71 あなた、チート系主人公じゃないでしょ

 グリーさんの「ひとりで相手をしてあげる」宣言に、一気に周りが騒がしくなった。

 対戦の辞退やハンデの申し入れをするのかと思いきや、まさかの逆だったのだ。それに加え、お嬢様っぽい少女が乱暴な言葉を放ったのだ。

 驚くのも無理はない。私だって、グリーのがさつさには驚いたもん。


「おいおい。お嬢ちゃんがどのくらい強いのかはわからないが、流石に自意識過剰すぎじゃないか? 油断してると痛い目見るぜ?」

「うーん。言われれば、そうかもしれねえ。この5人じゃ、アタシが一番弱いからな」


 だったらどうして、と傭兵のお兄ちゃんたちが問う前に、グリーはギラついた目で言葉を続ける。


「だが、そんなこと関係ねーんだよ。だってだって、アタシは戦いたくてうずうずしてるんだ。勝ち負けなんて、どうでもいいんだ。ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさと始めようぜ」


 いつもに増して、グリーの言葉づかいが悪い気がする。本格的にヤンキーと化してきた。

 今までたまってた分もあるだろうし、傭兵ギルドというなかなかに柄の悪い場の雰囲気にあてられたんだろう。


 恐ろしや恐ろしや。

 でも、もう少し落ち着いてほしいかな。君、お姫様でしょ。


「えーと、本当にいいの?」


 まさかこんな結論が出るとは思っていなかったんだろう。ニコレットは不安そうな顔で聞いてくる。

 話は聞いていても、実際に戦うところを見たことがないと、「大丈夫なんだろうか?」ってなるのは当然のことだ。

 グリーの戦闘狂っぷりは見ないとわからない。


「いいのいいの。この状態のグリーは止められないし」

「負けたらどうするの?」

「大丈夫だよ。グリーが勝つし。億が一にも負けたら、私がぼっこぼこにするし」

「億が一って……。あと、ぼっこぼこにするのはやめて。洒落にならないから」


 ガチのトーンで止められた。

 心配しなくても、手加減はちゃんとするって! グリーと違って、手加減はちゃんとするよ! 慣れてるもん!


 私たちがたいして心配してない様子だったからか、ニコレットは


「とりあえず、やってみたら?」


 と、言う。

 その一言で、一対五の模擬戦が始まることとなった。鶴の一声ってやつだ。



 * * *



 なんと、傭兵ギルドの近くに闘技場があるらしく、そこで模擬戦は行われるようだ。

 傭兵が集まると、定期的に争いが起こるので、闘技場作った方が早くね?ってなったらしい。

 血の気が多い奴は、ギルドを破壊することもあったらしい。それがひとりふたりってレベルじゃなくて、何十人って単位だから恐ろしいものだ。

 戦うのが好きなのはいいんだけど、周りに迷惑をかけるのはやめようよ。


 そんな傭兵さんたちは戦いを見るのも好きで、ギルドにいたほとんどの人が闘技場に集まっている。というわけで、観客はそこそこの数になっている。


「やっちまえ、ラルフ!!」

「舐めてる奴に手加減なんて必要ねえ!」

「見せつけてやれ!」


 ヤジも結構とんでるけど、グリーを応援する声がひとつもない。

 そうだよねぇ。か弱い少女が傭兵ギルドに来るだけじゃなくて、「まとめてかかってきな?」って言うんだもん。舐めてるとしか思えないよね。


「はは。面白いな。ここまで歓迎されてないと、やる気が上がっちゃうな!」

「どこまで楽しそうにしてられるだろうな?」

「最後まで、だよ!」


 剣をぶんぶん振り回しながら、グリーは楽しそうに笑う。

 やる気、だよね? 気合いがより入ったってことだよね?


 ――――間違っても、『殺る気』じゃないよね……?


 お願いだから、人は殺さないでね? ね??


 どうしよう、いろんな意味で不安になってきた。

 大丈夫だよね? ラルフとか言う傭兵率いるチームも、そこそこ強いんだから、簡単に死なないよね?


 シェミーとメリッサとニコレットも、顔を青くしてるので、同じ心配をしてるんだろう。

 アエーシュマは、うん。


「あはは、やっちまえー!」


 って、楽しそうに笑ってる。

 これは紛れもなく、「殺っちまえー!」だ。


 そんな私たちの不安なんかお構いなしに、戦闘開始の合図が響く。


 音と同時にグリーが加速して、あっという間に相手との距離を詰める。

 前衛の横をいとも簡単に通り過ぎると、魔法使いと弓使いを一瞬で戦闘不能に追い込んだ。声を発する暇も与えなかった。


「は?」


 何が起きたか相手が理解する前に、剣士その一に斬りかかり、撃破。

 そこで、グリーは距離を取り、一息吐く。


「想像以上に手応えないな。根性見せろよ」


 あっさり3人も倒せてしまったので、少し不機嫌のようだ。

 こうなることはわかりきっていたけど、グリーの実力は格段に上がっているように見える。

 前に見たときとは別人だ。

 派手な戦闘はできなくても、訓練は欠かさず行ってきたんだろう。かなり負荷をかけて。


 これは想像以上に早く終わるかもしれない。


「さあて、残りのふたりはもっとマシだよな? 楽しませてくれないか?」

「……っ。望むところだ」


 舐めていた目を捨てて、ラルフは真剣な表情になり、剣をもう一本抜いた。どうやら、二刀流剣士ならしい。

 もうひとりも戦闘態勢に入る。こっちは大きな盾を持っていて、ラルフの攻撃をサポートするのが主な役割だろう。


「いいねいいね! それじゃあ、いくぞ!」


 そこは「かかってきな」じゃないんだ……。

 そうだよね、ガサツなグリーだもんね。待ってることなんてしないよね。


 まず、狙いを定めたのは盾野郎。

 思いっきり斬りかかるが、大きな盾に攻撃を阻まれる。

 その隙にラルフがグリーの脇から攻めるけど、それはあっさりかわす。


「うんうん。いい感じ。いい感じ!」


 にこにこしながら、そんなことが言えるんだから、まだまだ余裕だと言うことがうかがえる。


 かわした流れで、盾野郎の盾を思いっきり蹴飛ばす。倒れさすことまではいかなかったが、わずかにバランスが崩れる。

 それを見逃すはずもなく、グリーは素早く背後に回り込み、撃破。


 その後は、ラルフと一対一になったが、打ち合いが長く続くはずもなく、あっさりグリーの勝利。


「あれ、これで終わり? 早くない?」


 不満そうに、剣を振っていた。

 そんな様子を、傭兵たちは呆然と見つめていた。


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