34 一番怖いのは、間違いなくヒロイン

 果たして、私たちはどれくらい口論を続けていたのだろうか?

 互いの語彙が消失し始めて、息が切れ始めたところで、外野3人に止められた。


「あの、そろそろ終わりにしませんか?」

「何がしたいのかわからないぞ」

「引き分けっていうことでどうでしょうか?」


 とまあ、こんな風に。


「「こいつと引き分けだと?! ありえない!!」」


 間違っても睡眠を妨害してきたくそ野郎に、引分けるなんてとんでもない。

 そう思ったのは、魔王も同じだったらしく、綺麗にハモった。こんな奴とハモるなんて!!!


 なんだこいつら、仲良すぎだろ。と3人の視線がそう物語ってるが、否定したい。


「「こいつと仲良くなんてないからな!!」」


 またハモった。


「あのさぁ、真似しないでくれる?」

「こっちのセリフだ!」


 そうやって、ぎゃんぎゃんと何回目かの言い争いを始める。

 外野が頭を抱えているのが視界の端に映るが、そんなことはどうでもいい。決着は、まだついていないのだ!


 すると、パンッと手を鳴らす音が聞こえる。どうやらミリッツェアが手を鳴らしたようだった。

 にっこりと微笑みを浮べて、私たちの方を見ている。正直怖い。目の前にいる魔王よりも怖い。

 魔王もただならぬ雰囲気を感じたようで、一旦喧嘩は中止される。


「お二方、気は済みましたか?」


「全く! まだまだこれからだよっ!」とは、冗談でも言い出せない声音で、ミリッツェアは尋ねてくる。


「あはははは」

「ふはははは」


 だから、私たちは笑うしかなかった。ミリッツェアが怖いから、肯定することもできないし、だからと言って、嘘を吐いたら負けを認めた気がするので、否定もできない。

 魔王もどうやら同じようなことを思っているらしい。真似するな。


 ていうか、ミリッツェアさん怖くない? 流石ヒロインって感じの雰囲気だね?

 気弱なミリッツェアはどこに行っちゃったんだろうなぁ。会えなくて寂しいよ、私は。


「……仮にも、エイリーは、人間側の最強の戦力なんですし、魔王だって、悪魔や魔物を統べる王なのですよ? そんな2人がこんなくだらない口げんかを延々としないでくださいませっ!」

「「だって、こいつがっ!」

「何か言いました?」

「「いいえ何も」」


 怖いいいいい。ミリッツェア怖いよぅ。

 もう、そのまま叱って、魔王を改心させてよ。そうしようよ。

 そしたら、平和に終わるし、伝説にもなるんじゃない? “魔王を叱って倒した英雄”的な感じで。


 いいねいいね! 私、冴えてるんじゃない?


「……エイリー? 今、何か変なことを考えてなかった?」

「き、気のせいだよ」

「そう? なら良いのだけど」


 ひいいいいい。心の中まで読めちゃうの、このヒロインっ!

 魔王がにやりと笑っているので、足を踏んづけてやった。

 というか、魔王のくせに人間の、しかもか弱い(?)女の子に怒られるお前の方が、ダサいわ!!


「せめて、もっとかっこよく喧嘩できないのですか? まあ、喧嘩という時点で低レベルなんですけど」


 低レベルって言われちゃったよ! はっきり言われちゃったよ?!

 互いの尊厳をかけた口論を、低レベルって言われちゃったよ?!


 うんうん、とブライアンとタローマティも頷いている。そっちの2人も仲良いな。


「喧嘩がダメなら、何をすればいいんだろ? じゃんけんとか?」

「鬼ごっことかでもいいんじゃないか?」

「……どうして、そんなに平和的なんですか?! 普通に戦いましょうよ!!」


 そこで、タローマティの鋭いツッコミが入る。


「「…………あ、そっか」」


 別に、今魔王をぶっ飛ばしてもいいのか。

 魔王ってラスボスだから、最後に倒さないといけないって知らず知らずのうちに思ってたみたい。


 倒す前に、ムカつく魔王に一言二言くれてやろうとも思ってたこともあったんだけど。

 多分それは、相手も同じだ。


「ここでか?! 今は、学園の実習中だぞ?!」

「この2人がここでやり合ったら、森がえぐれるどころの騒ぎじゃ済まないかもしれないですよ?!」


 タローマティの言葉に、慌てるブライアンとミリッツェア。


 そっか。一応今、実習中だったね。

 てか、ミリッツェアの『森がえぐれるどころじゃない』ってなんだよ。私は環境を大事にする派だよ。森なんかえぐらないよ。


「そんなの、悪魔たち僕たちには関係ない」

「ふむ。それもそうだな」


 魔王はどうやら乗り気のようだ。

 私は森が潰れたり、人が死んだりするのは気分が悪いから、周りに気をつかって戦うけど、魔王はそんなこと気にしないだろうなぁ。


 あれ? いきなりピンチ?

 どうにかしなきゃ。頭を回せ。今日の私は冴えてるはずだっ!


 被害を出さないで、魔王に勝つ方法……。

 あ、そうだ。


「じゃあ、魔王。こうしない?」


 挑発的な笑みを浮べながら、私はそんなことを言う。


「なんだ?」

「魔王が攻撃を放って、私がそれを止められたら勝ち。止められなかったら負け。そういうにしようよ」

「……どうしてそう、まどろっこしいことをしないといけない」

「だって、魔王は封印が解けたばっかりで本調子じゃないんでしょ? 私だって、今ここで、甚大な被害は出したくない。それに口論の決着もついてないし。だから、ゲーム」


 ほう、と言う顔で、魔王は私を見てくる。その顔は実に魔王らしい。


「負けた方は勝った方に、ひとつだけ命令ができる。ちなみに私が出す命令は、『今日のところは引け』。どう? 中々面白そうでしょ」

「……撤退することが命令なのか?」


 魔王は不思議そうな顔をした。

 こいつならわかってくれるかもしれないって思ったんだけど、期待はずれ、か。残念だ。

 まあ、くそ野郎なんかにわかるはずもないか。


「だって、そんなくだらない命令で、あんたを倒したって面白くないじゃん? どうせやり合うなら、何の邪魔も入らない状態で、思いっきりやりたくない? そっちの方が、楽しいに決まってる」


 どんな状態でも、勝つのは私だけど。こんな奴に負けるつもりなんて、さらさらないけど。

 でも、今まで経験したことがない、楽しい戦いになるのは、間違いないだろう。こいつは腐っても、人間の敵・魔王だ。


「ふ、ふはははははははっ!」


 私の言葉を聞いた魔王は狂ったように笑い出す。というか、狂ったんじゃないだろうか?

 ついにおかしくなちゃったか……。元からやばい奴だとは思ってたけど……。


「小娘にしては良いことをいうじゃないか。良いだろう。乗った」


 散々笑ったあと、魔王は不敵に笑った。

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