幕間 悪魔の密会

 闇が深まるその時間。コツコツと薄暗い路地裏に足音が響いていた。

 時間が時間のうえ、滅多に人が通らない場所のため、足音はひとつしか聞こえない。


 そして、その足音が止むと、歩いていた少女――アエーシュマが口を開く。


「久しぶりだねぇ、ドゥルジ。まさか、あんたから接触してくるとは思わなかったよ。というか、よく人間の中に溶け込めてるね。驚いたよ」

「私をなんだと思ってる。そう言う君は変わってない。アエーシュマ」


 上級悪魔の中でも、屈指の実力者五悪魔衆マンユ・ダエーワである、ドゥルジとアエーシュマ。

 そんなふたりは、ディカイオシュネーの路地裏で再会を果たした。


「踊る戦乙女ヴァルキリーに気に入られてるとは予想外。脳筋同士、気が合うの?」

「脳筋でくくるな。あれは別次元の生き物だよ」

「アエーシュマも大概。楽しいことがあればそれでいいってところ、どうにかしてほしい」

「嫌だね。私の唯一の生きがいなんだから」


 淡々と、でもはっきりと物を言うドゥルジに対し、アエーシュマはべーと舌を出した。まるで、子供を相手にするような態度だった。


「どうして子供扱いをする。私の方が頭良い」

「そりゃあ、あんたの方が頭良いけどさ、なんて言うか。喋り方が子供っぽい」

「余計なことを喋らないだけ」

「その割には余計なこと喋ってると思うけど」


 特に、アエーシュマに対する嫌味が酷い。


「それで、どうなの?」

「どうって何?」


 雑談を切り上げ、ドゥルジは話題を切り出したが、簡潔すぎてアエーシュマには伝わらなかった。

 いや、伝わらなかったふりをした、と言うべきだろう。

 ドゥルジが接触して来たときから、彼女の目的はなんとなく察していた。


「言わないとわからないの? 踊る戦乙女ヴァルキリーについて。何かわかったことある?」

「どうだろうね」

「茶化さないで」


 鋭い目で見られたので、やれやれとため息を吐いて、アエーシュマは話し出す。


「茶化しはしたけど、冗談じゃないんだよなぁ。残念ながら」

「どういうこと」

「踊る戦乙女ヴァルキリーに弱点らしい弱点が見つからないんだよ、残念ながら。大抵のことは、ごり押しでなんとかできちゃうんだよ」

「どういうこと……」


 ドゥルジはわかりやすく混乱していた。

 それもそうだろう。

 弱点らしい弱点がないというよりは、力でなんとかできてしまうくらい強いってことなんだから。


「言葉の通りだよ。まあ、サルワを倒して、魔王様と互角にやり合うだけはあるよね。こうでなくっちゃ」

「……楽しそうにするアエーシュマ、おかしい」

「おかしくないよ。だって、最高に楽しいじゃん? わくわくするじゃん?」

「……理解できない」


 五悪魔衆マンユ・ダエーワでも、才能の種類はそれぞれ違って、ドゥルジは策略、アエーシュマは戦闘に優れている。ふたりは真逆であった。

 まあ、才能だけの問題ではなく、根っからの性格も関係してそうだけど。


「それよりも、私はあんたに聞きたいことがあるんだけど。あんたたち、ディカイオシュネーで何してるのさ? 私、なんにも聞いてないんだけど?」

「君に教えたら、計画そのものが破綻するかもしれなかったから」

「信用ないなぁ。あらかじめ知っておかないと、意図せず私が邪魔をしちゃったかもしれないじゃん」

「どうせ、協力する気はなかったんだから、たいして変わらない。だったら、教えない方がいい」


 アエーシュマに説明すること自体、面倒だったのだろう。


「でも、状況が変わった。協力してもらう、アエーシュマ」

「嫌だって言ったら?」

「言わせない。魔王様が今回、割と本気だから」

「え? マジ?」


 ドゥルジの口から予想外の言葉が飛び出したので、思わず聞き返してしまう。


「当たり前。踊る戦乙女ヴァルキリーがいるんだから、封印じゃなくて、討伐されちゃう可能性がある」

「危機感ってよりは、楽しさが勝ってるんじゃないかなぁ……」


 今まで魔王は、どこか惰性で人間の相手をしているところがあった。まあ、その惰性が封印される原因なのだけど。

 何百年と同じようなことを繰り返して来たので、魔王は飽きてしまっているのだ。


 本気を出せば、人間たちを駆逐できるかもしれない。

 けれど、人間の底力というものは恐ろしく、特に家族や仲間を殺されたときの憎しみによる力は、馬鹿にできない。


 その証拠と言ってもいいのだろうか。

 踊る戦乙女ヴァルキリーと呼ばれる魔王と互角に戦える存在が現れたし、弱点である聖魔法を自在に操れる少女もいると聞く。


 何がどうなってこんな状況になっているのかは、神のみぞ知るのだけれど。


「出た、脳筋」

「あんたの考えがお堅いんだよ」


 アエーシュマの言うことは無視をして、ドゥルジは話を続けた。


「踊る戦乙女ヴァルキリーには、確実に弱体化をしてもらう」

「葬るんじゃないんだ?」

「サルワがやられた。私たちでも相手をするのは厳しい。魔王様でないと」

「慎重だねぇ」

「だから、できる限り力をそいでおく」

「具体的には?」


 ドゥルジの口角が上がり、目が怪しく光る。


「両腕、できたら足も。失ってもらう。これでだいぶ弱くなる」

「考えることがえげつないねぇ……」


 アエーシュマは乾いた笑いを浮かべた。

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