7 バレてもバレなくても平常運転

「では、改めて」


 ファースがそう言って、本格的に話し合いが始まった。とは言っても、非公式なものだし、私を除いた3人は学生だ。部屋にも私たちしかいないし、そこそこ気楽にいけそうだ。

 堅苦しいものにはならなそうで、一安心。


「アイオーン第三王子、セーファース・マスブレイブだ。そして、隣にいるのが」


 ファースが私に目配せをしてくる。

 自己紹介をしろってか。嫌だけど、するしかないよね。


「エイリーです」


 それだけ?、という空気が漂っていたが、ちゃんと名前は教えた。ファースだって、名前だけだし。何の問題もないはずだ。


「彼女こそが、“踊る戦乙女ヴァルキリー”と呼ばれている、アイオーン最強の冒険者で……、そして魔王に宣戦布告した張本人だ」

「まあ、しそうだな」


 ファースの紹介に、ブライアンが間をおかずにしれっと言った。

 くそ、ムカつくなぁ、こいつ。


「ブライアン様?」


 でもミリッツェアの笑顔に、ブライアンはひくっと少しだけ顔を強張らせた。

 ざまあみろ。


 こほん、と咳払いをしたブライアンは、自己紹介に移る。


「マカリオス第一王子、ブライアン・ニュージェントだ」

「ミリッツェア・アントネッティと申します。聖魔法の使い手、そしてブライアン様の婚約者です」


 ブライアンに続いて、ミリッツェアも華麗に告げる。

 流石ヒロイン、華がある。


「では、早速本題に移ろう」

「魔王討伐のアイオーンとマカリオスの協力体制の築き方だっけ?」


 鬼畜国王に色々言われたことにばっかり意識がいっていたので、この話し合いの趣旨がいまいちよくわかっていない。


「そうだ」


 ファースが答えてくれる。一応、公の場なので、きっちりとした声音で告げてくるが、絶対内心呆れてるってことが伝わってきた。

 ごめんなさいね! 人の話聞いてなくて!


「……てか、ブライアン。さっきから何で私のことじっと見てるの?」


 部屋に入ってから、ブライアンの様子はおかしかった。

 隣に可愛い婚約者がいるというのに、私のことを一定間隔で、ちらちら見てくるのだ。冒険者省を中心に、ジロジロ見られるのにはなれたので、たいして気にならなかったが、ここまで見られるとちょっと気になるよね。


「……見たことあるんだよな」

「は?」

「お前、どっかで見たことあるんだよな」


 ええええ、ちょちょ、気づいちゃう?! 気づいちゃうの?!

 さっき、私のことルシールだと気づかずに口喧嘩してたから、気づかれないで終わると思ってたんだけど!

 ええ、今になって気づく? 気づいちゃうの?!


 気づかない方がいいよ、それがお互いのためだよ!


「わ、私は、会ったことないと、思いますけど?」

「なんで若干、声が裏返ってるんだ」


 怪しい、とばかりにブライアンはじいと私を見てくる。

 うえええええ、見ないで! 見ないで! そんなに見られたら気づかれたちゃう! 幻想魔法も万能じゃないの!


「……あ」


 ブライアンは声を漏らすと、さああと青白い顔をする。


 あ、これは気づかれたな。詰みました、私の人生。


「ルシール・ネルソンだな?」

「……ち、ちちち、違いますけど?」

「いや、絶対にルシールだ。その髪の色、つり目、その声!」


 逆になんで今まで気づかなかったんだ、とブライアンは眉間を押さえながら、呟いた。


「ルシール・ネルソン! やっと見つけたぞ!」


 ブライアンは表情を一転させ、険しい顔をして私を睨んでくる。


 バレてしまったのなら、仕方がない。どうせ、バレるとは思ってたし。

 私はパチン、と指を鳴らして、アイオーンの王都にかけていた、幻想魔法を解除した。

 こいつらにバレたら、魔法をかけてる意味なんてないんだよね。それに四六時中魔法を持続させてるのも疲れるし。


 さあて、バレてしまったなら仕方がない。

 ちょっとばかり、悪役令嬢の演技をしてやろうではないか!


 理由なんて、ただひとつ!

 嫌がらせだ!

 国王に、ブライアンに、ミリッツェアに、嫌がらせしてやる!


「やっぱり、バレちゃったかしら」


 ふっと、いやらしい笑いを浮かべる。

 お、意外とルシール時代の感覚残ってるな。


「ルシール、俺から要求することはひとつだけだ」

「何かしら?」

「帰ってこい」

「嫌よ」

「お前に拒否権があると思うか?」

「あると思うわ。私を誰だと思ってるの?」

「頼むから、帰ってきてくれ!」


 どん、と机に勢いよく手をついて、ブライアンは頭を下げた。


「はあ?」


 予想外の展開に、私は思わず普通に驚いてしまう。


「お前の顔なんて、二度と見たくないが」

「ちょっと待て、それは酷いな」


 ブライアンの言い草に思わず、スピードツッコミをしてしまう。

 二度と見たくないとか、酷くない?


「……そっちが素なのか?」

「そ、そんなことはどうでもいいじゃにゃい」


 ……噛んだ。

 悪役令嬢風に言い返そうとしたら、噛んだ。


 ふ、ふふ、と隣でファースが手で口元を覆い、笑いを堪えていた。

 くそおお、ファースめ! 面白いかも、しれないけど! ちょっとは我慢しててよ!


「ど、どっちでもいいでしょう! それで、どうして帰ってきて欲しいの!」


 顔を熱くさせながら、私は強引に尋ねた。


「お前の顔なんて、二度と見たくないが」

「言い直す必要なくない?」


 そこからやり直すの? なんなの、嫌がらせ?


 だが今回は、ブライアンは私を無視して話を進める。


「ネルソン家が大変なんだよ!」

「……はあ」

「なんだその間抜けな声は!」

「だって、なんか大したことなさそうだから」


 私がそう言うと、ブライアンの怒りが急に雰囲気に現れた。


「お前、ネルソン家舐めてるだろ!」

「舐めてないと思うけど?」


 ほら、公爵家だし。結構権力持ってるんでしょ?


「舐めてるな! あの家の、親バカ度とシスコン度を!」

「はあ?」

「ルシールがいなくなってどうなったかわかっているのか!」

「わかるわけないよねぇ、そりゃ」


 ルシールを血眼になって探してるっていう大体のことは知ってるけど、詳しいことは知らないよね。

 だって国内にいなかったし。


「ルシールが戻ってこないと仕事しないって、家に閉じこもってるんだぞ!」

「は」

「冗談だと思ってるな。残念、真実なんだ。最初のうちは、多少元気がないながらも仕事はしていた。だが、だんだんとルシール不足になったネルソン家の方々は、ルシールの思い出話を同僚や知人永遠と話し、挙げ句の果てに仕事する元気がないと言い、屋敷に閉じこもっている」

「ま、まさか」

「おかげさまで、マカリオスは少しまずい状態なっている。なんせ、核と言っても過言ではなかった、ネルソン公爵が不在なんだからな」

「……」

「だから、国力をあげてお前を探してるんだ」


 ……ねえ、どうしてこんなことになってるの?

 そんなにやばかったけ、ネルソン公爵家。


 ……あ。やばかったわ。ルシール・ネルソンの好き放題にさせるくらいにはやばい家だったわ。


「とにかく、だから一度、帰ってきてくれ。国のために!」

「はあ……」


 加害者のルシールが、被害者のブライアンに帰って来てくれって頼まれてるよ。

 なんか滑稽じゃないか。



 ねえ、どうしてこんなことになったの?

 私、逃げただけだよね?

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