46 踊る戦乙女の浮気相手

「……で? どうしてお前がここにいるんだ?」


 私の前にいるのは、眉間にしわを寄せて、今にも舌打ちをしそうなブライアンだった。


 私は今、マカリオスの王城にいる。理由は至って簡単で、ファースとしばらく会いたくないから、国外に出たと言うわけだ。

 浮気云々を置いといて、しばらくネルソン公爵家にお世話になろうかなぁと思い、父さんに会うべく王城に来たんだけど、そこでブライアンに捕まった。

 まあ、私の知り合いで、浮気相手になれそうなのはブライアンだけだったし、丁度いいんだけど。


 と言うわけで、私とシェミー、ブライアンとミリッツェアは応接間で話をしている。

 ミリッツェア、元気そうでなによりだ。


「浮気相手らしき人があんたくらいしか思いつかなかったから?」

「そういうことを真顔で言うなっ!」

「そういえば、浮気してやるーって言ったものの、私に男の知り合いそんないなかったなぁ〜って。だから仕方なく、あんたのところに来たわけ」

「待て待て待て待て。話の流れがよくわからないんだが?!」


 ブライアンはもう限界だと、大声で叫んだ。

 まったく、落ち着きがなくて困っちゃうよね(深いため息)


「話の流れくらいわかってくれない?」

「お前の説明が摩訶不思議すぎて、理解ができない」

「私、変なこと言った?」

「変なことだらけだ!」


 ちゃんと、説明したはずなんだけどなぁ。

 どうして、ブライアンはわからないんだろうか?

 うーん……。


「はっ。もしかして、言葉がわからなかったりする?! なんかごめん……」

「……真剣に謝るなよ。俺が本当に言葉がわからないみたいじゃないか」

「わからないんじゃないの?」

「どうして不思議そうにする。こうして、会話ができてるだろうがっ!」

「あ、確かにっ!」

「……もうツッコミ入れるのも嫌になる」


 はあああ、と深いため息を吐いて、ブライアンは言う。

 むむ、なんで私が呆れられてるんだ? 今回は変なことそんなにしてないと思うんだけど!


「ふふふ、エイリーは相変わらずね」

「ミリッツェア……」


 ミリッツェアが疲れたブライアンの代わりに会話を引き継ぐ。

 と言うか、あんたの恋人と浮気するって言ってる女の前で、よくそんな笑顔でいられるよね。いや、私も本気じゃないんだけどさ……。

 もっと、女って嫉妬深いもんじゃないの?


「理解しがたいことだけど、今まで話してくれたことは本当なのよね? だって、エイリーが嘘を吐くなんて器用なこと、できるわけないものね」

「けなされてる気がするんだけど、まあその通りだよ」

「行動そのものがエイリーらしいし」

「エイリーらしいって何?!」


 ミリッツェアも言うようになったなぁ……。


「……そう言われればそうだな。こいつは常人には理解できん」

「ブライアンに言われるとムカつくのはどうしてなんだろうね?」

「さあ? 俺に聞くな」


 と、ブライアンはさらりと流して、シェミーに目向ける。私と話すのは諦めたようだ。

 そういうところもムカつくんだよっ!


「改めて、初めまして。私はマカリオスの第一王子、ブライアン・ニュージェントと申します。シェミー、と呼ばせてもらっても?」

「うわ、きも」

「余計な口を挟むな」


 いきなり、キラキラした王子様の仮面をかぶるもんだから、つい本音をもらいしてしまった。

 でも、背中がゾワっとするくらい恐ろしかったんだから、仕方ない。


「初めまして、シェミー。私は、ミリッツェア・アントネッティ。ブライアン様の婚約者です」

「は、初めまして。シェミーと申します。シェミーとお呼びくださいませ」


 緊張しているのか、シェミーはたどたどと話す。言葉遣いも丁寧だ。


「シェミー、そんなかしこまらなくても大丈夫だって! だって、ブライアンとミリッツェアだよ?」

「……ブライアン様とミリッツェア様のことたいしたことない的なことに言えるの、エイリーくらいだよ」


 あはは、とシェミーを勇気づけようとしたら、困ったような笑顔を返されてしまった。


「……なんで?」

「何でも何も、王太子殿下とその婚約者だよ?」

「まあ、その王太子殿下の元婚約者だしね、私」

「それはそうだけど、それにしたって、フレンドリーすぎない?」

「そうかな? ファースたちにもこんな感じだから、慣れちゃった」

「エイリーの感覚がわからない……」


 確かに王族とフレンドリーに話すことに慣れるのは、おかしいことかもしれない。しれないけど、慣れちゃったから仕方ないよね。慣れって怖いね。


「シェミーも大変ね」


 そんな私たちを見て、くすくすとミリッツェアが笑う。


「いえ……。助けを求めたのは私ですし」

「エイリーが力になるのは事実だものね」

「はい。頼もしいです。変なところはありますが」


 ……これって褒められてるんだよね? そういう認識でいいんだよね?

 なんか釈然としないなぁ。


 すると、ミリッツェアはまた、くすくすと笑いを漏らす。


「シェミー。私相手にそんなに堅くならなくていいのよ?」

「でも、お貴族様ですし……」

「シェミーだって、ゼーレ族の最後の族長の娘なんでしょう?」


 どこからそんな情報を仕入れたんだろうこの人。

 ここにきた過程を説明する上で、ちょーとシェミーのことは話したけど、そんな話は一切しなかったはずだ。

 お貴族様のネットワーク怖い……。


「それは事実なんですけど、実感もないですし、だからといって、身分が変わるわけでもないです」

「そんなこと抜きにしても、気にしなくていいのよ。私、シェミーとお友達になりたいの。それだけ」


 ミリッツェアがにっこりと笑うと、シェミーは黙り込んでしまう。シェミーはこういう押しに弱い。


「ね? いいでしょ?」

「……わかりました。ミリッツェア様がそう言うなら」

「ミリッツェアでいいわよ」

「じゃあ、ミリッツェア」


 照れ臭そうに、シェミーは言う。可愛い。

 呼ばれたミリッツェアも頰を赤く染めていた。


 なんさこれ。私、何見せられてるの?


「エイリーもあれくらい謙虚だといいんだがな」


 そんな彼女たちの様子を見て、ブライアンはぼそりと呟いた。

 まったく、美しい友情に水をさしやがって。


「何か言った?」

「聞こえなかったことにするな」

「ごめんねぇ。耳が悪くて」


 あはは、と笑うと、ブライアンも乾いた笑いを返してきた。



 ……私もあっちに混ざりたい。



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