8 エイリーの天敵・ファース

「まあまあ、ブライアン様。そんなに急かさなくてもいいじゃないですか」


 ブライアンが必死に頼み込んでる、滑稽な図を見て、ミリッツェアは「そう簡単に頭を下げるものじゃないですよ」、と嗜める。


「それに私的には、もっと別のことを聞きたいです」


 ミリッツェアは私を見て笑うが、笑ってるのは口だけで、目は笑ってない。いつでも貴女を倒す準備はできてます、と言わんばかりのものだった。

 怖いな、このヒロイン。なんなんだ、このヒロイン。


「……何かしら? 私は貴女に話すことなんてないわ」


 だったら対抗してやろうと、私は悪役令嬢の皮を被って応戦する。

 さっきの失敗を取り戻してやる!


「まだそのキャラ続けるんだな」


 笑いを堪えながら、ファースの快心のツッコミ!

 それは私にぐさりと刺さる!


「それ今わざわざ言うやつ?!」


 そして私もツッコミを返す! 悪役令嬢の皮を被らないまま!


「逆になんで、ルシールのフリしてるんだ?」


 フリって言うのはおかしいか、とぶつぶつ言いながら、ファースは私にこやかに見る。清々しい笑顔だな!


「いいじゃん別に、そんなの私の勝手でしょ! 邪魔しないでよ?!」

「でも結構、ぼろぼろだけどな」

「そう言うのは言わなくていい! もう知ってるから!」

「だったら、どうして続けるんだ?」

「私がやりたいからに決まってるでしょ!」

「我儘令嬢、ルシール・ネルソンを?」

「違う違う!」


 私が我儘令嬢、ルシール・ネルソンになりたいわけあるか! あんな奴には死んでもなりたくないし、戻りたくない。


「私がやりたいのは、『ざまぁ』だよ!」

「……ざまぁ?」

「一発逆転ざまあみやがれ!ってやつ」

「そんなのわざわざやってどうするんだ?」

「スカッとするじゃん」


 ブライアンにひと泡ふかせられるのは、私にとって最高なことなのだ!


「なんか、性格の悪い奴みたいだな」

「性格悪くて結構!」


 一度はやってみたいことじゃないか! 憧れることじゃないか!

 そのためなら、少しの汚名なら背負える。


「まあ、失敗してるけどな」

「だからそれは言わなくていいでしょ!」


 そんな不毛な言い争いをしていると、くすくすとミリッツェアの笑い声が聞こえる。


 はぁ?! あの怖いヒロイン、笑ってるの? この会話で?


「エイリー様は面白い方なのですね」

「……は?」


 ミリッツェアの言ったことをうまく飲み込めない。

 面白い? 私をそう思うの? 仮にも嫌がらせをしてきた本人に?


 ブライアンはぽかん、としたアホ顔でこっちを見ていた。


「ルシール様とエイリー様は別人なんですね。安心しました」

「色々言いたいことはあるけど、とりあえず私に“様”をつけるのはやめてください、お願いします」


 自分の名前を様付けで呼ばれるの、気持ち悪いんだよね。

 そんな可愛い顔で、『エイリー様』なんて呼ばれるのは、なんか敗北感があるからやめてほしい。嫌味にしか聞こえない。


「わかりました。では、エイリーさん、と」

「エイリーでいいです! あとは敬語もやめてください! お願いします!」


 ほんとやめて! 畏まらないで!


 私の気迫に押されてか、ミリッツェアは呆然としながらも、了承をしてくれた。

 ありがとう、ミリッツェア! 君は話がわかる子だと信じていたよ!!!


「それで、エイリー。貴女とルシール・ネルソンはどんな関係なの?」

「あー、それは話すと長くなるんだけど……」


 そうして私は、ミリッツェアとブライアンにファースにしたような説明を始めた。



 * * *



「そんなことがあったのか……」


 私が説明を終えると、疲れを吐き出すように、ブライアンは口を開いた。


「だから、ルシールはもういないよ。よかったね!」


 トラウマ級の元婚約者に二度と会わなくて済むと言うことだ。彼にとって、これ以上幸せなことはないだろう。


「いいわけないだろう……」

「どうして?」

「……ネルソン家はどうしろと言うんだ」

「それは頑張って!」


 ぶっちゃっけ私、関係ないし。

 あんな家族に会いたくないよ、私だって!


 だって、『愛するルシールはもういない』って思われるにせよ、『どんな姿でもルシールはルシールだ』って思われるにせよ、泣かれるじゃん! 絶対、大泣きされるじゃん!


「でも、お前はルシールなんだろう?!」

「今はエイリーです〜!」

「でも体はルシールなんだし、記憶だってあるんだろう?!」


 そりゃあ、あるけど。

 と言うか、ブライアン。君、必死すぎじゃない?


「そこまで必死になること?」

「本当に国がまわらないんだよ! 魔王復活したから余計に!」


 ……そんなにやばいんだ。怖いな、ネルソン家。


「……まあ、その話は一旦置いとくとして、本題に入らないか?」


 ファースは何やら考え込みながら、話題を移す。

 なんか不穏な空気が漂っているけど、話題が逸れたので問題なし!


 不満そうな顔をするブライアンだが、本題は魔王討伐についてなので、仕方なく頷いた。


「魔王討伐の協力体制についてだが」


 重々しそうに、ファースは口を開く。


「まずはルシール・ネルソン改め、エイリーの謝罪が先だよな?」


 ファースは表情を変えることなく言い切った。

 おいいい、貴様何を言い出す? 嫌な予感しかしないんだけど?!


「それはそうだが」

「国にも迷惑をかけたんだ。出向くのが礼儀だろうな」


 その言葉を聞いて、私とブライアンは同時に違うことを言った。


「裏切り者おおお?!」

「話がわかるな!」


 私は絶望に染まった顔をして。

 ブライアンは喜びに満ちた顔をして。


 ミリッツェアはその様子をくすくすと笑いながら見ていた。

 余裕でいいですね、ヒロイン様は!


「と、言うわけだ。これ以上話は進まないな」

「ちょ、ちょっと待って?!」

「でもエイリー、謝るって言ったよね?」

「言ったけど、言ったけどさ?!」


 何でここで裏切るの?!

 信じてた私が馬鹿だった!

 最大の敵は、ファースだった!


「じゃあ、話し合いはまた後日だな」

「そうだな」


 ファースとブライアンは、私なんかお構いしに、そう話をまとめた。

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