を掃除してもいいか?」
「は?」
「流石にこの散らかりようはな」
「……好きにすればっ!」
数時間後、ファースの手によって、私の家は床が見えるほど綺麗になった。
……というか、私より王族の方が掃除が上手ってどういうことだ?
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