19 そういうもんならしい

「面白いな、踊る戦乙女ヴァルキリー殿は」


 さんざん3人で笑った後、ファースがそんなことを言ってきた。笑った後、と言うよりは、爆笑がおさまった頃、と言う方が正しい。だって、まだ若干笑ってるもん。

 本当になんでこんなに爆笑してるんだよ。なんかムカつく。


「あのさ、何か面白いとこでもありました?」


 不機嫌を露骨に表情に出しながら、私が尋ねると、彼らはまた、くすくすと笑い始めた。

 本当に何なの? 何なの? わけがわからん。

こいつら、本当に笑うのが好きなんだねぇ。


「本当に何なんですか?」

「あ、敬語を使わなくて良いわよ」


 私が割と丁寧に質問すると、グリーにそんなことを言われた。ファースたちも賛同しているらしく、うんうんと頷いていた。


 …………え?

 なんか、そんなことを言われると、裏があるように思えちゃうんだけど? 君たちお偉いさんでしょ? 権力者でしょ?

 普通に怖いんだけど?!


 そんな私の心情を察したのか、彼らはまた爆笑を始めた。

こんなに笑ってよく疲れないな。それでもって、この爆笑姿も絵になるってどういうことですかね?


 こいつら、本当に何なんだ? 到底王族には思えないぞ? まさかの偽物?! いや、そんなこと絶対にありえないけども!


 流石に、笑っているのを見ているのは疲れたし、イライラしてきた。

理由もわからないまま爆笑されてる、私の気持ちにもなれよ! 軽くいじめだよ、いじめ!


「……そろそろ本題に入りたいんだけど」


 だから、少し声色を変えてそう言った。取り敢えず、お言葉に甘えて、タメ口で話す。ていうか私、そんな敬語に得意じゃないし。


 その事に気がついた彼らは、すぐに笑いを止めた。

 流石、王族。切り替えるのがお上手だ。


––––––––––––––––というか、すぐに笑いが止められるなら、爆笑するなよ。


「すみませんね、踊る戦乙女ヴァルキリー殿。楽しかったもので」


 今までまともに話さなかったレノックス––––––––––レノだっけ?、が、そんなことを言った。

本当お前、笑ってただけだったよな。一番つぼってるように見えたのは気のせいじゃないだろう。

なかなか愉快な性格をしていそうだ。


「踊る戦乙女ヴァルキリーと呼ぶのはやめて。エイリーでいい」


 “踊る戦乙女ヴァルキリー”なんて、長ったらしい名前でわざわざ呼ばなくてもよくない? 厨二病チックだから、呼ばれるのちょっと恥ずかしいんだよね。

それに私には、“エイリー”って名前あるし。


「分かった、エイリー。俺のことはレノでいいぞ」


 レノってさっき名乗ってた偽名じゃん。いや、元々愛称みたいな感じはしてたけどさ! 私も心の中で、レノって呼ぶことにしたけどさ?!

愛称を偽名にするとか! 駄目でしょそんなの! ありなのそんなの!


……まあ、呼び間違えることはないというメリットもあるんだろうけど。

私は到底そんなことはできないなぁ。愛称でなんて呼ばれたら、バレる可能性も増えるし。


 ……私自身そんなことをしているような気がするけど、それは不可抗力だし! というか、エイリーと呼ばれても、ルシール・ネルソンだったことはバレないし!

セーフだ、セーフ。


「じゃあ、わたくしのこともグリーと呼んで頂戴、エイリー」

「俺のことは、ファースでいいぞ。エイリー」


 と、レノに乗っかって、グリーもファースもそんなこと言ってきた。


 流れになるのが上手だなぁ。さりげなく私の名前を呼んでくる。

すげぇなぁ、王族。コミュニケーション能力やばいなぁ。


でもまあ、彼らから提案してきたんだし、遠慮することはないよね。

こいつら、結構失礼だし、私もずけずけ言っていいよね。いいに決まってるよね。


「わかった、遠慮なくそう呼ばせてもらうし、敬語も使わない。遠慮しないから」


 その言葉に、彼らは満足そうに頷いた。

 なんなんだ、こいつら。そんなんでいいのか、王族。


「で? 何がお望みなの?」


 私はを尋ねた。

ここまで、私のご機嫌をとったということは、きっと何かしらの要求があるのだろう。


私はこれでも、“踊る戦乙女ヴァルキリー”と呼ばれる、英雄ですから!


 しかし、彼らはいつも、私の予想をはるかに上を行く。


 3人とも、ぽかんとして、首を傾げた。何言ってんだこいつ、みたいな顔をして。


 ……はい?

 はいいいいい?


ちょちょちょ?! ちょっと待って?!

要求、要求ないの?! まじで?!

えええ、今の結構決まったと思ったんだけどなぁ?!

こんなんだったら、ただの恥ずかしい奴じゃね?!


「え、何にも要求がないの? え、え、え」

「逆になんで要求なんてあると思ったんだ?」


 私の考えに、ファースは疑問を持ったようだ。グリーもレノも同じように感じているっぽい。


「じゃあ、なんで私にタメ語とか、愛称呼びとか、許したの?」


 謎すぎる。偉い人って、敬称とか、敬語とか、身分差とか、特別扱いとか、好きなんじゃないの?!

いや、偏見なんだろうけどさ。超偏見なんだろうけどさ?! 少なくともルシールは大好きだったよ?!


「深い意味はない。ただ、エイリーのことを気に入った。親しくなりたいと思った。

つまりは友人になりたいと思った。それだけだ。そうだよな?」

「ええ、それ以上もそれ以下もないわ」

「それにエイリーは、俺たちのことを助けてくれた恩人だしな。恩人に敬語使われるとかそれこそおかしいと思わないか?」


 三者三様に、私の考えを否定した。


「…………そういうもんなの?」


 私がよく分からないまま尋ねた質問に、

「ああ」

「そういうものね」

「そういうもんだ」


 彼らは同時に返事をした。


 はぁ、そうなんですか。

 ……よく分からない。だけど、悪い人たちじゃなさそうだ。多分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る