13 ただいま、ネルソン公爵家
――――遂に、このときがやってきた。
私の何倍もある門の前に立ちすくみ、豪華すぎる屋敷をぽか~んと見上げる。
そう、ここはネルソン公爵家だ。
王城での尋問が終わると、私はネルソン公爵家の家紋が掲げられた馬車に乗り、ネルソン家の屋敷に強制的に連れてこられた。
ネルソン公爵と馬車が違ったのは、幸運だった。
私を案内するために、馬車に同乗していた執事が言うには、
「心の整理をする時間がほしい」
のこと。
まあ、記憶はあるとは言え、愛する娘がいきなり別人になったのだ。心を整理する時間はいくらあっても足りないだろうが。
案外、「ルシールちゃんが帰ってきた、はあはあ。どうしようどうしようどうしよう、はあはあ」みたいな感じなのかもしれないけどね。
そんなことをぽろりと漏したら、執事は複雑そうな顔をして笑った。
……冗談のつもりなんだけど。
…………冗談だよね?
私が疑うようにして、執事をみると、やっぱり困ったようにして笑った。
冷や汗がたれてるのは私は見逃さなかったからな?!
そんな不安を抱いていると、ぎいいと音を立てて、門が開いた。
上位貴族になると、魔法で門が開閉される。屋敷の主が認める者じゃないと、門が開かれないどころか、屋敷の敷地内にも入れない。
魔法って凄いなぁ~。
「エイリー様、どうぞこちらへ」
そうして、私はネルソン公爵家の敷地に足を踏み入れた。
* * *
屋敷内に入ると、まず出迎えたのは、沢山の使用人たち。
ずら~と左右に分かれて並び、花道みたいなのを作ってる。
……使用人、何人いるんだろうなぁ。
花道の最後、見えないよ?
というか、そもそもネルソン家広すぎ。
そんな出迎えをうけていると、ものすごい勢いで駆け寄ってくるマダムがいた。
マーシー・ネルソン。
ルシールの母親だ。
「ルシールちゃぁぁぁん!」
社交界の華、と呼ばれるマーシーさん。ダンスをすれば、その場にいる全ての人の目をかっさらい、彼女と会話すれば、話すつもりのないことも話してしまう。
女貴族の憧れであり、彼女の逆鱗には触れてはいけないと噂される。誰も彼もが彼女の顔色をうかがっている……。
そんな、恐ろしい人なんだけど、彼女には欠点がひとつある。
――――恐ろしいほどの親バカだ。
「ルシールちゃぁぁぁぁん。久しぶりねぇ」
優雅に、でも猛スピードで走ってきたマーシーさんは、その勢いで私に抱きつく。問答無用で抱きつかれ、頬をすりすりされる私。
うげえ、ちょっと痛かったんだけど。なんだこの人。実はレベルも高いのかそうなのか?!
あ、でも良い匂いがするなぁ。なんの匂いだろう。甘いなぁ……。
なんて、されるがままにされていると、
「母様、そろそろよろしいでしょう。俺にもルシールをぎゅうさせてください!」
と、男性の声がする。
声のする方を向くと、美形の、でもどことなくルシールに似ている、若い男がいた。
ルーク・ネルソン。
ルシールの歳の離れた兄であり、ネルソン公爵家の次期当主。
顔も良く、頭も良く、魔法だって自由自在に操れる。人柄も良く、皆に好かれ、異性にはモテモテだ。
誰もが認める、公爵家の跡取り。そんな彼にもやはり欠点がある。
――――残念なくらい、シスコンなのだ。
「ルーク。お願い、もう少しだけ」
「母様。俺はもう、ルシール不足で死にそうなのです。とりあえず、俺に譲ってください。大丈夫です。ルシールは逃げません。二巡目行きましょう」
「……それもそうね! 二巡と言わず、三巡も四巡もしましょう」
……あの、私に休みはくれないんですか? なんで私が逃げずに、抱かれる前提なんですか?
こうして、私はルークさんに抱きしめらる。
彼の抱擁は、癒やされる。毛布に包まれるみたい。眠くなってくるねぇ……。
しかも、良い匂いするなぁ。マーシーさんとはまた違った匂い……。
ほわ~と意識が飛びそうになっていると、
「おい、何をしているんだ。マーシー、ルーク」
と、低い声が屋敷に響き渡る。
――――ラスボスの登場だ。
「……旦那様」
「父様」
コンスタント・ネルソン。
ルシールの父親で、公爵家の現当主。
つり目が特徴的な強面。体中から威圧するようなオーラを出している。
故に、彼の言うことには誰も逆らえない。
だが、彼の言うことは正しく、国政などを効率的に進めている。
そんな彼にも欠点はある。
――――異常なほどの親バカであるということだ。
「私を仲間外れにするとは、良い度胸だな」
マーシーさんやルークさんを睨み付ける。
睨むというか、これが普通なのか? 顔が怖いだけで、本人は睨んでるつもりはないのかもしれない。
その証拠にルークさんはちょっと驚いた顔をしたものの、私を離さない。
「私もルシールたんを抱きしめたいのだ!」
「父様……」
本音を漏したコンスタントさんを見たルークさんは、私を抱きしめるのをやめて、さあどうぞ、と言わんばかりの表情をした。
……あの、私に拒否権というものはないんですかね?
「ルシールたん!!!!!!」
……あの、一番その呼び方似合いませんよね、貴方。
強面の公爵様は、娘のことを“ルシールたん”と呼ぶ。
ちなみに、ルークのことも昔は“ルークたそ”と呼んでいたが、男の子なので大きくなったらやめた。
「会いたかった。王城にいるとき、どれだけ我慢していたかわかるか。やっと、やっとこの手にルシールたんがぁぁぁぁ」
泣きながら、コンスタントさんは私を抱きしめた。
力強くも優しく、なんだか安心するような抱擁だった。
「…………旦那様、そろそろよろしいですか。そろそろ私の番です」
「まだ、まだ足りん!」
「私も足りないのです。だから、こまめに交代し、何回も回そうという話をルークとしてたんです」
「……なるほど」
コンスタントさんは納得したようで、私を離す。
…………あの、これいつまで続くんですかね?
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