79 声が急に変わると驚くよね

 シェミーとアズダハーの姉妹喧嘩に、私が手を出すことは不要だろう。というか、出してはいけない。

 ただ、姉妹喧嘩を見物したいので、さっさと邪竜になったデジレを戻すことにした。


 といっても。


「……邪竜を人間に戻すってことできるの?」


 私の一歩後ろにいるメリッサに問いかけるが、彼女もわからないらしく首を横に振った。


「ムーシュは? 何かわかる?」


 悪魔のことに詳しそうなシェミーは、姉妹喧嘩の最中だし、聞いてはダメってことはないのだろうけど、邪魔をするのはよくない。

 となると頼みの綱は、メリッサの中にいるムーシュだけだ。


「人間を邪竜にするなんて、とんでもないことあたしにはできないよ」

「できなくても、方法は知らない?」

「……うーん。どうだろう?」


 ムーシュの反応からするに、まったく聞いたことがないというわけではなさそうだ。

 魔王がザリチュやアズダハーのような人間を作るくらいだし、人間を邪竜にすることもできておかしくはない。


 頑張れ、ムーシュ! お前にかかっている!!


 もう少しで手がかりがつかめそうなところで、邪竜が咆哮をあげ、こちらに向かってしっぽを振り落としてくる。

 それをひょいっとよけながら、私も私で考えてみる。

 数秒考えた結果……、


「デジレ、あんた意識はあるの?」


 まずは問いかけてみることにした。

 力の強い邪竜は話すこともあるので、デジレの意識があるのであれば話すことができるかもしれない。


「…………」


 返事はない。

 ただ、なんとなく私の話していることを理解しているような、そんな印象を受けた。

 言葉を理解していないなら、間髪入れずに攻撃をしてくるはずだ。


 それなのに、この邪竜は攻撃をしてこなかった。

 ただ、無言でそこに立っているだけ。



 ――――つまりこれは。



「デ~ジ~レ~?」


 こいつ、意識ある。

 自分の意思で、私たちと戦おうとしている。


「仲良くしてたんだから、少しくらいお話ししようよ~。ね~?」


 にっこりと笑顔を浮かべて、邪竜に向かって話しかける。


「あんたが邪竜になってまで、魔王につくす理由、私知りたいんだけど」


 意識があるということは、少なくとも無理矢理邪竜にされたわけではないはずだ。

 嫌だったとしても、魔王だかドゥルジだかに一度は意思を確認されているはず。


 まあ、魔王軍とそれなりに仲良くやっているんだよ、こいつは。

 マジで意味がわからん。


「……何すっか」

「声ひっく!!!!」


 邪竜――デジレが口を開いた。


「それが最初に言うことっすか?」

「だって、本当に低いんだもん。びっくりしたよ」


 巨大な怪物とかに変身すると、声が低くなったりノイズがかった声になったりするのは、アニメだと定番だけど、実際体験してみると、とっても驚く。

 声が変わっているなんて、考えてもいなかったので、余計に驚いている節はある。


「だからって、間髪いれずいうことっすか」

「ぐちぐちうるさいな」


 いいじゃねーか、思ったこと口に出しても!


「で? 口を開いたってことは、話す気あるってことでいいんだよね? まあ、話す気なくても聞くけど」


 口がどんなにかたくても、力ずくって手段があるからね。無駄な抵抗はやめた方がいいよね。


「……そうなるってわかってるから、口開いたんっすよ」

「さっすがデジレ、わかってる~!」


 短い付き合いじゃなかったし、私のこと多少はわかってるよね!


「それにこのままだと、後味悪いっすからね」

「うんうん、そうだよねぇ。このままでデジレぼこぼこにするの、流石の私も少し心が痛む」

「俺が負ける前提なんっすか? もっといい戦いすると思うっすけどね」


 相変わらずへらへらと笑うデジレに、イライラしてしまって、思わず手が出てしまう。


 邪竜の左頬と思われる場所に、私の握りこぶしがめりこむ。

 その勢いで、邪竜デジレが吹っ飛んで、壁にたたきつけられた。

 どおおおおおんといい音が響き渡る。


「あ、少し力入れすぎたかも」


 てへ☆ いけないいけない。

 むかつくからって、暴力に訴えかけるのはダメだよね。反省反省。


「……力入れすぎたどころじゃないでしょ」


 そんな私を引き気味で、ムーシュが見てくる。


「そうかな?」

「そうだよ。どう見ても気絶してるじゃん」


 確認するためにデジレに近づくと、確かに気絶していた。

 うん、まあ、やりすぎたかな……。あはは……。


「で、何か思い出したの?」

「なんとなくは」


 返事は曖昧だけど、手がかりと言えるものが手に入るかもしれないぞ!?


「体の構造を変えるって本当に難しい。しかも、人から邪竜にだなんてありえなくない?」

「体の大きさも骨格も何もかも違うもんね」

「で、これは推測なんだけど、一種の幻想魔法なんじゃないかなって。幻想魔法ってよりは魔王の魔力をまとわせてるっていうか」

「体を邪竜に見せてるってこと?」


 でも、それにしては殴ったときの“邪竜感”があったけどなぁ……。


「見せてるっていうか、っていうか。質量とか声とかも含めて。魔王の魔力をまとわせることによって、だましてる部分はあるんじゃないかな?」


 う~ん。いまいちわからん。

 デジレには魔王の魔力がまとわりついてるってこと?


「で、戻す方法は?」


 理屈はどうであれ、戻せればそれでいいんだよ。


「エイリーが聖魔法をぶつければ、ワンチャンあるかなって」

「よっし、それなら得意分野!」


 なるほどなるほど、完全に理解した。

 魔王の魔力を全部浄化しちゃえばいいのね!


 私はクラウソラスを抜いて、息を吸う。


「神聖な光よ穿うがて悪しきもの、私はここに祈り捧げるっ!」


 ありったけの魔力を注ぎ込んで、踊りながら詠う。


 デジレを力強い光が包み込んで、そして――。



 光が消えると、そこには人間の姿に戻ったデジレがいた。



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