72 踊る戦乙女、結果的に恐れられる

「お疲れ様、グリー」

「疲れてないぞ」


 私たちはグリーのもとに行き、ねぎらいの言葉をかける。

 が、本人は息も切らしてないし、なんなら汗もかいてないない。

 むしろ、足りないと言わんばかりの、不服そうな顔をして、いる。


「こんなに簡単に終わるとは思ってなかったんだよ!」

「それはね。グリーも強くなったからね」

「くそぉ。強くなるのは楽しいけど、強くなると相手がいなくなるのか。なんてこった!」


 なんてこったじゃないよ。頭を抱えるな。

 強くなりたいし、戦いたい。けど、そうすることによって、戦う相手がだんだんいなくなるから、少し手を抜こうか。いやでも、それだとつまらないし……。

 みたいな葛藤が、伝わってくるんだけど? そんなことで悩むなんて、根っからの戦闘狂だなぁ。


「とりあえずさぁ。エイリー、こいつらに回復魔法かけてよ! そしたら、もう一戦できるし!」


 その悩みに答えは出し切れていないものの、とりあえずもう一回、戦いたいみたいだ。


「あのねぇ……」

「いいじゃんいいじゃん。やっと準備体操が終わったかな?ってところだったんだよ?」


 グリーが何かを話すたびに、ラルフたちの顔色が悪くなっていく。

 受け取り方によっては煽るように聞こえる言葉だが、グリーの強さと戦闘狂っぷりに、恐ろしさしか感じないってところだろう。

 同情するわ……。流石に可哀想。


「嫌だよ。そんなとどめを刺すようなことしたくない」

「とどめ……?」

「あのさぁ……」


 無自覚にもほどがあるぞ。

 もう一回なんて言ってるけど、一回で終わる保障なんてどこにあるのか。グリーの性格からするに、一回でなんて、とても終わらないだろう。

 そんなことが容易に想像できるのだ。これ以上戦いたくなんてない。そんなの地獄以外の何ものでもないじゃん。


「今日はもう終わり! さっさと剣をしまいなよ」

「ええー。もうちょっといいじゃん! 全然戦ってないよ!」


 不満そうにグリーは頬を膨らませる。

 仕草は可愛いんだけど、言ってることがあれなので、なんか怖い。


 剣を収める気がなさそうなので、実力行使に出ることにしよう。

 この状態じゃ、何を言っても聞かないだろうし。


「えい」


 と、思いっきりグリーの頭をチョップする。

 その衝撃で、グリーは剣を落としたので、さっさと回収する。

 これで、上品なグリーが戻ってくるでしょ。


「痛いわ、エイリー!」

「結構力入れたからね」


 涙を目に浮かべながら、グリーは頭をさすっている。

 うーん、ちょっとやり過ぎたかな? 力加減って難しいねぇ。


「結構どころじゃないわよ! 本気で頭が割れるかと思ったわ!」

「グリーが暴走するのが悪い」

「……それはそうだけど」


 グリーは剣を握ると人格が変わるとは言え、記憶は保持している。

 つまり、さっきのやりたい放題の記憶もばっちりあるってわけだ。

 上品なお姫様のグリーにとっては、恥ずかしいって気持ちもあるだろう。


「これ以上なにかする前に止めてあげたんだから、感謝してほしいくらい」

「エイリーにこんなこと言われる日が来るなんて……!」

「なんでそんな悔しそうなのさ」

「エイリーだって、やりたい放題だからよ」


 そりゃあ、やりたいようにやってるけどさ、がさつなグリーよりはマシだよ。

 そんなに悔しがることでもないだろうに。


「決着もついたし、ギルドに戻って諸々の手続きをしよう」


 私たちが言い争っていると、ニコレットが止めに入ってくる。


「これ以上目立つ必要もないし」

「そんなに目立ってる?」

「目立ってる目立ってる」


 ニコレットが即答したし、他のみんなも呆れたようにため息を吐いていた。



 * * *



 闘技場から戻ると、傭兵たちがこぞって参加する次回の模擬戦に、私たちの参加登録を済ませた。

 その後は騒ぎにならないうちに、ギルトを去ることにした。


「ねえ、なんか私、怖がられてない? グリーより、恐れられてない? 気のせい?」


 私たちが注目を浴びるのは仕方ない。

 だって、グリーがあれだけのことしたんだし……。

 けど、気になるのは私を見る周りの目だ。


「気のせいじゃないよ」

「なんで? 私、まだ何もしてなくない?」

「十分したよ」


 私の疑問に答えてくれたのは、アエーシュマだ。


「圧倒的な実力を見せたグリーに、ためらいもなくチョップをいれたんだよ。しかも、本気で痛がってたし。『こいつ、何者だ?』ってなるでしょーが」

「うーん。一理ある?」

「紛れもない事実だからね」


 だって、しょうがなくない?

 ああでもしないと、グリーは止まらなかったんだよ?

 それなのに、結果的に私が恐れられるなんて……。こんな話あってたまるか!


 むむむ、と唸っていると、少し離れたところにいた少女と目が合った。

 あれ、あの子、どっかで見たことあるような……?


 思い出すために、じっと見ていると、少女は顔を真っ青にしたかと思うと、背を向けて逃げだした。


「なんで?!」


 そこまで?! そこまで私のこと怖い?!

 ショックなんだけど。何も悪いことしてないのに。


「どうしたの、そんな声出して」

「あ、えっと、あそこにいた女の子と目が合ったんだけど、逃げられちゃって……」


 シェミーが驚いている顔で尋ねてきた。


「ああ、ジゼルね。あの子なら、逃げ出しても仕方ないんじゃない?」

「ジゼル?」


 ニコレットはその様子を見ていたのか、少女の名前を言う。

 うーん。最近、聞いたことあるような名前だな。

 どこで聞いたんだっけ?


「エイリー、まさか忘れてるの?」

「え? 覚えてないとまずいやつ?」

「まずいも何も、転移したところ、見られてた子でしょ」

「ああ、確かにそうだ! その子だよ! どっかで見たことあるなって思ったんだよ」

「あれだけ脅したんだから、忘れないであげてよ」


 ニコレットが大きなため息を吐いた。

 転移見られてた子の名前を忘れるのは私が悪いよね。反省反省。


「見られたから仕方ないと思うところもあるんですけど、脅したんですか?」

「脅したって言うか、『見たこと誰にも話さないでね』ってお願いしただけだよ」

「後ろに回り込んで、口を塞いだことをそんな風に言うな」


 メリッサに説明してると、ニコレットがすかさずツッコミをいれてくる。反応スピードが速すぎる。


「だって、声上げられたら困るし、仕方なかったんだよ」


 あのときは私もいっぱいいっぱいだったんだよ。

 だって、まさか人に見られるとは思わないじゃん。


「あはは。それは怖がられるわけだ」


 皆が複雑そうな表情を浮かべている中で、アエーシュマの愉快な笑い声が響いた。






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