10 マカリオスへ向かう馬車の旅

 私は今、ブライアンとミリッツェアと馬車に乗っている。

 理由はもちろん、マカリオスに向かうためだ。


「はあああああああ」


 私が本日何回目だろうかわからない、盛大なため息を吐いた。

 呆れた顔でブライアンが、にこにこと笑ってミリッツェアが、私のことを見てくる。


「いい加減、ため息を吐くのをやめてくらないか。こっちまで不快になる」

「無理矢理マカリオスに連れて行こうとしている張本人が言わないでくれる?」

「だが、最終的に承諾したのはお前だ」


 そう言われるとその通りだが、納得がいかない。


「でも、行かなくていいなら、行きたくないよ。というか、絶対帰ってやるもんか」

「では、何故エイリーは、こうして私たちと一緒にマカリオスに向かっているの?」


 私が漏した不満に、にこにこと笑顔を浮べながら、ミリッツェアは聞いてくる。


 ええ、それ聞いちゃう?

 恥ずかしいから、言いたくないんだけど。


「別に何だっていいでしょ」

「でも気になりますわ」

「別に教える必要はないでしょ」

「でもどうして、エイリーが文句を言いながらも、おとなしく馬車に乗っているのか気になりますわ」


 きらきらとした瞳で、ミリッツェアは私を見てくる。

 どうしてそんなに気になるんだ? 別に、ミリッツェアには関係ないでしょ。


 でも、ミリッツェアはきらきらした瞳で、私を見つめてきて、そして「どうして」と繰り返し聞いてくる。

 正直言って、しつこい。執着心がやばい。

 だから私は悟った。


 ――――こいつ、諦める気ないな。


 本当、ミリッツェアってこんなヒロインだったけ?

 そろそろこいつが本物か怪しくなってきたぞ……?


「あのさ」

「はい何かしら? やっと話してくれるの!?」


 反応早いな、こいつ。


「……それさ、どうしても言わなくちゃ駄目?」

「気になりますわ。ブライアン様も気になりますよね?」


 きらきらした瞳で――もっと言えば、圧をかけるような瞳で、ミリッツェアはブライアンを見て、にこりと微笑んだ。

 ……微笑んだのか?


「まあ、正直気になるな。こんな不満そうな奴が来た理由は」


 にやり、とブライアンは笑う。

 こいつは好奇心半分、嫌がらせ半分でこう言ってるな。むかつく。

 ちなみにミリッツェアは、好奇心100%だ。


 2人は期待を込めた目で、私をじっと見てくる。その目つきがそっくりで、腹が立った。

 でも、2人同時にそんな目をされたら、いくら神経の図太い私でも、我慢の限界だ。話すしかない。


「……わかった、わかったよ! 話せばいいんでしょ、話せば」

「ありがとう、エイリー!」

「ただし、私の質問が先だからねっ!」

「……質問?」


 ミリッツェアが不思議そうに首をかしげる。

 その仕草はいちいち可愛かった。流石、ヒロイン。


「そう、ミリッツェアに質問」

「私に?」


 にこにこした顔から一転、ミリッツェアは真剣な顔になる。心なしか、空気も重くなった。

 そんなに堅い質問じゃないから、かしこまらないでほしいんだけど。


「別に難しい質問じゃないから。ピシッとしないで。私そういうの苦手なの」

「そうなの?」


 ミリッツェアがほっとしたような表情を浮べ、また笑顔に戻る。切り替えの仕方がスムーズだなぁ。


 ミリッツェアが気を抜いたのを確認して、私は口を開いた。


「ミリッツェアってさ、変わったよね」

「え?」

「わからないとは言わせない」


 なんとなくとぼけるような声と表情だったので、少しだけ厳しい口調で返す。


「ミリッツェア。貴女、間違いなく変わった。ルシールの記憶の中にいる貴女と違う」

「……そうかもね」


 ミリッツェアはふう、と息を吐き出しながら、認めた。


「変わった、っていわれることは多くなった。そして同時に嬉しかった。だって、変わろうとして、変わったから」

「どうして?」

「貴女のせいですよ」


 迫力のある鋭い視線で、私を見てくるので、私は思わずドキリとしてしまう。


「貴女のせい、というのは少し語弊があるのかな。“ルシール・ネルソン”のせいですよ、私が変わらなくちゃいけなくなったのは」


 あー、貴族社会の問題かぁ。

 ミリッツェアはいくら、聖魔法の使い手とは言え、所詮伯爵家の令嬢。王家に嫁ぐにしては少々不相応だ。ルシールが公爵家筆頭の令嬢だったから、なおさら。

 王家に認められても、不満に思う貴族はいるだろう。

 だから、そんな貴族たちに有無を言わせないような令嬢になるしかなかったのか。


「まあ、私はどっちにしろ呑気でのほほんとした伯爵令嬢じゃいけなかったので、どんな理由があったにせよ私は変わらなくちゃいけなかった。だから、そういう面では感謝してるし、誰かのせいにするつもりもないの」

「ふへええええ」


 ミリッツェアの大人っぽい考え方に思わず間抜けな声を出してしまう。

 それにきょとんとするミリッツェアと、若干引いてるブライアン。


「そんな面倒くさい事考えなくていいじゃん。もっと気楽に生きようよ」

「お前が楽観的なだけだろ」

「はあ? そんなに肩の力入れてたら疲れるだけでしょ」

「ミリッツェアに関しては納得だが、お前はもっと肩の力を入れろ」

「嫌です~」


 私は誰になんて言われようが全力で楽な生活を送るのだ!


 ミリッツェアは私たちのやりとりを見て、クスクスと笑い出す。


「お二人とも、ありがとうございます。でも、私は変わると決めたので」

「そ、じゃあ好きにすればいいんじゃない? まずくなったら、ブライアン止めるでしょ」

「俺に丸投げかよ」

「え、そんなこともできないの?」

「やるけどさ」

「ならなんの問題もないじゃん」

「まあ、そっか」


 ブライアンはミリッツェアの事が大好きだから、彼女のためならなんでもするだろう。そこは安心できる。


「ところでさ、ブライアン」

「なんだ?」


 こそっとブライアンに話しかける。


「ミリッツェアの変わり方ってちょっと、変じゃない? なんていうか、令嬢らしさも出てきたけどさ、なんというか、母親味も出てきてない?」

「……お前それ絶対ミリッツェアに言うなよ」


 あ、否定はしないんだ。

 なんか、ここ数日のミリッツェアを見てると、なんとなくお母さんみたいなんだよね。特にブライアンに対して。


「どうかしました?」

「あはは、なんでもないよ~」

「じゃあ、今度はエイリーの番ですね」


 ちっ、覚えてたのかよ。

 なんだこの話の流れで忘れてくれれば良かったのに。


「私はちゃんと答えましたよ」

「はいはい、わかりましたよ」


 そして私は語り出した。



 理由を言って、ブライアンに笑われ、ミリッツェアに微笑ましそうに見られた。

 これだから、言うのが嫌だったんだよおおお!

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